音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

北米における権利擁護とサービスの質に関するシステム 連載17

ADA(障害をもつアメリカ人法)10年の歩みと、
日本における障害者権利法(JDA)の方向性
その5

北野誠一

はじめに

 前回、私たちはADA第一章・雇用における差別に対するEEOC(平等雇用機会委員会)の役割について考察した。EEOCは他のマイノリティーに対する雇用差別のノウハウを駆使して、障害者差別と戦ってきたわけだが、障害者雇用における差別の問題は、他のマイノリティー差別とは根本的に異なる問題を抱えている。それはこれまで見てきたように、障害者の雇用には他のマイノリティーが必要としない合理的配慮(reasonable accommodation)が必要な場合が多く、その費用負担の義務と免責(undue hardship 過剰な負担)の問題が存在するからである。
 第14回に述べたように、差別(discrimination)とは、「人種・性別・年齢・宗教・障害の有無等の違いを理由に、法の権利によって定められた生活分野や場面(雇用・教育・住宅・移動交通・投票・公共サービス・市民施設の利用等)で、一定の行為基準に基づいて平等に扱うことをしないこと」を意味している。特定の分野や場面における差別を規定するにあたっては、まずその特定の分野や場面における適格な対象者を規定する必要がある。雇用の場面における適格な障害者とは、「合理的な配慮(reasonable accommodation)の有無に関わらず、その個人が保持するあるいは希望する職場のポジションに必須な職務(essential function)を遂行できる障害者」と定義されている。そこで当然、必須な職務を遂行できる適格な障害者(qualified individual with a disability)のより厳密な定義と、合理的な配慮のより厳密な定義が求められることになる。
 ADAの法案が法律として形成されるプロセスにおいては、これらについてはあまり確定的かつ限定的な規則・基準を作らず、今後の運用と判例によって、それらが徐々に成熟した概念として定義されるべきことが求められた。
 1991年の第一章施行後、前者については1999年に『最高裁判決に基づくADAの“障害”と“適格”の概念についてのEEOC調査官への指針』(注1)、また後者については同じく1999年に『ADAのもとでの合理的配慮と過剰な負担についてのEEOCの方針の手引き書』(注2)が出された。特に後者については、今後の日本の障害者雇用戦略に大いに参考になるがゆえに、少し詳しく見ておきたいと思う。

合理的配慮(Reasonable Accommodation)と過剰な負担(Undue Hardship)とは何か

(注3)

 この手引き書は、ADA第一章が施行された1991年より1998年までのすべての判例を踏まえて作られたものである。EEOCの基本的戦略は、まず当事者である事業所と被雇用者に対する教育・啓蒙・技術的アドバイス等によって、問題が起こることを未然に防ぐことにある。この手引き書には46のQ&Aと100近い事例が、すべての判例を踏まえて掲載されており、これを読めば、事業主が障害者にどのように対応することがADA違反であるかがほぼ明白になる。裁判ともなれば、双方とも多大な労力を要し、ADA違反と裁定されれば、事業主は30万ドルまでの賠償金を免れることは難しい(ただし手引き書によれば、事業所の側が誠意をもって対応していながらそれがうまくいかなかった場合には、30万ドル以下の懲罰的賠償とはならず、10万ドル以下の一般的障害賠償となるようである)。そのためにも、この手引き書に述べられた障害者雇用の具体的な場面において、一般的に想定される「行為基準のモデル」に基づく平等な対応が求められるわけである。
 実は、ADA第一章の合理的配慮と過剰な負担は、厳密に言えば、一民間企業の経営サイドの経済原則と矛盾する可能性がある。ADAは、そのポジションに必須の職務にふさわしい人材の選択については、合理的配慮の有無にかかわらず、競争原理を貫くことを認めている。
 そこで、Aという障害者がその必須の職務においては他の応募者よりも少し抜きんでていたとしよう。その際、Aがその事業所でその必須の業務を遂行するにあたって必要な合理的配慮に要する費用(たとえば職場の改造や本人の使用する機器の改造及び時間的配慮等)及び付随する業務を他のスタッフが代行すること等に要する費用と、Aが他の応募者よりも抜きんでているがゆえにもたらす効果との比較が、競争原理を越えていることもあり得るわけである。その意味では、ADAの原則は経済原則に基づくものでありながら、社会規範としての側面をもっているように思われる。いやさらに言えば、この合理的配慮は、非常に多様多彩な側面をもっていると言える。
 障害者雇用における合理的配慮は大きく分けて8種類ある。

1.職場の物理的環境を障害者に使いやすくすること
2.必須の職務に付随する業務の変更を含む仕事そのもののやり方を変えること
3.本人の働く時間をその障害に応じてフレキシブルにすること
4.障害にともなう治療や休暇にあたって、同一ポストでの復帰を保障すること
5.職場の規則や基準、仕事のマニュアル等を変えること
6.採用方法や訓練、雇用政策を変えること
7.朗読や手話通訳等の人的補助システムを活用すること
8.本人の必須の職務遂行能力の変化に合わせて業務を変更すること

