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二次障害考

ポストポリオ症候群(PPS)について

向山昌邦

ポストポリオ症候群とは

 わが国では1964年にポリオ生ワクチンが集団投与(予防接種)されるまで、毎年多数のポリオ患者(ほとんどが幼小児)が発生していました。この時期に全国各地でポリオにかかり、ポリオ後遺症をもった人たちが、現在それぞれの分野で活躍していますが、これらの人たちが50~60歳前後に達したころに手足の筋力低下、しびれ、痛みなどの症状が発現して、日常生活ができなくなったとの相談をしばしば受けています。これはポストポリオ症候群(PPS、またはポリオ後症候群、ポリオ後遅発性筋萎縮症)と呼ばれるものです。
 最近、15年くらいの間にわが国や欧米の専門家によって精力的に調査研究された結果、PPSはポリオの再発ではなく、ポリオの二次障害であることが確定しました。しかしPPSについては、医師やパラメディカルスタッフ(看護婦、理学療法士、作業療法士、介護士など)にまだ十分理解されておらず、不適切な治療やリハビリを受けている事例をいくつか聞いています。

ポストポリオ症候群の症状と経過

 PPSの頻度はポリオ経験者の40~60%と言われており、男女間では男性にやや多いようです。PPSの症状としては筋力低下(筋肉が弱くなった、力が入らなくなった)と筋萎縮(筋肉が痩せた、筋肉が細くなった)が多いですが、筋肉痛、関節痛、筋線維攣縮(筋肉内の筋線維がぴくぴくと細かく動く過敏現象)、びりびり感など、多彩です。冷感(障害のある手や足を氷のように冷たく感じる)、感覚鈍麻(感じが鈍くなる)、腰痛、全身倦怠感(全身がだるい)を自覚する人もいます。PPSの諸症状は、後遺症のある同じ手や足に現れることが多いですが、他の手足に発現することもあります。
 PPSはしばらくの間は進行しますが、数か月~1年くらいで進行は停止します。かなりの程度に回復する人が多く、ほとんどの人がPPS発症前の日常生活に戻ることができます。同時に現れた筋・関節の痛みやしびれ、疲れやすさも次第に消失します。

ポストポリオ症候群はどうして起こるか

 幼小児期に経口感染したポリオウイルスは、増殖して、好んで脊髄の運動神経細胞に入り込みます(急性期)。ウイルスが侵入した運動神経細胞は壊れて、消滅するので、それらの神経細胞から命令を受けていた手足の筋肉は動かなくなります。これがポリオによる手足のマヒであり、このマヒが後遺症として残ります。
 急性期が過ぎて体力が回復すると、生き残った脊髄運動神経細胞から出る末梢神経はたくさんの枝を伸ばし始めます。これらの枝が、ポリオの侵入によって消滅した神経細胞から命令を受けられなくなって運動できないままでいる、手足の筋肉(筋肉自身はポリオウイルスに障害されないで、元気に残っている)につながって、これらの筋肉を活動させるようになります。病気の直後には全く動かなかった手足の筋肉が、少しずつ動くようになるのは、このためです。
 ポリオ経験者は、一般に努力家で、後遺症をもった手足に対して一生懸命に機能回復訓練をされた方が多く、運動マヒの残っている手足においても神経と筋肉がかなりよくつながって、機能をうまく果たしており、その後何十年にもわたって元気に社会生活を送っています。
 このように、ポリオ後遺症のある手足の筋肉に命令を伝えている、脊髄の運動神経細胞は、健康な人と比べると余分の神経の枝を出して、長年頑張っていますが、50~60歳ごろになって疲れを生じて、萎縮したり消滅し始めます。またちょうど初老期に達するため、老化現象の一つとして神経細胞が減るという事実もあります。これらがPPSの原因です。
 PPSの際にしばしば現れる筋・関節の痛みやしびれは、追加して出現した筋力低下のために、その近辺の末梢神経や筋・関節に余分の負担がかかるために生じると考えられます。

