音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

1000字提言

街の中にうどん屋をつくる2
―うどん屋が街を元気にする―

師康晴

 10月、「SELP・杜」の分場としてうどん屋「杜の台処」が大船に開店した。福祉を標榜せずに商店街の他の店と全く同じ条件で営業を始め、たくさんの人との出会いがあった。
 開店2日目、茶髪の青年が店内のアンパン1個を持ってレジに並んだ。店内にはうどん以外にSELP・杜のパンや菓子などが販売されている。彼は店の外で豆腐などを売っていた利用者の1人を指して、「外におかしい人がいるが、この店はどういう店なのか」と聞いてきた。対応した職員はSELP・杜は知的ハンディの人たちが働く施設であり、その支店(分場)が「杜の台処」であることを説明した。麺部門の青年(自閉傾向)が製麺したうどんを使ってこの店をやっていること、この店で働く5人も知的ハンディがあることなどを説明した。ハンディのため販売の方法にぎこちなさはあると思うが、真剣にやっていることをみてほしいとも付言した。「パンがおいしかったらまた買いにくるよ」と言って彼は帰っていった。
 私はこうした人が現れることを期待していた。「施設」という看板を背負わないでハンディの人が一般の商店と互角に働くことをめざして開店した店であり、当然のこと、この青年のような人が現れることを待っていたのである。ハンディの人が街で働くことによって知的ハンディに対する関心から市民理解が促進されると思ったのである。この青年は1か月後に店に現れ、「この間は失礼なことを言った」と謝りうどんを食べ、帰り際「いい店になったね」と笑顔で言った。
 意外な人の利用もあった。「杜の台処」の入っているビルは10階建てのビルで1階に商店があり、2階以上がマンションになっている。このマンションに住む高齢の女性が夕方になるとうどんを食べにくるようになった。ビルの中にある商店のオーナーの1人とおもえた。彼女は月々の家賃収入で生活は豊かだが、一人暮らしのため寂しいのだという。みんながいる「台処」に来てはうどんやコーヒーを飲食しながら「今までは店をやりながら金のことばかりを考えていたが、80歳を過ぎてから金が貯まっても一人では寂しくてどうしようもない」とぼやき、元気に働く店員を羨ましそうに見たりするのである。
 そう言えば、私たちの法人の基本理念は「人間の幸せは金やものや地位にあるのではなく、人と人との関係性の豊かさと広がりをつくる過程」であった。知的ハンディの人たちの働くお店が知的障碍の人の理解の場となったり、お年寄りの癒しの場になっていることが法人の理念の実現と受け取れた。商店会の店主からもいい反応をいただいている。「杜の台処」の仲間たちが店の外に出て通行人に「SELP・杜のお豆腐はいかがですか」などと呼びかけているが、その声は商店街を活気づけているのだという。忙しく行き交う人の中で今日も利用者の威勢のいい声が大船の街に響いている。現在はまさに師走。

(もろやすはる 横浜・杜の会、SELP・杜施設長)