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変わる著作権法 2

リアルタイム字幕の自由化と要約筆記

太田晴康

 著作権法が改正され、テレビの音声を聞きながら要約入力した文字列をインターネット上に送信することが、条件付きではあるが著作権者の許諾なしに行えるようになった。法改正への評価については、筆者も専門員としてかかわる障害者放送協議会がすでに声明文を発表している。そこで、話し言葉を聞きながら、素早く要約し、聴覚障害者に伝える「要約筆記」の立場から、法改正の意味と課題を述べたい。なお、本稿は所属団体の見解ではなく、私見である点をご了解いただきたい。
 改正著作権法に加えられた第37条の2「聴覚障害者のための自動公衆送信(リアルタイム字幕の自由化)」には、三つの意味があると思われる。もちろん、さまざまな考え方はあろうが、音声を文字化し、コミュニケーション支援を行ってきた立場で言えば、まず法改正によって、ボランティア活動における専門性に焦点があてられたということがある。
 二つ目に、音声を聞くと同時に、すべて文字化するリアルタイム字幕の技術的困難さが浮き彫りになったという点、そして三つ目は、それ故に「要約」の意味と基準が問われることになったという点である。
 第1の専門性について言えば、これまでテレビドラマの音声を文字化し、インターネット送信してきたボランティアが、入力技術を問われることはなかったという事情がある。
 一方、公的制度として位置付けられた要約筆記の担い手にしても、他の福祉職と比較して、さほどその専門性は問われてこなかった。昭和56年にスタートした要約筆記奉仕員養成事業は、障害者の社会参加促進事業として位置付けられ、専門知識・技術をサービスの担い手に要求する施策にほかならないが、その養成カリキュラムが明文化されたのは、事業開始から約20年後の平成11年のことであった。
 改正著作権法では、「聴覚障害者の福祉の増進を目的とする事業を行う者で政令に定めるもの」と、リアルタイム字幕の送信主体を限定することによって、入力された文字情報の責任と範囲を明らかにしている。本項は、やる気さえあればだれでも参加できる活動ではなく、専門性が必須条件であること、そして、許認可を与えた行政の責任が問われる可能性をも示唆している。
 改正がもたらした二つ目の意味は、リアルタイム字幕の専門性の高さに対する認識である。
 NHKアナウンス室の調査(1992年)によれば、アナウンサーの発話速度は、漢字仮名交じり文に換算して1分間に400字近くに達する。漫才のオール阪神・巨人は679字、久米宏は561字である。それに対して手書きの筆記速度は約70字、市販のパソコンのキーボードで入力した場合は100字から200字の間と思われる。
つまり、テレビの音声を聞きながら入力した場合、キーボードを見ないで入力可能な素早い入力者が連携入力した場合であっても、おおまかに言って話し言葉の3割から5割は落とさざるを得ない。
 日本で唯一、リアルタイム字幕入力に関する民間検定試験を設けているスピードワープロ技能検定の場合でさえ、1級の検定基準は、1分間あたり320字程度の速さで5分間朗読した文章を聴取しながら入力し、入力後25分以内に校閲した文章について、その正確度を判定するというレベルである。
 NHKはこの4月からニュースの音声を、コンピュータによる音声認識システムを活用してリアルタイム字幕化したが、その背景には、ニュースにおいては、人手による文字入力が困難との判断がある。
 そこで、リアルタイム字幕自由化の3番目の意味として「要約」への問いかけがある。これまで要約筆記という言葉が使われてきたものの、要約の定義はされてこなかった。その理由は、要約作業の技術評価が難しかったことにある。要約筆記は情報保障と呼ばれる。すなわち聴覚障害者の社会参加支援を目的として、聴覚障害者に音声情報を伝達する方法・手段である。しかし、要約とは一体どのような作業を行っているのか、第三者に説明する言葉や客観的な評価基準抜きに「保障」と言えるだろうか。
 仮にアナウンサーが「A政党、B政党、C政党、D政党が推薦する太田候補」と言ったと仮定しよう。前述したように、話し言葉の3割から5割を落とさざるを得ないとするならば、入力者によって次のような要約文字列が表示されるかも知れない。「A政党などが推薦する太田候補」「B政党などが推薦する太田候補」「C政党などが推薦する太田候補」「D政党などが推薦する太田候補」。また、入力速度が速ければD政党のみを落として「A政党、B政党、C政党など推薦の太田候補」といった表示もありうる。いずれも要約には違いないが、有権者からは恣意的な入力ではないかといった懸念の声が寄せられるだろう。
 仮にアナウンサーの発話の9割を確実に入力することが可能であれば、丁寧語、語尾などを省略するなど、一定の要約原則を規定することは容易だが、5割となると新たな発想による情報保障のルールなりガイドラインが必要となる。
 たとえば、リアルタイム字幕においては、並列して発せられた名詞はすべて表示せず、時間軸に沿って、最初に登場した名詞を優先的に入力し、ほかは「など」でくくると共に、利用者があとから省略部分を確認できる仕組みを用意するといった具合である。
 また、放送事業者の協力も欠かせない。すべての役割と責任を入力者のみに負わすべきではない。情報弱者を生まないためには、情報の伝達者のみならず、情報の発信者もまた情報保障の過程に参加し、役割を担うべきであろう。
 現在、著作権法の来年1月施行に向けて、障害者放送協議会ではリアルタイム字幕のガイドラインを作成中である。その中で、表記法はもちろん、要約の方法論についても触れ、運用にかかわる指針を提示することになるだろう。
 改正著作権法がもたらした新たな動向は、要約筆記活動の担い手に、提供する情報の質について問いかけているようにも思える。活動の目的、対象、方法を第三者に明確に言葉として伝えられるかどうか、ボランティアの側にも情報公開が求められているのである。
 と同時に、忘れてならないのは本来、すべての放送に字幕が付与されていれば、あえて第37条の2が付記されることもなかったという点である。
 字幕がない故に、これまでボランティアが聴覚障害者の要望に応えて、音声の要約入力を行ってきたのである。リアルタイム字幕が自由化されたからといって、放送事業者の字幕放送拡充の努力が放棄されてはならない。むしろ、放送事業者自らが聴覚障害者団体と共にリアルタイム字幕を含む字幕放送の完全実施に向けて、利用者本位の発想に基づき、たとえば字幕推進ネットワークのような、字幕の調査研究及び評価機関を設けるべきであろう。

(おおたはるやす 全国要約筆記問題研究会副会長)