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アジア太平洋行動課題への道

成瀬正次

アジア太平洋障害者の十年に夢中

 私は「障害者基本法」が公布された1993年12月を自分勝手に、日本の障害者元年と呼んでいます。この頃から自分の国の障害者施策に誇りを持てるようになってきたと考えています。春の息吹のように何かが少し変わり始めた時期です。具体的なかたちをとったものが障害者白書です。
 障害者基本法の第9条には「政府は毎年、障害者関連事項を報告しなければならない」と書いてあります。毎年その報告をまとめて発行されているものが「障害者白書」なのですから、政府の年次報告書として受け止め、障害者を取り巻く世の中の動きを知るための便利な書物として活用しています。最初から最新版まで7冊の障害者白書が書棚に重ねてありますが、これは私の宝物です。頁を開けば「アジア太平洋障害者の十年」に政府がどのように取り組んだか一目瞭然だと思い込んでいました。
 平成6年版が白書の第1号になりますが、第2節『障害者施策の今後の方向』の国際協力の欄に「平成5年にはアジア太平洋障害者の十年が始まり、我が国がこれまで蓄積してきた技術や経験等をこれらの地域に提供するとともに、政府レベルの交流や民間援助団体との連携や交流を進めていくことが必要である」とだけが書かれています。十年の目標は紹介されていません。なぜでしょうか。
 最初の平成6年版は「新しい枠組みによる施策の新たな出発」という副題がつけられているように、国内施策の概況が中心ですから、アジア太平洋地域のことは大きく取り上げられなかったのでしょう。以下「バリアフリー社会をめざして」「障害者プランの着実な推進」「生活の質的向上をめざして」「情報バリアフリー社会の構築に向けて」と版を重ね、平成11年版の「ノーマライゼイションの世界的展開」になってはじめて「アジア太平洋障害者の十年の行動課題」が登場します。
 第1章『国際社会における障害者施策へのあゆみ』の4頁を読んでみましょう。まず「この行動課題は国連障害者の十年における『障害者に関する世界行動課題』を踏まえ、10年間の進展とアジア太平洋地域の特殊性に適応するよう再編成されたものであり、11の具体的な問題領域を設定し、それぞれに実現すべき課題を掲げるとともに、これらを推進するための地域協力と支援のあり方を提起している」と書かれています。
 「行動課題は11の問題領域を設定し、1.国内調整、2.立法、3.情報、4.啓発広報、5.施設の整備及びコミュニケーション、6.教育、7.訓練及び雇用、8.障害の予防、9.リハビリテーション、10.介助機器、11.自助組織」と説明されていますが、これでは中味が分かりにくいのです。12.番目の「地域協力」が抜けているようなので不思議な気がします。
 文章は「この行動課題は、法的に各国を拘束するものではないが、各国政府がアジア太平洋障害者の十年を推進する上でのガイドラインであり、国内政策を進めるに当たっての枠組みを示すものである」と補足しています。わが国の障害者施策もこの行動課題を指針として進められているということなのでしょうか。障害者プランを推進しているからそれで十分だという意味なのでしょうか。
 白書はさらに「このようなアジア太平洋地域各国における取組を決議に従って評価するため、1995年タイ・バンコクにおいて第1回アジア太平洋障害者の十年政府間評価会議が開催され」「23カ国の政府代表のほか国際的NGOの代表約250人が参加し、行動課題実現のため、達成すべき目標年を各項目ごとに設定する決議が採択された」という記述に続きます。このときに決められた、行動課題を実現するための73項目(現在では107項目)の目標について説明されていたら、多くの人々が共通の物差しによってモニターすることができたのに残念です。
 さらに、アジア太平洋障害者の十年の中間年であった1997年9月、韓国・ソウル市において、前半5年間の実施状況を評価し、後半5年間への行動計画を討議する「政府間高級事務レベル会合」が、25か国の政府代表と33のNGOの参加を得て開催されたということが紹介されています。
 わが国政府代表によって、前半5年間の取り組みの成果が報告されました。内容は、基本的な立法として1993年12月に「完全参加と平等」の理念を基礎とした「障害者基本法」を制定したこと。そして、障害者基本法に基づいて障害者団体等を含めた国内政策調整のため中央障害者施策推進協議会を設置し、地方公共団体においても障害者施策を計画的に推進するための都道府県・市町村の障害者計画の策定を推進し、「障害者白書」を毎年作成し、国会および国民に施策の推進状況を報告することとし、「障害者の日」を定めて国民への啓発広報活動を推進し、1995年12月に新長期計画の重点実施目標として「障害者プラン」を策定し、障害者に対する各国の計画的なサービスを進めていくこと。さらに「新長期計画及び障害者プランの中に、アジア太平洋障害者の十年の推進と国際協力を明確に位置づけ、国際会議の開催、資金・技術の援助によりアジア太平洋地域における障害者施策分野での協力を進めた」という内容が報告されています。
 なお、1995年の政府間評価会議で決定した「73項目の目標」はその後、2000年6月のESCAP総会で「107項目の目標」として採択されており、この新目標を基準に、日本の障害者団体の代表11人がわが国の現状を評価し、昨年のバンコク会議で報告しています。

教科書に現れた行動課題

 ところで「教科書」はよい道案内の役割を果たしてくれます。全国社会福祉協議会発行の『新社会福祉学習双書・障害者福祉論1』の資料編を読むと行動課題がもっとよく分かります。次に引用します。
 行動課題は障害者に関する世界行動計画のアジア太平洋地域版ともいえるものであり、各国が「アジア太平洋障害者の十年」の間の取り組みのために策定する国内行動計画の指針として示されたものである。全体はかなり詳細に記述されているが、事項は次の通り。

