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ワールド・ナウ

レバノン
最近の国連の活動と障害者法について

長田こずえ
マルワン・モンスール

1 国連ESCWAのバリアフリー国際会議

 前回にも述べたが、1999年の11月から12月にかけて、国連ESCWAは国連NY本部とレバノンのソルディエールという株式会社と共同で「開発途上国での都市開発と障害者のアクセス」に関する国際会議を開いた。この国際会議は、アラブ以外からも、タイ、マレーシア、シンガポール、南アフリカ、中南米などレバノンとほぼ同じレベルの、中程度の国民一人あたりのGDPを持つ開発途上国が参加した。アメリカなどの先進国からのリーダーも参加した。その会議で一、二点、気になった点をあげてみる。
 まず、ユニバーサルデザインとバリアーフリーデザインの問題が論争となった。会議に参加したニューヨーク大学バッファロー校のアビール・ミューリック教授を含め、多くの参加者はユニバーサルデザインの重要性を強調した。日本の読者にはもうおなじみのトレンディーなコンセプトと思われるが、レバノンやほかのアラブの参加者にはなじみの薄いコンセプトである。
 ユニバーサルデザインとは障害者を含め、老人や子ども、妊婦や病人等多くの利用者にやさしい、使いやすい適用性のある建築デザインということである。今までのバリアフリーのデザインが障害者のための特殊なものであるのと比べて、最初のデザインの段階ですべての人が使用できるような適用性を考慮しようとするものである。そのコンセプトは包括的であり、障害者を隔離しないという点で大変優れた考えでもある。その特徴としては使いやすい、適用性がある、みんなが利用できる、いろんな知覚を使用して情報を提供する、危険が少ない、疲れにくい、サイズに応用性があるといった点である。入り口には階段を真ん中に、その隣に細々と障害者用のバリアフリーの設備を備えるのでなく、はじめから中心をバリアフリーにして、反対に階段は横につけるといったものもある。
 これは面白いコンセプトではあるが、途上国ではいろいろ問題もある。まず、レバノンをはじめ中近東は世界で一番古い文明を誇る地域で、多くの遺跡がある。これらの遺跡や歴史的な建築物は、ユニバーサルデザインとはまったく反対の意図で建てられた。つまり、地位の高い貴族や政治家や僧侶たちが、自分を一般の人から隔離するためにデザインが考えられた。立派な長い階段はテラスの上に立って平民を見下ろすために作られたのかもしれない。これらは中近東のいや世界の遺産であり、町に転々とあるこういった遺跡と、町並みの雰囲気とユニバーサルデザインは、一体どのようにして共存するのだろうか?

 私の疑問はユニバーサルデザインとその経済的な観点に関してであった。会議の中で、参加者の一人(本人も障害をもち車いすが必要)ネバダ大学経済学部の助教授のロバート・メッツ博士は、政治経済的な視点から議論を進めてきた。ユニバーサルデザインは今までのバリアフリーと違い、老人、妊婦など多くの人を対象にするために市場経済の点からも経済効果は大きい。さらに社会的なコストとして、アクセスを社会が提供しないことで障害者が労働者として最大限に活用されず、さらにそのために施設などに入所させておくことにかかる国民の税金を考えれば、このデザインの促進は経済的に有効であるという論説である。興味深いが、これはあまり途上国には関係がない。なぜなら、多くの開発途上国では障害者のために税金も使わないし、施設もつくらない。障害者が社会的に自立しようがしまいが、家族に押し付けたままという現状である。障害者を活用しないことによる社会的コストなどないのだ。
 社会資源の最大限の活用、市場経済との調和、そして小さな政府という新しい路線の社会福祉指針も重要ではあるが、障害者問題のすべてにおいてコストの面で正当化しなければならないのだろうか? 私には疑問である。 
 さて、いずれにせよこの会議は中程度の開発途上国からの参加者の連帯を強め、17年間続いた内戦後のレバノンの復興、そしてそのプロセスでの障害者に関する人道的な意思表示としても意義あるものとなった。

