列島縦断ネットワーキング
東京
「こころの癒しとしての音楽」を企画・開催して
―第15回日本精神保健会議について―
村田信男
日本精神衛生会は、世界で最も古い精神保健のNGO(非政府機関)の一つとして明治35年に創設された精神病者慈善救治会に端を発し、昭和26年に財団法人として設立されてから50周年を迎えました。
本会は、わが国の精神保健体制をよりよくすることをめざして、その先頭に立って活動を続けてきました。毎年3月に、その行事のひとつとして日本精神保健会議を開催しております。これは精神保健福祉の関係者を中心に、当事者や家族、市民など広く参加し、問題点を語り合い、改善の方策を検討するための集まりです。
今回のテーマは「こころの癒しとしての音楽」と題し、日常生活に大きなかかわりをもつ音楽と「こころ」の問題について討議することにしました。次のようなプログラム(表1)で、治療、ケア、メンタルヘルスなど参加者の関心にはそれぞれの立場により多少の違いはありますが、午前、午後ともほぼ満席(700人)で盛況でした。
【表1】メンタルヘルスの集い(第15回日本精神保健会議)こころの癒しとしての音楽
開催趣旨 日本精神衛生会は、精神保健福祉に対する国民の関心を高め、理解を深めることにより、こころの健康を推進するとともに、精神障害の予防と精神障害者の医療と福祉に貢献することを目的に、これまで各種の活動を続けてきました。 主催 (財)日本精神衛生会 後援 厚生省 東京都 協賛 (社)日本精神保健福祉連盟、(社)日本精神病院協会 参加対象 一般市民、精神保健福祉関係者、教育関係者他 プログラム10:00~10:15 開会の言葉 特別講演 講師紹介日野原 重明 氏 主な著書日野原重明著作選集(上)「医のアート」(下)「死と、老いと、生と」「死をどう生きたか」「老いを創める」「人生の四季に生きる」「生きることの質」「健やかないのちのデザイン」「老いと死の受容」「音楽の癒しのちから」「癒しの技のパフォーマンス」「老いに成熟する」「<ケア>の新しい考えと展開」「道をてらす光」「フレディから学んだこと―音楽劇と哲学随想」(近著)など多数 |
午前の特別講演は日野原重明先生でした。プログラムにあるようにテーマはすべての人の全生涯の課題である〈生・病・老・死〉を取り上げ、ご自身が学生時代に結核で1年休学を余儀なくされた闘病体験を含め、具体的にお話になりました。
「医者になる前に自分が患者になったことが、その後の医師になってから大変生かされた」という含蓄ある言葉には、強い説得力がありました。また、よく老いるために75歳以上を入会資格とする「新老人の会」を結成され、会員の潜在能力を引き出せる可能性を示唆し、自らも実践されていることは、多くの参加者に自らの生き方を考える示唆とたくさんの元気を与えました(先生は今年の10月で卒寿-90歳-を迎えられますが、当日も午前にこの会議で特別講演、午後も都内で開かれている学会で講演、夕方からは神奈川県内での集いにご参加されるとのことで-トリプルプレー-、これがこの日だけでなく日常的なスケジュールだそうです)。
また、生涯を通じて音楽のもつ癒しの力を自らのご経験を踏まえ強調され、それに携わる「音楽療法士」の国家資格取得のため現在、国会に請願などの働きかけをしていることに触れて、「健やかさの意味」を締めくくられました。
このような内容の午前の特別講演を受けついで午後のフォーラム「こころの癒しとしての音楽」は、3人の発言者と1人の指定討論者で構成され、討論がなされました。
「音の風景とこころの健康」について述べられた鳥越けい子先生は、「音楽以前の原点としての音」を取り上げ、その音風景(サウンドスケープ)がこころの癒しに大きくかかわっているという発言は、わたしにとっては今まで意識しなかった盲点を突かれた感じで、自らのQOLを高める新たな領域の発見でした。さらに、音環境という騒音問題など、社会的次元にまで広がる問題であることを述べられました。
「生活のなかでの音楽」の門間陽子先生は、職場の食堂で音楽を流すなどしてメンタルヘルスの向上を図るなど、まさに日常生活に密着した世界における音楽の効果を改めて知らされるものでした。また自分史と音楽のかかわりを通じて音楽の生涯(ライフヒストリー)におけるかかわりの重要性を指摘されました。
村井靖児先生は精神科医の立場から「医療としての音楽」について述べられ、医療としての根本は相手に受け容れられることであり、それは音楽を媒介にしてなされると話されました。
指定討論者の斉藤考由先生は、「日本では既成曲を使うことが多いが、ヨーロッパなどでは目の前でその人が必要な音楽や即興曲を提供する」ことが音楽療法士の役割であると述べられ、改めて奥深い専門性を理解することができました。また、フロアーからも活発な質疑や意見が出されました。
最後に、日本精神衛生会会長秋元波留夫先生が会議のまとめをされました。精神病院で仕事をされていた頃の病院内での音楽祭など自らのご経験を踏まえ、「音楽には癒しの働きがあることを患者さんたちの表情などから感じた。さらに今や医療のみならず、たとえば老人施設やホスピスなど福祉にまたがる領域でも大きな力を果たしている」と述べられました。さらに特別講演での音楽療法士国家資格化についても触れられ、日本精神衛生会も積極的に実現に向けて協力するとの提言がありました。
大会実行委員長として今回の企画、開催を振りかえって改めて思うこと、学んだことは多くあります。
音楽が私たちの生活にとってどのような役割を果たしているか、日常生活に溶け込みすぎているが故に意識しない人が意外に多いのではないかという問題意識を踏まえ、改めて音楽のもつ癒し(治療、ケア、メンタルヘルス)の意味を考えることができました。またさらに、その構成要素である自然や生活の営みのなかでの「音」そのものについてもメンタルヘルスの視点から、音環境という社会的次元にまで波及して考え直す新たな発見がありました。音楽療法士という専門職の存在、国家資格化への具体的動きなども知ることができました。
これまで述べてきたような視点で、もう一度音楽やその構成要素である音そのもののもつ役割を、自分の関与する領域のなかで考えてみませんか。参加者の多くは、このような問題意識を抱いて会場を後にしたことでしょう。
(むらたのぶお 大会実行委員長、日本精神衛生会常務理事、医療法人社団瑞信会北千住和光ビルクリニック)