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ワールドナウ

米国リハビリテーション法508条
―内容と影響―

加美山慎一

508条制定の経緯

 1960年代、米国で広がった公民権思想は障害者政策にも大きく影響しました。障害者は保護の対象ではなく、障害者の人権を保障するという観点から、リハビリテーション法504条(1973年制定)は、連邦政府による障害者差別の禁止を規定しています。この考え方は、企業の雇用や公共の場所での差別を禁止したADA(Americans with Disabilities Act:障害を持つアメリカ人法)にも受け継がれています。
 連邦政府による障害者の差別禁止を電子・情報技術に関して具体化したのが、1986年に制定された508条です。当初は努力義務にとどまる内容で実効性がなかったことを受けて、1998年に改正が行われ、電子・情報技術について遵守(じゅんしゅ)すべき内容をアクセシビリティ・スタンダード(以下、スタンダードとします)として定めることになりました。連邦政府機関は、これに準拠した電子・情報技術を調達することが義務づけられています。
 スタンダードの作成は、アクセス委員会という協議体において、連邦政府、障害者団体、産業界の各代表が参加して1年以上にわたって行われました。2000年3月に案を公表、各界からの意見を反映した最終版が同年12月に公布され、2001年6月に改正508条が施行となりました。

508条の内容と特徴

 508条の大きな特徴は、以下の二点です。
 1.連邦政府機関に対して、スタンダードに準拠した電子・情報技術の調達を求めており、メーカーに対する義務づけではありません。しかし、スタンダードに準拠した製品でなければ、メーカーは連邦政府に対して販売ができなくなります。
 2.スタンダードに準拠しない電子・情報技術を調達した場合、連邦政府機関で働く障害者が、自分に使えない機器を購入したとして、連邦政府機関を相手に訴訟を起こすことができます。また、連邦政府機関が一般市民に提供する情報等がアクセシブルでない場合、一般の障害者が連邦政府機関を訴えることも可能となっています。

 スタンダードには、以下のような電子・情報技術について、準拠すべき内容が規定されています。
1.ソフトウェア
 コンピューターで使われるアプリケーションソフトやドライバーソフトなど。
2.Webページ
 連邦政府機関が公開するWebページ。
3.通信機器
 電話などの通信機器。
4.映像、マルチメディア製品
 テレビやビデオデッキ、およびビデオなどの製作物。
5.プログラム内蔵型・独立型製品
 一般ユーザーが簡単にプログラムを入れ替えることができない製品。複写機、プリンター、デジタルカメラなど。
6.パソコン

 このほか、使用説明書などの製品情報や、ユーザーサポートを提供するための通信手段などについても、アクセシブルであることを規定しています。
 このスタンダードでは、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由などの各障害に対応すべく規定されていますが、特に視覚障害に対応する内容が多いという印象を受けます。
 また、製品寸法や操作力など具体的な数値を規定している項目もありますが、「○○できるようにすること」といった表現の項目も多く、多種多様な障害者が使用することを考えると、製品がスタンダードに準拠しているかどうかを判断することが難しいケースが多々あります。
 製品分野によって差はありますが、スタンダードの規定をすべて満足する製品は少ないというのが現状です。

施行後の影響

 スタンダードの規定に明確な判断基準がない項目が多いことから、調達する連邦政府機関も、提供するメーカーも試行錯誤が続いています。
 調達担当者には、スタンダードに最も準拠した製品を選定する責任があります。しかし、アクセシビリティの専門家ではない彼らにとっては困難な仕事となります。しかもアクセシブルでないとされた場合、訴訟に発展することもあるわけですから、責任は重大です。
 メーカー側も、連邦政府とのビジネスチャンスを失わないために、よりアクセシブルな製品を提供する努力をしています。しかし、スタンダードに準拠しているかどうかの判断は、業界動向などをにらみながら独自に判断しているというのが現状です。
 現在、多くのメーカーが、スタンダードの項目に沿った評価結果のリストを自社のWebなどで公開し、積極的に508条対応を進めていることを表明しています。調達担当者は、これらの資料を参考にしながら購入する製品を決定しているようです。
 こうした状況を改善するために、連邦政府は調達担当者に対してアクセシビリティに関する教育を開始しています。また、アクセシビリティ・フォーラムという協議体において、メーカーや障害者団体の代表を含めて、より明確な判断基準を策定する作業も進んでいます。
 また、スタンダードでは、Webアクセシビリティの重要性も強調されています。これについては比較的基準が明確であることと、障害者が情報を得る手段としてWebが重要であるとの認識から、各連邦政府機関が公開しているWebのアクセシビリティはかなり改善されていると言われています。

今後の動向

 508条は連邦政府を対象とした法律ですが、州、地方政府はもちろん、いずれ民間レベルにまで、電子・情報技術のアクセシビリティが必須となることが予想されます。
 さらに、こうした動きは米国内にとどまるものではありません。欧州では、2003年の「欧州障害者年」を機にさまざまな施策を打ち出そうとしています。日本でも経済産業省が中心となって、508条を参考にしながら、さまざまな製品のアクセシビリティ基準を2003年までにJIS(日本工業規格)として定めようしています。
 今後、ますますアクセシビリティへの関心が高まっていくことは間違いありません。

(かみやましんいち キヤノン(株)バリアフリー技術開発室)


■参考情報

〈米国のサイト〉
1.アクセス委員会
http://www.access-board.gov/
2.連邦ITアクセシビリティ・イニシアティブ
http://www.section508.gov/ 
3.アクセシビリティ・フォーラム
http://www.accessibilityforum.org/

〈日本のサイト〉
1.リハビリテーション法508条
http://www.udit-jp.com/Section508/
2.米国における情報アクセシビリティ関連の法制度についての調査中間報告
http://fuji.u-shizuoka-ken.ac.jp/~ishikawa/reha508.htm
3.電子情報技術産業協会アクセシビリティ事業委員会
http://it.jeita.or.jp/perinfo/