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ほんの森

花田春兆著
 「雲へのぼる坂道」

-車イスからみた昭和史-

    (評者)小嶋英夫

 昭和の初期、それからの暗く、大きな時代のうねりが始まろうとしている時期に、花田さんは少年期を送った。
 ものの見方、捉え方が柔軟な著者は、実際には非常にシビアな現実も、自分にとっては至ってよかったのだと納得して、次のステップを歩んで行く。その姿勢が不思議に明るい。
 限られた生活範囲の中で、実りある人生を歩んで来られたのは、花田さんの優れた資質によるものだと思うが、そうしたものを引き出してくれたのは、光明学校の教育だった。
 校舎は古く、決して理想的とは言えない環境の中で、このような中味の濃い、密度の高い授業が行われていたことに驚く。
 60数年前、光明学校の設立に当たっては、親たちをはじめ、多くの人たちの願いや希望が託されていた。今、ノーマライゼーションが広く言われているが、学校や社会の中に、障害のレベルに応じた、きめ細かい受け入れ態勢がなければ真の意味がないのではないだろうか。
 障害児教育について、その歴史的なものも含めて、多く出版されてはいるが、養護学校の初期を体験的に著したものはない。本書を障害児教育関係者だけでなく、多くの人に読んでもらいたい。子どもの心が見える先生、子どもたちが卒業した後に、いつでもなつかしいと思えるような学校、そんな教育の原点を見るような本である。
 感性の豊かな少年期に、人との出会いというものが、どんなに大きな意味をもつのか、読んだあと、改めて実感した。文のテンポが心地よく、登場する人たちの個性がよく表されている。折々の自然描写もみすみすしい。
 かつて、私も幼い頃、麻布に住んでいたことがある。私の兄が脳性マヒで花田さんの3年後輩として、光明学校に学んでいたのである。そのようなわけで、個人的にも巻頭の地図と、さし絵はなつかしく興味深い。
 文学を生涯の仕事として選んだ知的欲求は身体のハンディを十分にカバーして余りある。
 花田さんのまわりには、いつも生き生きとした空気が流れている。その流れを今、若い学生に伝えているという。清々しい世界を見ているような気がする。
 「雲雀沖天不具なるも俯くことを欲せず」また「雲へのぼる坂道」こそ、花田さんの芯となっている明るさと強さだと思う。
 障害児教育の歴史の証言として、ぜひ、後編を書き続けてほしいと願っている。

(おがもひでお 淑徳大学教授)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2000年9月号(第20巻 通巻230号)