相談先と日常生活上の注意

 神経内科の専門医や、整形外科、内科、理学療法科(リハビリ科、リハビリテーション科)で神経・筋肉の障害を専門に診療している医師に相談しましょう。最近は全国各地にポリオの会ができており、お互いに連絡を取り合っていますので、もしも良い先生が見つからない場合には、お近くのポリオの会にご相談ください。
 PPSと思われる症状が現れた場合には、無理な運動は避けて、安静にしたり、マッサージや入浴などでその部位の血液循環をよくするのをお勧めします。むやみに不安がることなく、ゆったりとした気持ちで生活するほうが、早くPPSが治まります。
 PPSの急性期が過ぎて、筋線維攣縮、筋力低下、筋肉や関節の痛みなどの症状が消失または軽減してきたら、少しずつリハビリを始めましょう。ラジオ体操や散歩などをお勧めします。運動の目安は、1日の運動による疲労が翌日に残らない程度とします。数日から1週間ぐらい同程度の運動を続け、調子が良ければ少し運動量を増して数日間様子を見る。具合が良ければ、さらに運動量を増していきます。

ポストポリオ症候群を未然に防ぐには

 50~60歳前後のポリオ経験者は、後遺症のある手や足に過剰な負担をかけないように気をつけましょう。この年代で集中的な筋肉トレーニングを行ったり、スキーや登山で足の筋肉を酷使した直後にPPSを発現した例がいくつも報告されています。体重増加(肥満)にも気をつけましょう。過体重が筋肉や関節に余分の負担をかけます。
 初老期になると、脊髄や筋肉だけででなく、脳や全身臓器の機能も低下してくるので、全身をよく動かし、適度に歩き、趣味をたくさんもち、偏食なくよく食べ、毎日を楽しく過ごすこと、これらはすべて健常な人たち全般にも必要なことですが、これらがPPSの予防になると考えます。

ポリオをめぐる最近の話題

1 WHO(世界保健機構)は昨年10月に日本、中国、インドネシア、オーストラリアなど西太平洋地域からポリオが根絶したことを宣言しました。この地域でのポリオワクチン購入費のうち40%が日本のODA(政府開発援助)によるものでした。根絶宣言した地域は、1994年のアメリカ地域(南北アメリカ大陸)とともに世界で2地域となりました。両地域からは今後、ポリオの野生株による発病の心配はなくなりました。しかし最近のように飛行機、船舶、鉄道が発達し、世界中の交流が盛んな地域では、いつほかの地域からポリオが侵入してくるか分かりません。また仕事や観光でポリオの常在国へ旅行する人もありましょう。しばらくの間、わが国ではポリオワクチン接種を(乳幼児に)続ける必要があります。
2 昭和50~52年(1975~77年)生まれの人が乳幼児期に受けたポリオワクチンは効果が弱く、50%ぐらいの人の免疫力が低いことが分かっています。その人たちはこれから親になって、子どもがポリオワクチンを受けた時に、子どもから感染してポリオを発病する心配があります。海外のポリオが流行している地域に旅行する場合にも、危険です。該当する人は、近くの保健所や医師会に問い合わせて、もう一度ワクチン接種を受けるほうがよいでしょう。昭和50~52年前後に生まれた人たちも、念のために接種を受けてください。

(むこうやままさくに 愛知県岡崎保健所、医学博士、神経内科専門医)


参考文献

1 『ポリオとポストポリオの理解のために-ポリオを体験したあなたへ-』全国ポリオ会連絡会 神戸 2000
2 向山昌邦、横井敦子『ポストポリオ症候群の実態-ポリオ友の会東海のアンケート調査-(抄)』臨床神経学40:87,2000
3 Managing Post-Polio: A Guide to Living Well with Post-Polio Syndrome Halsted LS ed NRH Press and ABI Professional Publications  Falls Church  Va  1998