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All My Loving

高村真理子

 私はあるきっかけから歌が好きになった。それまで音楽は聞こえる人たちのものという思い込みから、ピアノを習っていても聞こえない自分とは別なものという意識があった。補聴器の力で低音はきちんと私の耳に音として入ってくるが、高音はすべて機械音としか認識できていない。そのため音楽を心から楽しみたいという気持ちがわきでてこなかった。
 そんな私が音楽に魅せられた。13歳のときだった。友人がある詩を見せてくれた。英語の詩だった。英語を習いはじめ、英語に難しさを感じていた私は、そのシンプルな詩にはまってしまった。Close your eyes and I’ll kiss you... tomorrow I ’ll miss you....まだ英語を習い立ての私でも理解できたその感動と同時に、これからするかもしれない恋へのあこがれを想像させてくれた。友人はわたしにその詩を書いた人の音楽を聞かせたいと言った。
 その日がやってきた。友人の家で大きなステレオで聞くことになった。タイトルは「All My Loving」。ビートルズの曲だ。はじめて聞いた私は衝撃を受けた。何を言っているのか全く聞こえなかったが、メロディだけは感じることができた。それから何度も聞いているとある日突然、ことばが耳に入ってくることができるようになった。最初に詞を読み、想像する、次に音楽をかける、詞とあわせながら何度も開いていく、詞を暗記する、何度も音楽を聞く、そのうちに音楽が自分のものになる。こうして音楽の聞き方を学び、楽しむことができるようになった。私の生活には歌が欠かせなくなり、自分でも作詞作曲したいという気持ちが出始め、高校になるとギターを弾きながら作るようになった。
 ある日、テレビの歌番組のオーディションに出たら受かってしまい、テレビに出るはめになった。18歳のころだった。その番組で何週か勝ち残ることができ、いい思い出となった。その後、聴覚障害者には音楽は無理と思っている人たちに、聞こえなくても音楽を好きで楽しむ人がいることを知らせたくて、今度はソウル・レインボーというグループを作った。視覚で来しめるように工夫し、ダンスなど振付ながら手話で歌う。ソウル・レインボーでも私はソングライターとして、好きな作詞作曲をやってみた。ボーカルもやってみた。ビデオも作った。タイトルは「コインの表と裏」。人生はコインの表と裏だけれど、自分で決めて幸せをつかんでいこう、と歌っている。「人生、聞こえないことのせいにするのでなく、恋も相手のせいにするのでなく、自分から幸せをつかむためにやっていこう、ゴーゴーゴー」。コンサートのたびに感動して泣いてくれる人たちがいる。頑張れる気持ちをくれてありがとうと言ってくれる。
 私も伝えたい。歌はお互いの気持ちをひとつにしてくれる、みなさんの言葉がいつも私を励ましてくれる、ありがとう、と。

(たかむらまりこ つくば技術短期大学非常勤講師、WE代表)