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知り隊おしえ隊

居心地の良い空間、MM(みなとみらい)21

村松建夫

 ミナトという響きは横浜や神戸の代名詞のようになっています。横浜に生を受けて半世紀余の私にも、あらためて「横浜の見どころは?」と尋ねられると、思いは無意識にミナト周辺をさまよっていることに気付かされます。ステレオタイプの紹介などしたくないと思いつつも、ポートサイド抜きに横浜は語れないようです。そして、たぶん旧型のハマッ子の連想は「あなたと私が来た丘は港の見える丘 色あせた桜ただひとつ寂しく咲いていた 船の汽笛むせび泣けば ちらりほらりと花びら…」のくだりにある大桟橋、山下公園、元町、外人墓地あたりにとどまることと思います。ご多分に洩れず、MM21に大観覧車ができたと聞いても、ランドマークタワーが目に入っても、旧型人間で、車いすに乗るようになってからさらに高所恐怖症が増した私の気持ちに、さしたる動揺はありませんでした。
 ところがコンサートや展覧会、待ち合わせとMM21に通わざるを得ない場面が増えるにつれ、いつの間にかエリア全体がバリアフリーな街の持つ優しさを心地よく感じるようになっていました。とはいえ、最寄り駅のJR桜木町からの連絡路にあたる「動く歩道」は、そのまますんなりと車いすを受け入れてはくれません。歩くことができる人は、駅の近くからエスカレーターに乗ってそのまま「動く歩道」を利用できますが、車いすだと歩道の下をしばらく歩き、やっと見つけたエレベーターに乗って「動く歩道」の高さに着いたときには「動く歩道」の終点に近い場所というふうに、首を傾げたくなるような箇所もあります。
 「動く歩道」の右手に白い帆船が見えてきます。周りを取り巻く高層のコンクリートの建物の間からのぞく4本のマストは、インパクトがあります。「日本丸」は55年におよぶ航海を終えて16年前に横浜に来たものです。動かなくても、水をたたえたドックに係留された姿は、かつて呼ばれていた「太平洋の白鳥」そのもので、年間数回行われる総帆展帆(そうはんてんぱん:1枚約畳43畳分の帆29枚を一斉に張る)には、マニアやそれを楽しみにした大勢の人々が集まってきます。私は子どもの頃からヨットやグライダーなど風で動く乗り物が大好きでしたから、帆船の姿を眺めているだけで大海原への夢をふくらませたものでした。今もそれは変わらず、船だけを見に桟橋を訪れたりします。そしてここへ来れば、いつでも羽根を休めた白鳥に会えるのです。車いすでは甲板の一部にしか乗船できませんが、十分に乗組員の気分を味わえます。欲を言えばMM21の高層ビル群が視界に入らないほうがいいのですが…。
 「知り隊おしえ隊」に、自分流の楽しみは?と尋ねられたとき、MM21のシンボルを未体験ではとMM21地区はおろか、都庁や房総半島まで望めるというランドマークタワー69階の展望フロア「スカイガーデン」へ上ってみることにしました。MM21を初めて訪れるみなさんには、まずランドマークタワー3階にあるインフォメーションに立ち寄ることをお勧めします。ここにはMMエリアマップが置いてありますし、案内係にいろいろ教えてもらうこともできます。また展望フロア専用のエレベーターに乗るためには、一度2階に下りてからになりますが、係員は手慣れた様子で先導してくれました。たぶん車いすでの利用者も多いのでしょう。通常、大人1人1000円のところを、車いすを押す家内と2人で1000円。チケットを買うとエレベーター待ちの人たちの最前列脇に案内してくれます。ひと頃は展望フロアをめざす人が列をなした時期もあったようですが、土曜の午後にもかかわらず、ほとんど待つこともなくエレベーターに乗ることができました。
 最新の技術を結集したといわれる世界最高速エレベーターは、動き始めを感じさせるいとまもなくあっという間に、69階、273メートルの高さの展望台まで引き上げてくれます。気圧の変化による耳の違和感さえなければ、ふつうのビルにあるエレベーターが10階まで上るのよりはるかに速くてスムーズでした。小雨が降ったり止んだりのパッとしない空にもかかわらず、市内だけでなくはるか遠くの山々まで見渡すことができるのに十分な高さでした。「うわーっ、たかーい」「さっき通って来たところがあんなに小さいよ」「下界にいると遠くに見えるのに、ここで見るとすぐそこにあるみたい」などと、周りの人々も思わず歓声を上げています。
 鳥瞰図に書き込まれた目印と見比べると、横浜とその周辺の地図が頭の中で整理されていくのが分かります。見えない気流に乗るカモメがゆっくりと窓の外を飛び去り、鳥の目で見る横浜の街は妙に新鮮でした。“おのぼりさん”になる価値のある体験でした。
 私も何回か利用しましたが、展望フロアよりさらに1階上の70階、地上279メートルにロイヤルパークホテルのスカイラウンジがあります。夕闇迫る頃、ここでグラスを傾けながら眺める光の海もまた格別のものがあります。
 MM21へ足を運ぶきっかけとなったのは、パシフィコ横浜国立大ホールのコンサートとともに横浜美術館があります。ポンペイ展やターナー展など一生のうちで何回も出会えそうにない絵画、遺跡の実物に触れる喜びは、そこに行ったからこそ得られた感激や発見がありました。常設の展示には往時の横浜村をしのぶセピア色の写真などもあって時の経つのを忘れてしまいます。それ以来、横浜美術館の展示案内にはアンテナを向けるようにしています。館内は急ぎ足で行き交う人もいません。車いすでものんびりと好きな絵画や展示物の前で過ごせる特別な雰囲気を味わうことができます。当然、身障者専用トイレや駐車場、エレベーター、また車いすだけでなく、障害に応じた案内にも相談に乗ってくれるとのことです。
 そぞろ歩きをする人たちに混じって車いすを押してもらっていると、前傾姿勢で歩道の端を進んでくる車いすのカップルに出会いました。一見平坦に見えた歩道の傾斜に流されないように、片方の車輪を漕ぐのに一所懸命でした。きっとみんなのように歩きながら周りを見るなどという芸当はできないでしょう。いつも、車いすを押してもらうか、電動車いすを使う私にはハッとさせられる光景でした。同じ車いす者であっても、相手の立場を思いやることの難しさを痛感させられる一瞬でもありました。バリアフリーを観念としてではなく一人ひとりのこととして捉えるには、私たち障害をもつ側も自分の必要とするところを相手に伝える作業の繰り返しなのでしょう。
 車いすからの視点に終始してしまいましたが、点字ブロックや点字案内板、音声による案内なども他の街中より多く配慮されているのが目につきました。聴覚や知的障害について尋ねたときも、「まず声をかけてください」というのがおおかたの反応でした。
 みなとみらい地区には、その他にも大観覧車のあるコスモワールドや大、中、小の同じ形のビルが立ち並ぶクイーンズスクエア、新港地区のワールドポーターズと次々に新しい建物やエリアが誕生しました。現在工事中のものもあります。共通して言えることは、どの建物やお店もフラットで段差はなく、店内レイアウトに余裕を持たせてあることです。ひとつの街としての体裁が整うにはもう少し時間がかかりそうですが、ただ観光客が通り過ぎていくだけではなく、障害をもつ人にも居心地の良い空間や、また来たくなる場所がたくさん生まれることを願っています。

(むらまつたてお 横浜らいずピアカウンセラー)


日本丸メモリアルパーク
TEL 045-221-0280
スカイガーデン(タワー69階展望フロア)
TEL 045-222-5030
横浜美術館
TEL 045-221-0300