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会議

ジョン・クレーゲル博士と語る
─日米ジョブコーチセミナー東京・神戸─

柴田珠里

 去る7月8日と10日、東京都千代田区公会堂(東京セミナー)と兵庫県民会館(神戸セミナー)の2か所において、日米ジョブコーチセミナーが開催されました。
 東京セミナーに400人、神戸セミナーには300人を超える参加があり、「ジョブコーチ」をキーワードにした就労支援に対する関心の高さがうかがえました。授産施設や作業所職員など、福祉や保健の現場でさまざまな形の就労支援に携わる人々に加え、障害のある人やその家族、学校教員、企業からの参加もありました。
 東京セミナーと神戸セミナーは同一プログラムで、午前と午後の二部構成でした。午前の部は、サポーテド・エンプロイメント研究の第一人者でジョブ コーチの国際的リーダーでもある、米国ヴァージニアコモンウェルス大学ジョン・クレーゲル博士の講演、午後の部はシンポジスト4氏とクレーゲル博士を迎えてのシンポジウム「日本のジョブコーチを語ろう」が行われました。

1 ジョン・クレーゲル博士の講演

「サポーテド・エンプロイメント~福祉施設や作業所、そして職業リハビリテーションの変化し続ける使命と展望」

 クレーゲル博士は、サポーテド・エンプロイメントの理念とともに、1.成果、2.施設からサポーテド・エンプロイメントへの「転換」、3.包括的な就労支援の概念「ワークプレース・サポート」に焦点を当て、米国での実践や研究結果を報告しました。

(1) 成果

 クレーゲル博士は、1.障害がある人々も優秀な労働者である、2.収入の増加と経済的な自立が進む、3.利用者自身が施設よりもサポーテド・エンプロイメントの利用を望む、4.地域の人々と日常的にかかわる機会が増える、5.施設より費用対効果が高い、などをサポーテド・エンプロイメントの成果として紹介しました。

(2) 施設からの「転換」

 米国では、地域にある福祉施設や作業所が援助機関として機能転換を実施したことで、サポーテド・エンプロイメントが急速に広がりました。クレーゲル博士は機能転換のプロセスを紹介し、1.組織一丸となり、支援する職員や関係者が転換の必要性を理解すること、2.明確な将来像をもつこと、3.関係者からの支援を得ること、4.組織の管理責任者が強力なリーダーシップを発揮することが重要であるとしました。

(3) ワークプレース・サポート

 最近、米国では、「ジョブコーチ」ということばの語感が限定された支援を連想させ、サポーテド・エンプロイメントに対する誤解を生みやすいという考え方があります。そこで、利用者一人ひとりの職業生活全般を支える支援を指すことばとして、より包括的な「ワークプレース・サポート」が使われはじめているようです。
 クレーゲル博士は、「ワークプレース・サポート」において利用者一人ひとりに向けて提供される支援を、1.援助機関による支援、2.企業による支援、3.政府や地域の行政機関による支援、4.利用者や家族による支援という四つの枠組みで紹介しました。

2 シンポジウム「日本のジョブコーチを語ろう」

 シンポジウム前半は、日本の就労支援の現状報告と今後の実践や施策のあり方について、シンポジスト各氏より提言がありました。東京セミナーは、松井亮輔氏(北星学園大学)の司会で、松為信雄氏(障害者職業総合センター)、八木原律子氏(明治学院大学)、志賀利一氏(電機神奈川福祉センター)、小川浩氏(仲町台発達障害センター)の4氏で行われました。神戸セミナーは関宏之氏の司会で、松為氏(同上)、小林茂夫氏(大阪市障害者就労支援センター)、北山守典氏(紀南障害者雇用支援センター)、小川氏(同上)の4氏で行われました。
 シンポジウム後半の90分間は、クレーゲル博士を交えて、質疑応答・ディスカッションが行われました。限られた時間にもかかわらず、さまざまな論点や課題が挙げられました。たんなる情報収集にとどまらず、わが国における今後の実践や展開を視野に入れた実際的な質問が多かったのが印象的でした。
 ディスカッションでは、今後の就労支援に向けたシステムづくりについて話し合われ、1.ジョブコーチの資質や役割、養成、2.ジョブコーチの財源、3.施設からの転換、4.学校から就労への移行、5.活用できる制度などの論点が挙げられました。さまざまなシステム論やそれぞれの課題が挙げられましたが、障害のある人々の職業生活を支えるためにはどんなシステムづくりが望ましいかについては、利用者本位主義の原点に立ち、今後よりいっそう議論を深めていく必要がありそうです。
 今回は、参加者それぞれが地域で働くことを支援する意義と重要性を再認識するセミナーとなりました。サポーテド・エンプロイメントの理念「これまで就労する機会を与えられていなかった重度の障害のある人々を実際の職場で支援する、施設から実際の職場での就労へと支援する」を再確認しました。
 クレーゲル博士は、ジョブコーチの資質として、1.障害があっても地域で働くことができるという絶対的な信念、2.障害のある人々は不当に抑圧されているグループで、全人的な復権をしなければならないという信念、3.障害のある人々に対し、就労という権利や選択肢を十分に保障し、擁護しなければならないという信念、4.障害のある人々の支援をすることが自分の天職であるという信念、という四つの信念を挙げました。
 文化やシステムの異なるわが国が、米国のサポーテド・エンプロイメントに学ぶべき点は、理念とそれを実現するジョブコーチの信念であると思われます。わが国での展開には、クレーゲル博士が挙げた四つの信念、ジョブコーチの「魂」を具現化するシステムづくりを心がけるべきであるという、あるシンポジストのコメントが印象的でした。
 利用者の立場に立ったシステムづくりをめざし、援助者、利用者や家族、行政担当者、学校教員、企業関係者など、参加者それぞれが今回つかんだ課題を持ち帰って整理し、今後も議論を深めていく必要があるだろうという共通認識に立つことができた1日でした。

(しばたじゅり 仲町台発達障害センター)