「障害者・高齢者等情報処理機器
アクセシビリティ指針」の改訂について
アクセシビリティ指針とは?
中邑賢龍
コンピュータをはじめとする情報処理機器が、われわれの日常生活に不可欠なものとなり、それを利用できないことがわれわれに大きな不利益をもたらすようになってきている。そのため、米国では、一九八七年にリハビリテーション法五〇八条が定められ、政府に納入される電子機器が身体障害者にも利用できることが求められると同時に、アクセシビリティ指針が定められた。
わが国でも一九九〇年、通産省により情報処理機器アクセシビリティ指針が公表され、だれもが利用できる情報処理機器の普及が図られてきた。この指針は、技術の進展に併せて一九九五年に改訂され、今回、さらに大きな改訂が実施された。今回の改訂指針の中では、その目的が以下のようにうたわれている。
情報化社会の進展に伴い、情報作成、情報伝達、情報収集等のために個人において情報処理機器の活用が一層浸透し、国民一人一人の日常生活において情報処理機器は必要不可欠な手段となりつつある。このような中で、情報処理機器を障害者・高齢者を含めて誰もが容易に利用できるようにすること(アクセシビリティ)は、極めて重要となっている。
インターネットなど、IT(情報技術)の進展に伴い問題となりつつあるデジタルデバイド(情報格差)を解消するうえでも、この指針が大きな役割を果たすことが期待されている。
だれのための指針?
以下に示すように、この改訂指針では、障壁の範囲を旧指針より拡大し、情報処理機器を操作するうえでの障壁は障害者や高齢者だけに生じるものではなく、国民だれもが、病気、ケガ、あるいは環境によって被ることがあるとしている。対象を拡大することにより、一部の人の特別な指針ではないというスタンスを明確にしている。
現在、障害者・高齢者等において、以下の(1)~(4)のような機器操作上の障壁により、情報処理機器の利用に支障をきたすケースがあるが、本指針は、このような課題に対処するため、キーボード及びディスプレイ等の標準的な入出力手段の拡充や専用の代替入出力手段の提供を促進し、もって障害者・高齢者等の機器操作上の障壁を可能な限り低減し、使いやすさを向上させることを目的とするものである。
(1)障害による操作上の障壁(肢体不自由による入力装置利用上の障壁、視覚障害による表示装置利用上の障壁、聴覚障害による音声情報利用上の障壁、知的障害による操作理解に関わる障壁等)
(2)加齢に伴う心身機能の低下による操作上の障壁
(3)病気やケガ等に起因する一時的な心身機能の低下による操作上の障壁
(4)暗所、騒音下等の特別な環境における操作上の障壁
対象機器として含まれるものは?
改訂指針では、以下のような機器を対象とすることをうたっている)。
情報処理機器(パーソナルコンピュータ(パソコン)、ワードプロセッサ(ワープロ)、ワークステーション及びメインフレーム等のコンピュータ本体並びにその関連機器をいう。
関連機器には、キーボード及びポインティングデバイス等の標準入力装置、点字キーボード等の特殊入力装置、ディスプレイ及びプリンタ等の標準出力装置並びに点字プリンタ等の特殊出力装置が含まれる。
アクセシビリティ機能と今回の改訂のポイント
資料に示したようにこの改訂指針では、情報処理機器をアクセシブルにするための四十一機能が推奨されている。これは、旧指針より大幅に増加しており、技術の進展に伴い必要とされる機能を追加したものと言える。
それに伴い、これら多くのアクセシビリティ機能が、開発者に理解してもらいやすいよう付加機能と代替機能に分類されていることが、今回のポイントとしてまずあげられる。標準で提供される情報処理機器本体及びOSにメーカーがアクセシビリティ機能を付加しておけば、多くの人が余分の出費をすることなく、情報処理機器を多くの人のニーズに適合できる。
利用者が多く(障壁が比較的低いことが多い)、技術的にも標準的なハードウエア及びソフトウエアに標準搭載できる機能を「付加機能(adaptive function)」と規定している。
一方、付加機能だけでは、対応できない場合もある。たとえば、両手足が動かせないと、標準のキーボードやポインティングデバイスを工夫しても、それらを使って情報処理機器にアクセスすることは難しい。その場合、標準の入出力装置の代替となる装置を提供する必要がある。この機能を「代替機能(alternative function)」と規定している。
もう一つのポイントとして、開発者、利用者とその支援者に対するサービスの充実が求められている。アクセシビリティ機能は、だれもがいつでも使用するものではないので、雑誌やパソコンショップなどで一般的に見聞きする機会が少ない。このため、製品情報が潜在的利用者に伝わらず、メーカーにとっては製品化したのに売れない、利用者及び利用者の支援者にとってはほしいのに探せなかったというお互いの不利益が生じている。そのため、利用者とその支援者への製品情報の提供、サービス体制の充実が求められている。
