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2015年、IT社会の私の生活

奥山俊博

 朝の心地よい光が射し込んできた。ペロンと介助犬モモが朝のあいさつをしてくれる。彼女と生活を始めてもう3年が経つ。枕元のリモコンを操作しブラインドを開ける。今日は富士山がくっきり見えるし天気も良さそうだ。朝の介助者も時間どおりにやって来た。リモコンで玄関の鍵を開け、さっそく身支度を整える。そう言えば、昔は介助者一人ひとりに鍵を渡したり大変だったなあ。九時からの支援センター会議に合わせていつもより早めに支度をしないといけない。朝ご飯は食べたい料理を選ぶだけ、必要な食材は家まで届けてくれる。レシピもインターネットで届くようになったから、いちいち介助者に細かい指示を出さなくてよくなった。その分、ゆっくりと新聞も読める。
 さあ、時間だ!今日の議題は「人工呼吸器を使う子供のスキューバーダイビング」、人工呼吸器も小さくなり、水圧の変化にも十分対応できるとはいえ、どこの海が透明度が高くてきれいなのか? 激しいやり取りが行われる。とはいえ、ネット会議なのでコップの水が飛んでくることはない。脳性マヒなどで大きな音に敏感な反応をする人には、音声フィルターが自動的に音量を調整してくれるし、言語障害をもっていることを忘れてしまうくらい最近のVOCA(会話補助装置)は便利になった。頭の中で考えるだけで自分の気持ちや感情を人に伝えられるなんて、以前には考えられなかったなあ。結局、日本の海は汚れているので、暖かいオーストラリアのグレートバリアリーフで潜ることに落ち着いた。海外旅行するだけで非常に(異常に!?)大変だった20世紀とはえらい違いだ。お腹が空いてきたと思ったら、もうお昼だ!モモにもご飯をあげないと。あ、でもロボット犬だったんだ。
 なんて生活が送れたら楽しいと思う。

 では、いまの障害者の生活を見てみるとどうだろう。コンピュータや携帯電話が障害者の生活を変える物として期待されている。実際、「携帯があったので車いすが故障した時に助かった」とか、「コンピュータや携帯電話は私のコミュニケーションをよくしてくれた!」など、IT(情報技術)を利用することで、日常生活が豊かになり必要不可欠な手段となりつつある。働く場所においてもさまざまな支援機器が出現してきた。お金の計算が苦手な人にはそれを助けるキャッシュレジスタ、時間を把握するのが苦手な人のためにさまざまなタイプのすぐに使える時計がある。
 しかし、ITの進歩が新たなバリアを生み出している。コンピュータを利用したくても、容易に利用できない障害者は多い。アクセシビリティがまだ十分に保障されていないからだ。利用できても目的の情報へアクセスすることが難しい場合もある。使える人はますます便利になり、使えない人が新たに情報障害をも抱えるようにならないよう、障害者・高齢者を含めてだれもが使えるような技術にしていかなければいけないと思う。そのために、障害をもつ人がITをどんなふうに用いて生活しているのか、生活していきたいのかを皆によく知ってもらいたい。
 その人が何に困っているのか?このことに注目し、障害という枠にとらわれずに考えていくことからだれもが使いやすい技術が生まれてくるのだと思うから。

 2015年の生活ってどんなものなんだろう? 自分はどういう生活を送っているのか? 2~3年くらい先までしか考えられずにきた私にとって想像もしていなかった。一方、15年前の私はというと、期待に胸膨らませた大学生だった。しかし、期待とはうらはらに学内を歩いて移動することが大変で、毎日ヘトヘトになってアパートに帰ってきていた。当然、サークル活動などへ参加する気持ちにもなれず…。今のように電動車いすを使っていればもっと楽しくて、豊かな学生生活を送れたのに…、と残念に思う。
 目の前に便利な道具があったとしても、それを使いたくならなければ生活は何も変わらない。21世紀には使ってみたくなる道具がたくさんあって、どれを選んだらいいのか相談に乗ってくれる人もいる、それを購入する時の制度なども整っている、そういう障害をもった人が豊かに生きていけるIT社会がつくれたらよいと思う。

(おくやまとしひろ アシスティブテクノロジーエンジニア)