 日本ではADAにおける合理的配慮とは、1.の物理的環境をバリアフリーにすることだと非常に限定的にとらえられてしまっている。実際にはそれをはるかに越えている。
 そこで次に、それぞれについて手引き書にある事例を使って見ておきたいと思う。

1.職場の物理的環境を障害者に使いやすくすること
[事例1]

 M旅行会社で働くAさんがその障害のゆえに車いすを使用することになり、Aさんの職場のスペースをアクセシブルにするための合理的配慮として、部屋のしきりの改造を要求した。ところがM旅行会社はS社の所有するビルを借りており、S社は改造の要求を拒んだ。そのためにM旅行会社はAさんの要求を過剰な負担として拒否した。

 手引き書によれば、まずM旅行会社はするべきことがある。それはオフィスの他の場所でAさんにとってアクセシブルな場所を提供すると言った、物理的な変更を伴わない他の合理的配慮が提供できないかどうかの検討である。さらに、S社がAさんの要求を拒否することは、ADAの第三章・市民的施設(Public Accommodation)におけるバリアに対する容易に達成可能な改造(Readily Achievable Modification)義務に違反する可能性がある。つまり改造の不許可は、障害をもつ被雇用者Aさんの権利に対する不法妨害の可能性があるということだ。
 この事例を見ても分かるように、物理的環境を変えることひとつにおいても、それはそんなに容易なことではないが、ADAの奥の深さと威力もまたまざまざと感じ取れるではないか。

2.必須の職務に付随する業務の変更を含む仕事そのもののやり方を変えること
[事例2]

 乳ガンの薬物治療中のBさんは、治療のために疲れやすくなり、通常の仕事をこなすことが困難となってきた。そこでその治療期間中、Bさんがその必須業務だけに専念できるように雇用者は他の三つの付随する業務をYさんに回した。Yさんは余分な業務を割り当てられて迷惑であったが、雇用主はYさんならそれを十分にこなせると考えて決定し、Yさんもまたそれを何とかこなした。

 日本の職場において、この必須の業務と付随する業務がこのように峻別できるのかの問題は別として、ここでは本人が採用されるにあたって求められた限定された必須の業務以外は、本人の要求によって合理的配慮として変更されうることを示している。
 問題は、ここで本人の業務や時間の変更等の合理的配慮が他の職員の業務に及ぼす影響である。それが一定を越えると事業主にとって過剰な負担となり、合理的配慮がストップしてしまうこともあり得るわけである。
 この過剰な負担(undue hardship)という概念もまた、合理的配慮と同様に誤解を生みやすい概念である。つまり金銭的な費用負担の面だけが強調されがちであるからである。ADA法案の議会での議論の中で、被雇用者の年収の10%を超える合理的配慮の費用負担を過剰な負担とすべきだとの提案がなされたことがある。そのような案は、被雇用者の中に年収による格付けを生み出すだけでなく、そもそも社会的責務を果たすべき事業体の規模や財政力に基づいて、過剰な負担を考慮すべきであって、安易な対費用効果論は避けるべきとされたのである。
 実際には過剰な負担の問題は、[事例2]にもあるように、障害をもつ被雇用者に対する合理的配慮が他の被雇用者の労働に過剰な負担と混乱をもたらす場合である。たとえば、数人がチームで相互に不可欠な仕事をしていて、一人がその障害ゆえに仕事の変更や休暇の変更を合理的配慮として要求した場合に起こる問題である。そのような場合には、合理的配慮が拒否されることもあり得るわけである。

3.本人の働く時間をその障害に応じてフレキシブルにすること
[事例3]

 うつ症状をもつCさんは、抗うつ剤の副作用のために特に朝が苦手である。9時出勤にもかかわらず、10時出勤や10時30分出勤の時もある。雇用主が来月もそのような状態だとクビにすると勧告したのに対して、Cさんはその状況を説明し、勤務時間の変更を申し入れた。10時までなら本人の業務が他のメンバーに大きな影響を与えることもないので、雇用主は9時から5時30分までの勤務を、10時から6時30分までの勤務へと合理的配慮を行った。

 分かりやすい事例である。手引き書では、それ以外にもHIVの治療に伴う休憩時間や、若年糖尿病の人のインシュリン注射に必要な休憩時間等の例が載せられている。

4.障害にともなう治療や休憩にあたって、同一ポストでの復帰を保障すること
[事例4]

 L社は、職員削減のために過去1年間において4週間以上休暇を取った職員を解雇することを決定した。Dさんは障害の治療のために5週間の休暇を取っていた。L社は、Dさんを解雇しようとしたが、5週間分はADAに基づく合理的配慮であって、それをカウントすることはADA違反となる。

 休暇については他の法律、たとえば「家族及び医療上の休暇に関する法律(FMLA)」との関連が問題となるが、基本的に障害についてはADAが、医療についてはFMLAが優先することになる。

