障害の経済学 第14回
バリアフリーの経済効果
京極高宣
はじめに
障害者が人間らしい生活を営むためには、次の三つの障壁を乗り越えなければならないと言われています。すなわち、(1)制度の壁、(2)偏見の壁(心の壁)、(3)物理的な壁の三つです。前々回では、福祉用具について考案しましたが、これは(3)の物理的な壁を除去する手段の一つでした。物理的な壁にはそれ以外に、住宅があります。近年、バリアフリーの提唱がなされ、バリアフリー設計や住宅改修などに国や地方行政も力を入れはじめていますが、以下、その経済効果についてみてみることにしましょう。
1.バリアフリーの機能
まず、バリアフリーとは、障害者や高齢者のために障壁となる建造物や機器での不便な設計を除去したり、改修することを言います。この考え方は、近年、建築設計から始まり、都市計画や交通機関や公共施設などにも普及しつつあります。こうしたバリアフリーの機能をさしあたり整理すると、次のように説明できるでしょう。
第1に、介護負担の軽減です。居宅や外出におけるバリアフリー化は、後に述べるように介護者の負担軽減には、きわめて効果的なことが知られています。
第2に、障害者の生活空間が拡大し、快適さが増大することです。これは必ずしも定量的には明らかにはできませんが、特に高齢者用の住宅改修などで、家庭内事故がなくなり、自律的な生活空間が拡大し、満足すべき生活が実践する事例には枚挙にいとまがありません。
第3は、バリアフリー化に伴う費用負担は、住宅改修費などを例にとっても相当な額となり、国民経済的には内需拡大にプラスになるものとなります。ちなみに、障害者や高齢者に、年額20万円の住宅改修費を毎年10万人に行っても約200億円となり、これを30年間行えば、約6000億円の内需となります。
2.介護軽減の試算例
さて、先に見たバリアフリーの三つの効果について、第1の介護負担の軽減に的を絞って試算することにしましょう。この試算にはいくつかのタイプがありますが、本稿では建設省(現在の国土建設省)建設政策研究センターの調査結果を紹介します(表1)。
表1 住宅改修の介護費用軽減
高齢者住宅の仕様とした場合の介護費用の軽減効果 |
建設省の試算では、二つのパターンで行い、いずれも費用対効果がプラスになるとするもので、第1のパターンには軽介護の簡単な住宅改修の場合で、第2のパターンは重介護で重装備の住宅改修の場合です。特に、前者の第1のパターンの経済効果が大きく、費用対効果では、5.2倍となり、今回の介護保険メニューに住宅改修が限度額20万円で入った根拠ともなりました。
また私がかつて試算した例では、要介護老人を次の三つのタイプ、すなわち(A)自宅を改修せずに住み続けるケース、(B)自宅を部分的に改修するケース、(C)あらかじめバリアフリー設計をするケースに分けて、各々の介護費用を比較してみますと、次のような結論が得られました(拙稿「高齢者住宅の費用効果分析」金森、島田、伊部編『高齢化社会の経済効果』東大出版会、1992)。
(C)のケースでは、当初は費用がかさみますが、介護期間を通して費用は軽減されることが予想され、(B)のケースでは、意外に住宅改修費が余計にかかり、(C)のケースほどではないが、それなりに費用軽減が図られ、(C)のケースでは、先行投資がないものの、介護費用の軽減は全く起こらず、場合によってはより重介護になる可能性があるということです。月々になおすと、(A)に比べて、(B)は約4万3千円、(C)は約10万6千円も費用が軽減するのです(表2)。
表2 住宅改造の介護費用
【出典】金森他編『高齢化社会の経済対策』東大出版会、134頁
むすびにかえて
いずれにしても、バリアフリー化の経済効果は介護費用の軽減にとってもきわめて大きく、建設省の試算では、21世紀には初の年額約2兆円に達すると予測されています。またバリアフリーの理念は、経済効果だけでなく、それ以上に価値あるもの、たとえば国民の意識変革にとっても、社会のあり方の変革にとっても、きわめて刺激的なものとなるでしょう。
(きょうごくたかのぶ 日本社会事業大学学長)