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フォーラム2002

CS放送を活用した
聴覚障害者向け緊急災害時通信・放送システムの取り組み

大嶋雄三

 緊急時の障害者のための通信・放送の課題が障害者の側から強調されはじめて、かなりの時間が経過しました。しかし現実はまだ、障害者が一定して安心できる状況が整ってきたという段階ではありません。単に社会の責任問題をうんぬんして過ごすわけにはいかない実態があります。
 基本は前記の状況ですが、何も進んでいないかというとそうではありません。特に障害者専用のCS衛星による「目で聴くテレビ」番組の放送が始まり、3年半に及ぶ取り組みの定着と、その中で緊急時情報伝達の新しい開発が進められ、3回にわたる実験の結果、有益なシステムが完成しました。今後さらに、障害者自身の手によって実行可能な段階に至るのも多くの時間を要しないでしょう。
 ここでは、特定非営利活動法人CS障害者放送統一機構(以下、統一機構)が放送する番組「目で聴くテレビ」の放送と、そのデジタル機能を活用した緊急時情報通信・放送の取り組みの到達を紹介します。
 緊急通信・放送のベースとなった統一機構の通常放送システムの特徴は、CS衛星によるデジタル放送を基本としており、全国の聴覚障害者情報提供施設とネットワークで結び、日常的に番組制作のやりとりをしています。また配信はCSの専用チャンネル、それを受信可能なケーブルテレビ、VHF、UHFテレビジョン放送などを通じて行われています。その受信端末の基本は、専用受信機アイ・ドラゴンです。受信者はおよそ3500人です。この統一機構の番組制作と配信システムが、そのままベースとなっています。

■災害時情報提供の意義と内容

 本年1月17日、統一機構は財団法人全日本ろうあ連盟と共同で3回目の災害時緊急通信・放送実験を実施しました。この日は阪神・淡路大震災から7年目を迎えた日です。
 災害時、聴覚障害者の情報保障への強い要求は、阪神・淡路大震災の苦い教訓を通して、聴覚障害者にとって切実なものとなりました。大災害が起こると、一般的に情報を得ることが困難になる中で、阪神・淡路大震災においては、障害者特に聴覚障害者への情報保障は、皆無に等しい状況であったと言えます。そのために痛ましい犠牲者が出ています。統一機構の災害時通信・放送への取り組みの原点は、この阪神・淡路大震災にあります。
 現在、聴覚障害者の災害時情報保障への要求は、1.一般放送での障害者関連情報の放送と番組への字幕・手話の付加、2.専門放送(統一機構)の確立と支援に集約されています。つまり放送内容には、一般的な情報と固有の要求があるということです。
 1回目の実験は2000年9月1日に実施され、緊急信号の発信と受信が大阪ろうあ会館で確認されました。2回目は2001年9月1日に実施され、今回の実験の機能部分のすべての実験が、東京、大阪、京都、熊本のセンターを対象に行われました。今回の実験は、これまで(統一機構結成以前に全日本ろうあ連盟が1995年、1996年に単独に実施した実験を含めると4回目)の実験の結果を受けて、実験段階から実施段階への移行を目的に行われました。

