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知り隊、おしえ隊

豊かな星に暮らす実感
―生命の星・地球博物館体験記―

エリ

 4月17日、穏やかな春の午後、箱根登山鉄道(小田急線も乗り入れ)入生田にある「生命の星・地球博物館」に出かけた。学芸員の奥野花代子さんの丁寧で熱心な説明を伺いながら、3時間半たっぷり楽しんできた。

 この博物館は1995年3月20日に開館、今までに200万人を超える来館者があったという。1階は常設展示と特別展示、そしてミュージアムシアター、2階はミュージアムライブラリー(書籍、ビデオ)、3階は神奈川展示室、共生展示室、ジャンボブック展示室がある。このほかにレストラン、喫茶室、ミュージアムショップなどがある。一つひとつをゆっくり見れば1日でも足りないのではないだろうか。

 バリアフリーの取り組みとしては、点字による館内の案内と地図のほか、ほぼすべての展示物に点字ラベルがあることと、トーキングサイン・ガイドシステムと音声ガイドの貸出があげられるだろう。

 トーキングサイン・ガイドシステムというのは、1階エントランスホールにまだ限定されるが、赤外線を利用して手元のリモコンを向けることによって物の位置とその解説をイヤホンで聴くことができる装置である。また音声ガイドとは、1階と3階のかなりの展示物の説明を番号で示し、その番号を手元のリモコンを押すことによってイヤホンで聴くことができるものである。どちらもまだ改良の途中というのが奥野さんのお話だったが、館内を楽しむのにとても役立つシステムであることに間違いはない。

新鮮な驚きの連続

 「これってこんなだったの?!」と思うことが、わたしたち視覚障害者には健常者に比べてより多いとふだんから思うのだが、まさにこの博物館の常設展示室は(これってこんなだったの?!)がいっぱいの空間なのだ。頭では知っていることでも実際、どんなものなのかと言えば分からないことだらけだったのだと、わたしはこの午後に思い知らされた。

 部屋に入るとまず隕石のコーナーがある。もちろん隕石という言葉は知っているのだが触れるのは初めて。2トンもあるという隕石が置かれている。46億年前に宇宙から落ちてきたものであり、地球は宇宙の中の一つの星であるという博物館の主旨を端的に表している。鉄の塊という説明があり、なるほど鉄錆(さび)のような匂いがするし、マグネットを付けてみるとぴたりと吸い付く。表面にはワッフルの焼き目のように無数の穴が開いているが、これは空気との摩擦で鉄が溶けたときの跡である。

 隕石がいったん溶けて岩石になるという過程もあるが、紙数の関係で触れることができない。次に、わたしを立ち止まらせたのは「アンモナイトの壁」である。これはすてきな楽しいもので、縦3メートル、横10メートル以上にわたって中世代の海の断面が広がっている。アンモナイトの化石の大きいものは直径40センチくらいもある。それが大小一面に散らばり、その間には蛤(はまぐり)を思わせる2枚貝や、唐辛子を大きくしたような烏賊(いか)の祖先や、蛸(たこ)の祖先が存在して太古の海の歴史と物語を心いっぱいに広げてくれる。これは一つひとつを持ってきて貼り合わせたのではなく、一度期に大量に化石になった謎を伝えてくれる。

 哺乳類と鳥類のコーナーはまるで「剥(はく)製動物園」といった感じだ。全部ではないが、かなり多くの動物に触れることができる。「カモノハシって嘴(くちばし)の付いた縫いぐるみみたい!」針土竜(もぐら)は栗の毬(まり)を全身に張り付けたようで、逆に撫でると大変なことになりそう。ペンギンて思ったとおりの大きさで質のいい縫いぐるみそのもの! 逆に、犀(さい)は硬い短めの毛皮を連想していたが(昔、上野動物園で象に触らせてもらったことがあるのだが、あれと似ていると思っていた)、鎧のような手触りだった。まゆ毛以外ほとんど毛がなかったのは不思議な感じ。羆(ひぐま)の爪の鋭さもばさついた毛皮も、この日初めて触れたものだが、彼らが厳しい自然の中で生きていることをその一つひとつの部分から感じ取ることができた。体の半分以上ありそうな長い嘴(くちばし)から鴫(しぎ)が水鳥の中の水鳥であることを教えられた。

 こんなふうに新鮮な驚きの連続なのである。博物館や美術館は好きでふだんからよく家族と出かけるが、いつも説明を聴き、大体の大きさを目で捉え、様子を想像するのがほとんどだった。ここでは、かなりの部分を体感できるのがうれしい。自分の暮らしている地球を改めて考えてみる。始まりはこういう隕石だったのか…。こういう流れがあって動物が誕生するに至ったのか…。世界のいろいろな地域にこれらの動物が精一杯生きているのか…。まさに地球は「生命の星」なのだと実感する。この地球に溢れているいろいろなものに触れることのできた喜びをかみしめる。

バリアはみんなの手でなくす

 楽しく充実した気持ちに暗い陰を落とす言葉を奥野さんから伺ったのは、3階のジャンボブックのコーナーでだった。ここはさまざまな標本の図鑑を広げた本の形に展示しているのだが、インデックスの頁が見やすい角度に斜めになっているのを、滑り台にする子どもがいるというのだ! なるべく展示に近く接することができるように、原則としてポールや網を張らずにきたのに、このところ子どもたちのかくれんぼの格好な隠れ場所として使われてしまうため、やむを得ずポールを置き網を張ったのだという。

 また1階でも、コアラの剥製は触りすぎて毛が薄くなってしまったとか、羆の剥製の上に子どもを座らせて写真を撮るなど信じられない話がたくさん出てきた。マナーの悪い子ども、さらにはその子どもたちに大人は注意をするでもなく見て見ぬふりをしたり、先のように大人が大人にあるまじき行為をするという、これはいったいどうなっているのだろう。

 近頃、自由を履き違えているケースをよく目にしたり耳にしたりする。小学生はもちろん、中学生くらいまではいろいろなことで大人が手本を示し、教えてあげることがなんの「自由」の妨げになるだろう。世の中には障害をもたない人ともつ人がいること、その障害にもいろいろな種類があってそれぞれに違った不便さがあること、そういうことを理解し合い、そのうえで同じ空間で楽しみや喜びを分かち合えるのがこういった博物館の存在なのではないか。

 「見えないからあの人はあの鳥に触ってるのね。○○ちゃんもそおっと触ってみようね。羽が折れないように」そんな言葉掛けは、当たり前だとわたしは思ってきた。でも今のところかなり特別なケースなのかもしれない。それが特別でなくなるような状態こそバリアフリーの実現だと思う。

 自分という存在が地球上でどんなに小さい存在か、けれどもそんな一人ひとりが集まって動植物や鉱物と共存してこの生命の星は創られていることを、すべての人に体感してほしいものである。

(えり 詩人・歌人)

◎神奈川県立生命の星・地球博物館

 〒250-0031 小田原市入生田499
TEL 0465-21-1515
FAX 0465-23-8846