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列島縦断ネットワーキング

茨城
ユニークな総合福祉会館の誕生

坂部明浩

「地球学」というアプローチ

 3月のある1日、オープンを1か月後に控えた常陸太田市総合福祉会館に、数十人ほどの「地球学」のメンバーが見学に訪れていた。会館の説明は同メンバーで当会館を設計した建築家の石井和紘氏。聞き入るメンバーは、地球物理学者の松井孝典氏をはじめとして経済学者、文学者、生物学者など多種多様な学問領域から学際的に集まった人々である。
 福祉会館になぜ? と思うところだが、その答えの一つが会館の空撮写真にあった。なんと「CO2」という形をした建物なのだ。
 成田発の飛行機からも見えるというこの建物のマークは、何も形だけのものでは、ない。
 会館の中がCO2の形に沿って回廊になっていて、そこに地元産出の杉、松、ケヤキ、モミなど81本もの樹木(平均8メートル)が丸太のまま柱として使われている。つまり、地球学的にいうと二酸化炭素(CO2)を外に放出してしまうことなく固定することに、この会館が一役買っているということになるのである。
 この地球大のスケールの発想を私たちの日常へ結びつけているのが、この建物ということになる。常陸太田市はおおよそ4万人の人口で、そのうち65歳以上が21.6パーセントと全国平均を上回る。テレビでお馴染みの水戸黄門様の御隠居先の地でもあり、「ほっとタウンひたちおおた」というキャッチフレーズにピッタリの地である。小澤勝之館長によれば農林業に従事する人は年々減りサラリーマン世帯が増えているが、それゆえに65歳以上の高齢者にとっては昔を懐かしむ気持ちは強いという。そこにこの地元の樹木とのふれあいの意味があるのだ。一本一本に樹木の種類、採取地と採取前の写真、樹木の高さや太さなどが詳細に明記されていて、おのずと会話も弾む。地球学のメンバーも、樹木と福祉会館との古くて新しい出会いに皆、目を見張っていた。

コミュニティとして

 この会館は、市内の総合保健センター、社会福祉協議会、訪問看護ステーションの3機関を1か所にまとめ、老人・身体障害者デイサービスと障害児デイサービスの機能を併設してできあがった、まさに総合福祉会館である。それだけにバリアフリーは万全で、4800平方メートルという広い床面積をとることで、平屋建てを実現。垂直への移動を減らしている。また車いす者用トイレも、一般と「人工肛門、膀胱造設者用の方も利用可」と明記したトイレの二つがある。
 ここではCO2の形の外周を各部屋が取り囲むように林立しているが、そこへの手すりはもちろんのこと、視覚障害者には手すりを伝わっていくと、各部屋の前で部屋の名前を読み上げてくれる音声誘導装置も準備されている。
 こうしたハード面での仕掛けもさることながら、やはりそこにソフト面での仕掛けが無理なくリンクしている点を特筆すべきであろう。建築家の石井和紘氏は、かつて四国の直島で幼稚園と保育園を一つにした幼児学園を建てた実績をもつ。それはハードからのアプローチでありながら、文部省管轄と厚生省管轄の両者をいい意味で取り結んでみせた。これに対し今回の場合には、多様な出会いの場という形が一つの目玉である。
 テフロン膜の天幕に覆われた回廊の天井は外の明るさを取り込むことができ、窓もリゾート地の建物のように全面ガラスのため1日の陽の動きも意識できる。天井の高い分、冷房などは同じ回廊でもスポットごとに集中して行っていて、施設にありがちな「一律の環境」という不自然さから解放されている。会館のスタッフは、「回廊こそ福祉の諸施設が集まった街の遊歩道のようなもの」と表現する。そのせいだろうか、この会館のスタッフはだれにでも分け隔てなく積極的にあいさつをしてくれる。まさに「福祉の街」の道端で声をかけられた気分だ。樹木はさしずめ街路樹ということになろうか。
 また、CO2のOの中庭のデッキは、ちょっとしたコミュニティ空間である。健診を終えた子どもたちや高齢者で早くも人気だ。7月からは障害者のデイケアも始まるので、車いすのままデッキに来る人たちとの出会いも見られるはず。
 極めつけは市民の利用できる温泉。単に温泉だけを利用にくる市民も、当然ながらこの回廊を分け隔てなく通る。また温泉の施設として、特に売店やカラオケ室などという設備は設けていない。しかし、だからこそ逆に周りに楽しみを発見する可能性が増えることになる。樹を見ながら、高齢者や障害者とついつい回廊を散歩、なんて姿も見られることになろう。逆に、介助者とともにやってきた車いすの青年が「ついでに」温泉に入って行くという姿が実際に見られた。デイ浴室ももちろんあるが、選択の幅は広いほうがいい。
 以上、地元の木々、日差しの変化、冷房の不均一さ、中庭デッキ、温泉の併設…と見てきたが、ノーマライゼーションのしなやかな実践がゆっくりと始まっているのだ。
 なお、この会館では本誌2001年1月号で紹介された「点字物語企画《天の尺》(東京タワー篇:代表花田春兆)」の第2弾CO2篇も予定されている。インターネットで寄せられる物語を点字化して手すりに貼り、視覚障害者に楽しんでいただくというもの。今回は樹木にまつわる物語を点字で読むとともに、実際に樹木に触れられる(http://www.isis.ne.jp)。これなども施設のハードとソフトを結ぶ試みと言えよう。
 また、小澤館長によれば、ここは学校の社会科見学にも利用されているそうである。樹木の勉強、障害者や高齢者との出会いは貴重だ。
 「人生80年、生きがいを感じる場所として自由時間を使って行く発信基地にしたい」
 CO2のCOは、COMMUNITYのCOでもあるのかもしれない。

(さかべあきひろ ライター)