ほんの森
ウエルカム! ハンディキャップダイバー
ようこそ「車椅子のいらない世界」へ
評者 大森黎
「車椅子のいらない世界 海の中ではボクはまったく自由です」――これは『ウエルカム! ハンディキャップダイバー』冒頭の詩の一節です。海の中では「障害者手帳は無用」「バリアフリーの海を、自分自身の身体で証明したのである」と、著者は語ります。
バリアフリーといえば、たとえば段差をなくす、エレベーターや車いす用トイレを増やす、シャンプーボトルにきざみを入れるなど、何かに人の手が加えられ、改良され、だれもが暮らしやすくなる状態を指します。けれど海は、あるがままです。あるがままに、障害のある人もない人も、等しく包みこむ、海。
その海へ、人をいざなうPADI(Professional Association of Diving Instructors)の活動がこの本では、障害のある人々の体験を通して克明に綴(つづ)られています。脊髄損傷、頸髄損傷、脳性マヒ、脳梗塞、四肢体幹機能障害など、日常生活では車いすを離せない人々を、海は、一体どのようにして車いすから解き放つのか――スクーバダイビングの用具や器材を、障害のある人々がどうやって使いこなせるようになるのか。
PADIでは、一人ひとりの個性や適応力に合わせた工夫を重ねてきました。その人に重い障害があろうと高齢であろうと、医師の所見に問題さえなければ、学課からプール実習、海洋実習へとマンツーマンで付き合い、やがては世界中の海を潜れるまでに、さまざまな場面のさまざまな経験をさせてきました。
かつて嘱目された新劇俳優だった著者が、海の魅力を知り海を愛して半世紀。今や舞台は伊豆の赤沢。ダイブセンターが設置されている宿の庭先から海まで、歩いて30歩。車いすでもそのまま海に入り、海の中で用具の装着もできるというその赤沢で、著者は、巷(ちまた)でバリアフリーが取りざたされるようになる以前から、障害のある人々にスクーバダイビングの楽しみを教えてきた、わが国現役最古参のダイビングインストラクターなのです。
11年前、スキー事故で著者自身が障害を担うようになって以来、「サポートはできるだけ控えて、相手が望むなら手を貸す」といった、いわば人の“自立”へと向かう思いを、より深く理解し実践し、心のバリアフリーをもめざす様子が、切々と伝わってきます。
「愛しのキタマクラ」「コーヒー缶のマイホーム・ニジギンポ」など、ダイバーを迎えてくれる「赤沢の生きものたち」の写真とコメントも楽しい、まさにウエルカムな本です。
(おおもりれい 作家)