1.関係分野

1.障害者問題に関する国内委員会を設置すること。または強化すること。
2.権利擁護をはじめ、機会均等、環境改善等の必要な法律を制定すること。
3.障害者に関する情報を収集し、また情報の提供を行うこと。
4.障害者問題に関する啓発広報を行うこと。
5.障害者が利用しやすいように公共施設、交通機関の整備等を行うとともに、障害者のコミュニケーションの促進を図ること。
6.障害児者の教育機会の拡大及びその充実を図ること。
7.職業リハビリテーションを強化するとともに、雇用機会の拡大を図ること。
8.情報、教育等を通じて、疾病、虐待、衛生問題等による障害の発生を予防すること。
9.リハビリテーション・サービスを強化すること。
10.介助機器の研究開発、生産、普及を支援すること。
11.障害者自助組織の設立及び強化を支援すること。

2.行動課題実施に於る地域協力及び支援

1)各国が互いの経験と専門的知識等を共有し支援しあうため、ネットワークを構築する。
2)ESCAP事務局に「行動課題」の履行状況を監視し助言するため諮問委員会を設ける。

行動課題は知られていない

 アジア太平洋障害者の十年推進NGO会議の事務局長である丸山一郎埼玉県立大学教授は、JANNETニュース第29号で次のように述べておられます。
 「日本での周知度はとても低く、関係者ですらその存在を知らないようで、周知度80%の国際障害者年や同20%の国連・障害者の十年に比べて提案国日本のPR努力は殆どない。ましてアジア太平洋地域では、一般住民の話題になることは全くない状況である」
 この文章は、アジア太平洋障害者の十年の問題点を正面から突いています。本当にその通りです。国としてのPR不足に加えて、マスコミ報道もそっぽを向いていて寂しい限りなのです。
 日本障害者協議会が1999年12月にまとめた「障害分野の報道に関する調査結果」という資料を見てみましょう。「現在、1993年から2002年までのアジア太平洋障害者の十年の期間中ですが、これを意識した記事・番組制作に取り組んでいますか」という設問に、回答した46の新聞社や放送局のうち、取り組んでいるという答えはわずか7社、15.7%に過ぎませんでした。しかし、日本のメディアには地道なドキュメント番組や障害者を主人公に高視聴率のドラマをつくる実力があります。
 日本のメディアが総力を結集してアジア太平洋障害者の十年に取り組んだらすごいだろうなあと考えずにはいられないのですが、メディアにアジア太平洋の障害者の未来のために一肌ぬいでもらう手はないものでしょうか。丸山教授は「アジア太平洋障害者の十年は単なるお題目に終わるのであろうか」と心配されていますが、まだ1年数か月あるのですから、あきらめないで障害者たちの力を粘りづよく結集するよりほかありません。

行動課題の実践

 では、アジア太平洋地域の障害者に、今日までの8年と数か月はどんな希望をもたらしているのでしょうか。国際協力事業団がアジア太平洋諸国の政府およびNGOを対象に行ったアンケート調査があります。「貴団体はアジア太平洋障害者の十年に関する活動を行いましたか」という設問に対して、12か国の政府と18のNGOが行ったと答えています。百分率ではそれぞれ60%と39%に相当します。
 活動内容の詳細も具体的です。セミナー開催を含む障害者の啓蒙、障害者体間の交流を推進、リハビリテーション要員の養成、病院施設等建設、障害者の教育とリハビリテーション、交流手段の改善、障害者スポーツやレクリエーション、障害者の職業訓練、CBRの促進等となっています。
 また「今後アジア太平洋障害者の十年に関する活動を行いたいと考えていますか」という設問には、4つの政府機関と14のNGOが活動予定ありと回答しており、これは政府機関では57%、NGO56%と過半数を超え、アジア太平洋障害者の十年への関心が比較的高いことを示しています。バリアフリーへの取り組みも近年増加しており、RNNが主催するアジア太平洋地域のキャンペーン会議に出席するたびに障害者トイレをはじめ、視覚障害者や聴覚障害者に対応した改善が各地で見られるようになってきました。このような動きが一般的になってくれば、将来に明るい希望が持てることになります。
 バンコクを例にとれば、私が1992年に障害者との交流旅行で最初に訪れた時には、折り畳み式の便座を持参して、タイ式のトイレを使用する状態でしたが、現在では障害者施設はもちろん、ホテルやデパート、有名な観光施設などに車いすトイレが見られるようになってきています。アクセスが改善された情報が行き渡っていないことが残念です。視察に出かけても、プロの添乗員やガイドが車いすトイレの所在を知らないのです。彼らのためにも車いすマークつきのマップが必要になります。聴覚障害者には案内表示板。視覚障害者には点字プロック。必ず、この3点で考えましょう。
 国際協力事業団がバンコク事務所に整備したスロープやエレベーター、車いすトイレは素晴らしいもので、それぞれ設備の優れた見本という役割を果たすものと考えられます。設営に当たっては、タイDPIのナロン元上院議員やトポンAPHT会長の意見が参考になったということです。バンコクは変わりつつあります。
 王宮に近い涅槃寺ワットポーには車いすトイレが完成していました。残念ながら、ドアが内側に開くようになっているため、介助者がいないと使用できないという欠陥があります。エレベーター付きの鉄道もドアの開閉に問題が見られます。障害者が協力してアクセスの状況を点検し、改善の提言をする必要があります。まちづくりに勢いがついてくると、今後も課題が出てきそうな気がします。障害者本人の出番がまわってきたようです。
 ESCAPでは旧RICAPに代わって、TWGDC(障害者関連テーマ別作業部会)が起動しました。残り1年数か月ですが、活性化してきたアジア太平洋障害者の十年の活動にもっと希望を持って取り組みましょう。

(なるせまさつぐ 日本障害者協議会国際委員長)