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滋賀
福祉の受け手から担い手へ!!
─知的障害者のホームヘルパーへの挑戦─

城貴志

 バブル景気以後の長引く経済不況は、障害のある人たちの雇用環境にも大きなマイナスの影響をもたらしています。
 このような状況のなか、授産施設や共同(働)作業所(以下、作業所)などへの期待はますます高まってきています。
 しかし、滋賀県内の約120か所の作業所で働く約2000人の障害のある人たちの1か月の所得は、80%の人が2万円以下にとどまっているのが実情です。期待の高まる一方で、必然的に作業所の機能強化や就労環境の整備・改善、また、所得要求に対応できる事業の活性化が問われることにもなってきました。
 こうしたなか、社団法人滋賀県社会就労事業振興センター(以下、振興センター)が実施する「知的障害者ホームヘルパー養成研修・就労モデル事業」(以下、本事業)が注目されています。
 本事業は、障害者就労促進緊急指導事業として滋賀県からの委託を受け、2000年10月から6か月間を1クールとして実施しています。研修生の努力と講師の先生方を始めとする多くの方々のご協力により、第1期生11人がこの3月、修了証書を手にしました。また、2001年4月からは、第2期生として10人の知的障害のある人たちと3人の精神障害の人たちが受講しています。
 本事業のキーワードは、「知的障害のある人たちが福祉の『受け手』から『担い手』へ!!」です。まさしく発想の転換を具体化したものです。知的障害のある人たちがホームヘルパー3級の認定を受け、介護分野での就労をめざすという先駆的な取り組みです。
 1クールの概要は、前半の3か月で知的障害のある人たちにとって理解しやすいよう時間と講義内容に工夫を凝らした特別のカリキュラムを組み、後半3か月では協力してくださる高齢者施設などの事業所での現場実習です。第3クールは2001年10月から2002年3月です。
 滋賀県が指定するホームヘルパー3級のカリキュラムは通常52時間ですが、本事業は90時間のきめ細かいカリキュラムを組みました。講義も、各担当講師の先生方の創意工夫により、一般のホームヘルパー講習にはない講義が展開されています。たとえば、講師と振興センター職員による寸劇を交えた講義であったり、ビデオや模型を使った視覚に訴える講義などです。さらにテキストも各講師の先生方が独自に作成してくださったイラスト入りのものや、分かりやすい言葉に置き換えられているものなどを使用しています。加えて、各研修生には協力者が1人付き添い、講義中の研修生の学習補助から会場までの通所、精神面などのサポートをしていただいています。協力者も全カリキュラムを受講すると修了証書を手にすることができます。
 後半3か月の現場実習では、研修生の希望をもとにモデル就労コースとホームヘルパー助手養成コースに分かれます。モデル就労コースの研修生は、振興センターが雇用主体となり、1日6時間、月16日、時間給650円の最低賃金を保証し、協力してくださる高齢者施設で勤務実習を行います。ホームヘルパー助手養成コースは勤務日数、勤務時間等を研修生が自由に設定でき、ボランティア的立場で高齢者施設で実習しますが、賃金は発生しません。
 第1クールでは、説明会に21人が参加し、最終的には12人の応募がありました。内訳は男性が3人、女性が9人、年齢は19歳から37歳まで、作業所などの福祉施設を利用している人が7人、一般就労している人が1人、全くの在宅の人が4人でした。第1クールでは私たちも講師の先生方も、そしてもちろん研修生も試行錯誤のなかでのスタートでした。
 講義は週2日、午前、午後と丸1日の日が多く、研修生にとっても、そして協力者にとっても厳しいものでした。そのなかで、研修生、協力者がお互いを励ましあい、支え合い、一つにまとまっていくのを感じました。研修が進むにつれて研修生同士が誘い合い、講義の終了後、喫茶店や買い物に行ったり、生まれて初めてファースト・フード店に行ったりと、社会性の広がりも本事業の成果の一つであると考えています。