■障害者独自の情報保障の取り組みは、有効な内容づくりと役立つシステム

 情報保障は、その内容に根本的な課題があります。その前提は、障害者がそのとき求めている情報を、正確に発信することにあります。どんな災害が起こったのか、どこに行けば 障害に対応したケアが行われているのか(そのためには行政の実施計画が必要)などが、一般情報とともに必要な内容の一つにあげられます。必要な情報は、より小さい地域に絞った状況、列車、道路状況など、あげれば数多くあります。これらは、一般放送に字幕・手話をつけただけでは、情報保障としては不十分です。
 そして大切なことは、これらの大量の情報を、途切れることなく、送りつづけることです。開発されるシステムは、このような情報保障を可能にするものでなければなりません。
 今回実施した災害時緊急通信・放送実験の内容は、
1.緊急時、聴覚障害者が認識できる緊急信号の個別送受信機能(フラッシュライト、バイブレーター、シルウォッチ、携帯電話で受信)
2.アイ・ドラネット(全国ネットのPCライン、今回は北海道、東京、京都、大阪、熊本に配置)による情報通信と、リアルタイム字幕送信(災害時に、情報収集と後方支援の機能を有する)
3.PIPアダプターによる放送番組への一画面字幕・手話付与合成
4.現地からの中継
の四点です。モニター場所は、全国40か所の聴覚障害者の自宅および聴覚障害者情報提供施設です。
 この実験は、仮想災害地を京都市内にして実践的に行われました。京都でマグニチュード7.0の地震が発生し、多数の犠牲者が出たことを想定して、実践的に行われました。全国のモニターの自宅と、聴覚障害者情報提供施設、各地方の全日本ろうあ連盟加盟組織事務所、市町村の情報センターなどで、障害者、行政関係者やマスコミなどに公開されました。
 緊急信号の送受信確認に続いて、アイ・ドラネットを通じて京都から全国へ情報発信の支援要請が出されました。北海道、東京、大阪、熊本の施設から応答があり、それぞれ配置につき、順次情報発信を開始しました。アイ・ドラネットでは新しい試みとして、災害緊急事態に対応するために財団法人全日本ろうあ連盟三役会議が、安藤理事長の居住地である宮崎と、東京の本部事務所、松本事務局長居住地である大阪の統一機構本部を結んで行われました。高田副理事長(統一機構理事長)は大阪で参加しました。
 また、全国ネットを使って、一般テレビ放送にリアルタイムで字幕と手話をつける実験が、NHK総合テレビの放送と地元のKBSテレビのニュース番組を対象にして行われました。この字幕および手話の発信を、新しい機器PIPアダプターによって、一画面合成で見る実験も行われました。
 この実験は大きく成功し、また改善点も明確になりました。マスコミも高い関心を示し、NHKや朝日新聞をはじめ、各地方テレビ放送や新聞が「聴こえない人に新しい緊急通信の手段」として大きく取り上げました。

■今後の課題は体制の確立と不可欠な行政の支援

 今回の実験の結果は、このシステムが障害者にとって実用段階にあり、一刻も早く本格的な実施体制を構築することを強く要求するものになりました。すでに統一機構は「字幕通信機能とオペレーション方法の改善」「携帯電話の文字表示の具体化」など新たな改善点に取り組んでおり、実施体制の案作りに着手しています。しかし障害者の要求に応え、実施体制を構築するためには、
1.端末であるCS障害者放送受信機アイ・ドラゴンの普及(現在600台)、アイ・ドラネットの全国への配置(最低47か所に)とオペレーターの養成(各地10人の養成、この間講師15人を養成した)
2.実施体制の支援
 年間体制を組むために必要な費用への支援、トランスポンダの確保無料提供、災害救援費への組み込みなどが必要です。
 財団法人全日本ろうあ連盟と統一機構は、厚生労働省と総務省に対して、アイ・ドラゴンと設置費用などを日常生活用具に指定し、その普及を保障することおよび必要経費の支援を強く求めています。さらに、前記2課題を解決するための必要な費用を関係行政が予算化し、統一機構を支援することを強く求めています。
 今回の実験では、障害者と支援者の努力の結果として、システムの基本的完成を見、実施体制に入れる状態にあることが明らかになりました。また、このシステムが実施されることに対して障害者自身の強い要望があることも、多くのマスコミで取り上げているように明らかになりました。
 今後、実際に災害が発生した時に、何らかの理由でこのシステムが実施体制に入ることができないために、障害者の期待に応えられず、防げる被害も防げなかったというような残念な事態が起こることのないように、この開発に当たった関係者は、今後の取り組みの方向を検討しています。

(おおしまゆうぞう 特定非営利活動法人CS障害者放送統一機構専務理事)