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シンポジウム
施設オンブズマンを考える

日本弁護士連合会の

関島保雄

 2001年2月17日、日弁連の高齢者・障害者の権利に関する委員会が主催する「施設オンブズマンを考える」と題するシンポジウムが約200人の参加者を得て行われた。
 知的障害者施設・精神病院・老人ホーム等施設における虐待、暴力などの人権侵害が多発している事例が新聞等でも報告されている。このような人権侵害を防ぐためにオンブズマンの役割が求められているが、日本ではオンブズマンの発展が遅々としている。一方、厚生労働省が提起した社会福祉基礎構造改革により2000年4月から介護保険が導入され、同年5月には社会福祉事業法の改正により、障害者処遇全体についても措置から契約社会へ大きく転換することとなった。契約型福祉への転換に伴い、契約当事者となる障害者・高齢者の権利保護のための施設内のオンブズマン構想が厚生労働省側からも提起されている。
 このような中で、日本における施設での人権侵害の実態を直視して、人権侵害を防止するためにどのような役割がオンブズマンに求められているのか。どうしたらオンブズマンを全国に広めていけるのか。オンブズマンの現状とあるべき方向性を検討し、弁護士がどのようにオンブズマン活動に関与できるかをシンポジウムで検討した。
 日弁連はこのような観点から「施設オンブズマン制度の現状と弁護士の役割に関する報告書」をまとめ、シンポジウムで発表した。
 この報告書は、日本における施設での人権侵害事例を収集するとともに、日本でのオンブズマン運動の取り組みの現状をまとめたものである。
 報告書では、オンブズマンの役割として、調査権、独立性、情報公開など利用者の立場を擁護するオンブズマンの役割が果たされているのか、果たされるためにはどのような機能が求められているかを検討した。
 日本では行政が行政サービスの質を高め苦情処理を行うオンブズマンとして、中野区、品川区、川崎市等が設置している。しかし、これは対象が行政のサービスに限られるので社会福祉施設での人権侵害や苦情処理は対象でないために限界がある。一方、施設の中には先進的に施設内にオンブズマンを置く施設もある。オンブズマンがない施設がほとんどの中でオンブズマンを置く施設はわずかで、置いているだけでも先進的であるが、個別施設でのオンブズマンはその権限の独立性に限界があり、オンブズマンとしての活動に限界がある。このようなことから、最近は「湘南福祉ネット」に代表される、地域の施設が共同でオンブズマンを持つ地域ネットワーク型オンブズマンがあらわれてきた。さらには施設や行政から独立した、市民運動の中から生まれた市民オンブズマンとしての東京及び大阪の精神医療人権センターや福岡の患者の権利オンブズマンの活動もある。
 また平成10年から、東京都により進められている施設でのサービス評価点検委員会の設置等のサービス評価事業による心身障害児施設での処遇改善運動も一種の施設オンブズマン活動である。
 しかし、いずれもここ10年以内で特に最近に始まった運動であり、全国的に見れば一部の地域の先進的な活動に過ぎない。全国的にはほとんどオンブズマンの取り組みがないのが現状である。
 そこで、シンポジウムでは、老人ホームにおけるオンブズマンの先進国であるアメリカの先例に学ぼうと、「米国における老人ホームオンブズマンの活動」と題して、福岡県立大学教授の宮崎昭夫先生が講演した。
 米国では福祉は北欧に比べれば低く、行政サービスではなく民間による福祉サービスが中心である。それでも日本より人権擁護が進んでいる。米国では老人ホームでの虐待問題が多発した過去があり人権擁護の仕組みが発達した。そのための老人ホームオンブズマンが連邦法である米国高齢者法(Older Americans Act)に根拠づけられて、これを受けて州法に地域のオンブズマンの権限が定められている。オンブズマンは州政府から任命された特別公務員で、強い調査権を有しており、施設への立ち入り調査、記録閲覧権、問題点を発見すると制度改正などの利用者の人権擁護の観点から問題提起も行う。オンブズマンの権限を法律で与え、人権擁護の機能が果たせるようにさせているのである。州政府有給オンブズマンだけでなく、研修を受けたボランティアオンブズマンもいる。全米で有給オンブズマンが927人、ボランティアが7000人余り(1998年)という。
 老人ホームに対する人権擁護のシステムとして、ホームの情報公開が義務づけられ、監査結果など老人ホームの選択の資料として開示されている。また施設での入所者の権利や苦情申立についての説明書の交付も義務づけられ、利用者の権利関係を明確にしている。州政府による監査制度も厳しく抜き打ち監査が行われ、監査結果はホームでの公開が義務づけられている。
 このような米国の現状報告を聞くと、日本の法制度は、特に人権擁護のシステムが欠けていると強く感じる。
 シンポジウムには厚生労働省から樫岡福祉基盤課課長補佐が出席した。厚生労働省は措置から契約に移行したことにより、契約当事者間の苦情処理制度として施設が選ぶ無報酬の第三者委員制度を提起している。まだこれからの制度であるが、苦情解決を円滑・円満に図る役割が求められており、利用者の権利擁護という視点はない。米国のオンブズマンと比較すると、とてもオンブズマンとは言えない段階であることが明確になった。
 厚生労働省の第三者委員の限界は施設が選任することである。これは個別施設オンブズマンの限界と同じである。これを克服するために、地域ネットワーク型のオンブズマンを行った湘南福祉ネットや厚木精華園を中心とするAネット等がある。シンポジウムでは湘南福祉ネット及び厚木精華園の活動報告により、施設の限界を超えて、地域全体で地域の施設処遇の質の改善と利用者の権利擁護を進めようとしている状況が明らかになった。
 また東京都から心身障害者施設サービス評価事業の現状も報告された。国に先駆けて、地方自治体として施設での虐待等人権侵害事件をなくそうとサービスの質の向上を求める活動として評価できるものである。しかし、まだ評価事業の段階であり、さらに権利擁護活動としてのオンブズマンを地方自治体として位置づけていく活動が期待される。
 なによりも、米国のように人権擁護の制度やオンブズマンを法的権限のあるものとするために、法律の改正や制定運動に日本弁護士連合会としても強く取り組むことの課題が明らかになったシンポジウムであった。

(せきじまやすお 弁護士)