5.職場の規則や基準、仕事のマニュアル等を変えること
[事例5]

 その事業所はすべての職員に駐車のスペースを提供している。車いすの職員Eさんは、雇用主に現在の駐車スペースは狭すぎて、車いすの出し入れができないので、より広くアクセシブルな駐車スペースを要求した。これはその職場のミニマムな規則を変えることにはなるが、ADAにおける必要な合理的配慮である。

[事例6]

 知的障害をもつGさんは、法律事務所で郵便物を配る仕事をしている。GさんはしばしばR.Millerさんへの郵便物とT.Millerさんへの郵便物を間違ってしまう。雇用主はそれがGさんの障害ゆえの間違いで、しかもその知的障害のゆえに合理的配慮を要求することができないことに気づいた。そこで雇用主は、Gさんにそれぞれのミラーさんの名前をスペリングすることが役に立つかどうかを尋ねると、Gさんがそれを希望したので、合理的配慮として、受付係にミラーさんの郵便物には名前をスペリングしてくれることを依頼した。

 どちらもそれほど大きな変更ではない。しかしそれはそこで働く障害者が、その必須の業務を遂行しながら働き続けるためには、必要不可欠な配慮だと言える。

6.採用方法や訓練、雇用政策を変えること
[事例7]

 雇用主はHさんの履歴書に興味をもち、Hさんに面接に来るように要請した。聴覚障害のHさんは、面接に際して手話通訳を要求した。雇用主はHさんを採用すると常時手話通訳を雇用しなければならないと思い、面接をキャンセルし、Hさんのことを考慮することを拒否した。この雇用主はADAに違反している。本来ならば雇用主は手話通訳を使って面接を行い、面接においてHさんに他者とのコミュニケーションを必要とする必須業務を遂行するのに、どの程度の手話通訳が必要なのかを尋ねるべきであった。

 必須の業務に必要な人的補助システムを活用することは、合理的配慮の範囲である。本人と話し合うこともなく、雇用主側の予断で、人的補助システムの必要性を判断してはならない。ここで特に問題となるのは、雇用主の行為が障害者の雇用の機会平等に違反していることである。採用時において、アクセシブルな場所を選ぶだけでなく、点字等の資料や手話通訳等の活用がなければ、障害者は非障害者と平等な雇用機会を有するとはとても言えない。

7.朗読や手話通訳等の人的補助システムを活用すること
[事例8]

 強度の弱視である弁護士のKさんは、日常の業務に必要な印刷物を朗読してくれる人を雇用主に要求した。その合理的配慮の要求がコストがかさむと考えた雇用主は、代わりにKさんが自分で読めるように拡大コピーのシステムを導入しようとした。Kさんはそれを使って読むことはできたが、多大な困難が伴い、彼女の印刷物を読む能力は格段に低下した。同じ弁護士仲間と等しい業務をこなすためには、この拡大コピーのシステムは、合理的配慮とは言えない。またそのことはKさんの昇進に向けての平等の機会を保障しておらず、その点においてもADA違反と言える。

 その障害の程度やいつ障害者になったのか、そして日常生活で普段に活用している方法、また本人の必須業務の内容と職場環境等によって、活用されるべき人的補助システムや支援システムは異なる。それを雇用主が本人と相談することなく一律に決めてしまうことは、本人の業務遂行を妨げることになる。

8.本人の必須の職務遂行能力の変化に合わせて業務を変更すること
[事例9]

 ある雇用主は、すべての新規採用者に1年間の仮採用期間を設けている。Wさんは9か月間を難なく勤めたが、交通事故に遭い、合理的配慮を行っても現在の必須の業務を遂行できなくなった。WさんにはそれでもADAに基づいて業務変更再契約が保証されており、Wさんが遂行可能な業務があり、それが雇用主にとって過剰な負担でなければ、その業務を提供しないことはADA違反となる。

 このように、ADAにおいては仮採用期間においても、本人の必須の職務遂行能力の変化に合わせた業務変更が保障されている。
 このように1.から8.まで、障害者雇用に関する“合理的配慮”と“過剰な負担”を見てきた。次回は雇用以外の公共サービスや移動交通サービス、そして市民施設におけるADA10年の歩みを見てみたいと思う。

(きたのせいいち 桃山学院大学)

(注1)

Instructions for Field Offices: Analyzing ADA Charges After Supremes Court Decisions Addressing “Disa-bility” and “Qualified”(EEOC 1999)

(注2)

Enforcement Guidance: Reasonable Accommodation and Undue Hardship  Undur the Americans with Disabilities Act(EEOC 1999)

(注3)

2000年10月に連邦政府の職員に適用されるべき“合理的配慮”の提供を進める手続きに関する手引書が出た。衆知のように、連邦政府の職員は基本的にADAではなくリハビリテーション法に基づいてすべての手続きがなされる。
Policy Guidance On Executive Order 13164: Establishing Procedures To Facilitate The Provision of Reasonable Accommodation(EEOC 2000)