2 ESCWAのCBR、地域社会に根ざした障害者の自立促進プロジェクト

 ESCWAはレバノンのシーア派イスラム教徒の人が住むブルジュ・エル・ブラジュネという大変貧しいコミュニティーでCBR、自立促進プロジェクトをはじめた。国連の障害者のためのほとんどの活動と同様、このプロジェクトも外部の援助を得てなしえた、通常予算外のプロジェクトである。国連のNY本部にある各国政府の寄せ集めの障害者プロジェクト資金やスウェーデン政府の協力により、2000年はじめからこのパイロットプロジェクトがはじまった。筆者とスウェーデン人の若い女性の二人が、政府機関とコミュニティーの障害者のためのNGOと協力して運営している。ESCWAの視点からすれば、NGOと地域の障害者(参加者)のエンパワメント、そして実行運営力をつけてもらうのが目的の一つである。この点では大変に成功と思える。
 まず、プロジェクトは2年のサイクルの間に約40人の軽度の障害者(主に青年男女)を外部の職業訓練学校に半年から9か月間、健常者と一緒に訓練に送りだしている(訓練の様子、写真)。現在、20人ほどの生徒が訓練を続けているが、その内容はコンピューター、車の整備技術、商業技術、散髪、刺繍・裁縫などと幅広い。卒業後は近くの店で実地訓練を受ける。これらの訓練は適正のほかに本人の意思を重視して決める。訓練の前に約3週間、自分で起業するためのワークショップを行う。また、障害者の自立のための理論的なセミナーと障害者の草の根グループをはじめ、NGOとして登録するための過程も習得する。
 現在、生徒たちは自分たちのクラブを設立して活動をはじめようとしている。週に一度集まり、自分たちのイニシアティブで計画を立てている。今まで全く家から出なかった生徒もいることを思うと、大きな前進である。
 今年に入ってから、ESCWAから要領を聞いてカウンターパートのNGOは、結構うまくプロジェクト案件を書き上げ、自分たちで日本政府の草の根資金に持っていき、車いすや障害者用のアクセスつきミニバスを寄付してもらった。このミニバスもプロジェクトが始まってから、ESCWAのセミナーなどに参加した障害者たちが、交通の不便さを指摘して文句をいったことから案件が練られたのである。これは普通車のホンダのミニバスをレバノンで、低価格で改造したものである。
 ユナイテッド・キオスク・オブ・レバノンはユニークな事業である。これはディール国際グループという利潤を追求する私企業でありながら、同時に、NGOや地方自治体と協力して地域社会に貢献しようとする社会的責任を最重要視し、公的な役割も同時に果たす企業である。この事業は、町の条件のよい場所を選び、赤いモダンなキオスクを立て、新聞、お菓子、飲み物、公衆電話、郵便ポスト、ごみ箱などを備えた障害者による零細ビジネスである。道の横に立てるので土地を所有しなくてもよい。公衆電話などの必需品はオープンしたときにもらえる。たいてい場所がよいのと、モダンなデザインのせいかどこもうまくやりくりしている。
 プロジェクトはまったく最大限に地域社会、NGO、障害をもつ参加者のグループの潜在能力を活用し、彼ら自身の即戦力により運営されている。レバノンにきてから、地域社会、市民社会の可能性と国連の新しい役割を感じさせられた。

3 レバノンの障害者法

 レバノンでは1992年に内戦が終わるまで、障害者の数が急激に増え続けたが、障害者のための公的な活動は、内戦中はほとんど皆無であった。新しい政府が生まれ、国を再建する決断と同時に、はじめて1992年、障害者の問題が政府のアジェンダに載ることになった。政府は1992年12月に国連障害者プログラム指針を採用することを決め、レバノン障害者委員会ができた。これは公的機関である。社会省から5人、障害者の団体から4人、障害者にサービスを提供する団体の代表4人から成り立っている。この機関が中心となり、いろいろな問題を乗り越え、ついに2000年にアラブではヨルダンの次に、障害者のための包括的な法律が承認された。
 法律の内容は、障害者の定義、区分、そして障害者手帳に関する項目のほか、レバノン障害者委員会について、医療、リハビリのサービス、障害者のアクセス、交通、パーキング、運転免許、家屋・土地所有、教育、スポーツ、働く権利、就業、社会保険、そして税金その他の細かい項目など多岐にわたる。法律は国連障害者プログラム指針や、障害者の権利基準を参考に、いろいろな人の意見を取り入れて準備された。
 この法律が承認されただけでも大きな進歩と言えるが、しかし、障害者委員会に障害者の代表が少ないことや、十分に障害者の声が反映されているかどうか疑問である。
 公共交通手段については、停留所の設置(アラブでは停留所が定まっておらず、道でそれぞれが手を挙げて乗車する)、公共バスの改造についても、何も具体的な案が示されていない。住宅についても、バリアフリーに関する項目は皆無といってよい。ほとんどの人が共同住宅に住むベイルートでは、公共住宅の一部を障害者用に改造するという考えは、今のところ見られない。障害者が働く権利についても、はっきりと明記されておらず、職業リハビリテーションの遅れは否めない。

(ESCWAベイルートレバノン)


【文献】

National Disability Legislation: A Case Study of Lebanon, Nov. 2000, by Marwan Mansour, Associate Economic Affairs Officer, United Nations ESCWA, Beirut Lebanon
 
Critical Analysis of Law 220 for the rights of the disabled, draft by a group  of disabled persons in Lebanon
 
United Kiosks of Lebanon, Street Furniture & Services, Deal International Group, Lebanon

※本稿で表明された言説は二人の筆者個人のものであり、国連または国連ESCWAのものではない。

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2001年2月号(第21巻 通巻235号)