 しかし残念ながら、1人がリタイアしてしまいました。また、残りの11人が修了証書を手にしたとは言え、どこまで講義を理解できたかどうかは実際のところ、分かりません。各研修生の障害の程度に差があり、理解度にも差がでてきてしまいました。しかし、各研修生が努力して修了証書を手にしたということで自信につながったのは事実です。
 また、後半3か月の現場実習では、本事業の成果と課題が明確に示されました。
 まず成果としては、知的障害者ヘルパーの可能性を確認できたことです。ある軽費老人ホームの施設長がこのような話をされました。「我々はどうしても『お年寄りにこのような言葉かけをすれば、このような答えが返ってくるだろう』といった計算をしてしまい、本当の意味での心と心のつきあいをするのに時間がかかる。しかし、知的障害のある人たちは、計算をせずに高齢者に接するため、自然と溶け込んでいたようだ」。
 また、ほかの高齢者福祉施設のスタッフからは、「正直、知的障害のある人はスタッフであり利用者でもありました。本来の利用者である高齢者にとっては、『世話のやける孫』が施設にいるという感覚で、日常生活に張りを感じておられたようです。高齢者は知的障害のある人の世話をしに来ていると思い、研修生とは言え、本来スタッフである知的障害のある人ももちろん、利用者である高齢者の世話をしに来ていると思っていました。どちらがスタッフでどちらが利用者かが分からないときもありましたが、痴呆の高齢者と知的障害のある人たちの波長は合うようです」。
 この言葉は一見、本事業の難しさを表しているようですが、私はそうではないと思います。
 お互いがお互いの存在を認めあえる、自分の役割、価値観が見い出せる、そのような関係が高齢者、知的障害のある人たち双方によい影響を与えあう、この「相互関係」こそが、福祉の基本であるように思います。また、このことが評価されるのであれば、知的障害のある人たちの介護分野での就労も実現できるのではないかと思います。
 課題としては、第1クール終了後、だれ一人就労・雇用に結びつかなかったことです。本事業の目的は、知的障害のある人たちにホームヘルパーの認定を受けてもらうことだけではなく、介護分野という新たな就労・雇用の場を開拓することです。この目的が達成できなくては、本事業の意義すら問われることになります。「研修生の受け皿問題」、本事業の検討段階から懸念され、最大の課題とされてきたことです。
 高齢者施設等の事業所においても介護保険制度がスタートして1年、先行きが不透明であり、宅老所等の小規模事業所では、苦しい中での運営であるというのが実情です。協力いただいた高齢者施設、事業所から声をかけていただいたケースもありましたが、就労・雇用には結びつきませんでした。
 そこで今、他力本願ではなく、自分たちで本事業の修了生の働く場をつくろうという、本事業を一歩前進させた事業展開を計画しています。具体的には「小規模」「地域密着」「多機能」「自宅でない在宅」をキーワードとした宅老所を整備することです。
 宅老所の先進地域である富山県では、実際に知的障害のある人たちが働いています。本事業検討会メンバーが代表を務める宅老所でも、知的障害のある人が働いています。
 折しも今年3月、滋賀県において高齢者の宅老所、グループホームのネットワーク組織「街かどケア滋賀ネット」が設立されました。宅老所が全国的にも認知され、求められつつあります。今までの作業所や障害者雇用ではない新たな取り組みが、滋賀県では始まろうとしています。
 今年、省庁再編で厚生労働省となりました。今後は福祉サイドと労働サイドの行政、団体、企業等が協力して本事業を進めていきたいと考えています。また、少しずつですが、全国各地で知的障害のある人たちの介護職への挑戦が始まっています。滋賀県においても本事業をさらに発展させ、全国の知的障害のある人たちの介護職への就労、雇用が少しでも実現し、広がればと考えています。

(しろたかし 社団法人滋賀県社会就労事業振興センター)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2001年7月号(第21巻 通巻240号)