今後の課題
アクセシビリティ指針は、国民一人ひとりが障害や高齢等に基づく活動の制限をもっても電子福祉機器を用いて充実した生活を送ることのできる社会の実現に効果をもつと期待されている。しかし、そのためには、今後、まだクリアすべき課題も多い。
一つは、近年、家電、公共端末、ATM、券売機、ゲーム機等多くの機器にCPU、メモリが組み込まれ、情報処理機器の概念が拡大している。また、携帯電話など情報通信機器との関連もますます強まっている。今後、多くの機能が一つの装置に統合され、パソコンをはじめとした機器の形態が変わると予測されているが、これからの技術革新に対応し、多くの製品にアクセシビリティの方向を示せるかが課題である。
次に、どんな優れた機器があってもユーザーが使いたいと思わなければ機器は使われない。そのため、障害があってもアクティブに生きることができることを多くの人に知ってもらう必要がある。国民一人ひとりに対し障害や技術に対する啓蒙を推進することが二番目の課題としてあげられる。
三番目として、福祉機器の情報提供、個々に応じた機器設定等のサービスの提供、支援技術に関する教育システムを充実させる必要がある。エンドユーザー、中間ユーザー、開発者が必要とする情報を入手できなければ、なかなか機器が手の届くものにならない。また、機器が入手できても特殊な設定、訓練が必要とされる場合、さまざまな相談やサービスが提供できなければ使えるようにならないと考えられる。それに伴い、支援技術者の養成も求められている。
四番目に、社会環境の整備を並行してすすめる必要がある。電子福祉機器を利用して社会で生活しようとしても、社会にバリアが存在すればその人は家の中でしか生活できない。電子福祉機器の利用を配慮した社会を構築する必要がある。
前述の四本の柱がそれぞれ有機的に結びつき機能することで、だれもが気軽に情報機器を活用し、バリアフリーな社会を実現していけると考える。
(なかむらけんりゅう 香川大学教育学部、日本電子工業振興会情報機器アクセシビリティ委員会副委員長)
資料 アクセシビリティ指針の仕様
標準的なハードウエア及びソフトウエアを使いやすくする
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1 キーボードを使いやすくする機能1-1 順次入力機能1-2 反復入力(キーリピート)条件設定機能 1-3 キー入力確定条件の設定機能 1-4 キー入力のみによる操作機能(キーボードナビゲーション) 1-5 キーボード操作のフィードバック機能 1-6 キーガード 1-7 キーの識別手段 2 ポインティングデバイス(マウス等)を使いやすくする機能2-1 ポインタの移動量設定機能2-2 ポインタの自動移動機能 2-3 ポインタやカーソルの条件設定機能 2-4 ポインティングデバイスのボタン機能の変更 2-5 キーボードによるポインティングデバイスの操作機能(マウスキー) 3 画面表示を見やすくする機能3-1 画面の拡大表示機能3-2 画面の配色変更機能 4 システム全般を使いやすくする機能及び環境4-1 情報処理機器の操作性4-2 周辺機器の操作性 4-3 情報処理機器のFAX対応機能 4-4 多様な利用環境への対応 4-5 出力情報の多重表現機能 4-6 入力操作前の状態に戻す機能 4-7 メニューの階層構造 4-8 アイコンボタンや文字等へのアクセス制限機能 4-9 OSやアプリケーションソフトウェアの設定条件の保存機能 4-10 単語・文章予測機能 4-11 漢字習得レベルに合わせた漢字辞書 |
標準的なハードウェア及びソフトウェアの代替手段として
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1 キーボードの代替1-1 代替キーボード1-2 オンスクリーンキーボード 1-3 点字入力機能 1-4 音声入力機能 1-5 音声による文字入力支援機能 2 ポインティングデバイスの代替2-1 代替ポインティングデバイス2-2 タッチスクリーン 3 ディスプレイやプリンタの代替3-1 音声読み上げ機能3-2 点字ディスプレイ・触覚ディスプレイ 3-3 点字プリンタ |
共 通 事 項 |
1 サービス1-1 インタフェース仕様公開1-2 情報処理機器の表記に対する配慮 1-3 コンテンツをわかりやすくするための配慮 1-4 マニュアルを利用しやすくするための配慮 1-5 製品情報の提供 1-6 問い合わせ窓口・手段 |