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ほんの森

倉本智明・長瀬修編者
障害学を語る

評者 大津留直

 本書は、1999年3月に刊行され、各方面から賞賛されている『障害学への招待』(明石書店)を紹介することを目的の一つとして行われた講演会での講演を中心に編集されています。大部分が講演の原稿であるため分かりやすいことを一つの特徴としています。
 『障害学への招待』に対して、本書のもう一つ大きな特徴は、米英の障害学の権威者が自ら行った講演が、編者の一人である長瀬修氏による丁寧な翻訳で読めることです。これらの章においては、障害学が欧米の障害者運動においていかに大きな役割を果たしてきたか、そして、これからの国際的な障害者運動において、障害学がどのような課題を担っていくべきだと考えらているかが簡潔に語られています。
 そもそも障害学がディスアビリティー・スタディーズの訳語であり、それは、障害に関するこれまでの医学・個人モデル、つまり、障害者をできるだけ「健常」な状態に近づけるべきだという医療・リハビリテーションなどにおいて、主に健常者側において支配的な考え方に対抗して、障害者を差別し、排除することによって彼らが人間らしく生きていくのを邪魔している「社会」を変えていくことこそが課題なのだという、いわゆる社会モデルを提唱することによって始まったことが明らかにされます。
 しかし、この社会モデルが本書において障害学の唯一絶対的な方法として主張されているわけではありません。むしろ、本書のもう一人の編者である倉本智明氏が「あとがき」の中で述べているように、本書においては、これまでの社会において支配的であった「健常者中心主義」を克服するという主要な課題のために、障害者自身が当事者として担っていく考え方が多様な形で模索されていると言ったほうが当たっていると思われます。社会モデルはその中の一つであるに過ぎません。
 それは、一言で「障害」と言っても千差万別の障害があり、それが孕(はら)んでいる問題も非常に複雑であるからです。現に本書の中で、木村晴美さんは「ろう者は障害者ではない」とさえ言っています。それは、手話が聴者による日本語文化とは異なる意味体系を持った一つの、いわば独立した言語文化だという明確な自覚があるからです。そのような複雑で、しかも切実な問題領域に立ち向かっていくであろうこれからの障害学にとって、本書は一つの重要な手引きになるであろうことは確かであると思われます。 

(おおつるただし 大阪大学・関西学院大学非常勤講師)