ここまで来たIT、これからのIT
河村宏
携帯電話の普及とインターネット
携帯電話の普及とともに、いつでもどこでも自分の電話を使える環境ができて、「iモード」という日本独自の手軽なインターネットメールとWWWのサービスが普及しました。
振動でメールの着信を知らせ、音声でメールを読み上げる携帯電話の機能は、パソコンを使っていない視聴覚障害者にインターネットメール活用の途を開きました。また、パソコンに組み込めるカード型の携帯電話を用いて、電話もインターネットも使える環境が作れるようになりました。
近く運用が始まるWWWの漢字かな混じり文を点字の分かち書き規則に従って「カナ」に訳する「カナ訳プロキシサーバー」を利用すると、携帯電話機や電話とつながる電子手帳などの小型の機器にもWWWの読み上げ機能を持たせることが簡単になります。それに携帯用の点字表示装置を付け加えると、盲ろう者がいつでもどこでもインターネットを介して情報の発受信ができる環境が作れるようになります。
インターネットが使えるようになると、情報とコミュニケーションの世界は一気に広がります。インターネットは受信だけでなく、個人でも世界中に情報発信ができます。その上、WWWに関してはさまざまな障害に対応するためのアクセシビリティー・ガイドラインも比較的良く整備されています。
アクセシビリティーと使いやすさ
このように、時代はインターネットとともに情報バリアフリーに向かっていると言いたいところですが、残念ながら事態はそう順調ではありません。
まず経済的な問題です。携帯電話は普通の有線電話と較べても高価で、特に長時間インターネットにつなぐとなると、この通信経費の負担が問題になります。次に、携帯電話の小さいボタンやディスプレイは携帯には便利でも、かなり視力の良い人でないと読めなかったり、手の細かい動きが不自由な人には必ずしも使いやすいものではありません。
それ以上に問題なのは、コンピューターを使える人と使えない人との間に大きな情報ギャップができてしまうことです。特に、高齢で障害がある方や、認知・知的障害者のコンピューター利用には、従来のアクセシビリティーとは異なる次元の配慮が必要です。アクセシビリティーのうえに、「使いやすさ」と「わかりやすさ」が問題になります。
たとえば、マウスで画面上の無数にある選択肢の一つを選んでダブルクリックするのが苦手な高齢者はたくさんいますし、キーボードを使って入力するためには、100以上もあるキーの中から必要なものを捜さなければなりません。画面上のボタンや絵、あるいはハイライトされた文章などを押して機能を選択するタッチパネルや、大きな数個のボタンがあるだけのゲーム用ジョイスティックでも読めるように工夫されたWWW閲覧用ソフトウエアが必要です。このような要求に対応できるAMIS(Adaptive Multimedia Information System)と名づけられたWWWもマルチメディアのDAISYも読める柔軟性に富む汎用の閲覧ソフトウエアが近く開発されます。
大きな転機
また、情報の入出力の操作のほかに、情報の読みやすさとわかりやすさも問題です。画面にそれぞれの人に読みやすい大きさの文字と行間で表示された文章を、必要があれば速さを調節できる人間の自然な声で読み上げることが、視覚障害とともに読字障害(ディスレクシア)への対応に貢献します。一部で始っているWWWで放送されるニュース番組では、聴覚障害者のための字幕と手話が必要ですが、アナウンサーの説明が早いとたくさんの文字が画面を埋めて読むほうがついていけなくなる場合があります。自分のペースで読めるように、再生速度を調節できるかあるいは十分に要約した字幕を提供するかの工夫が必要になります。
画面を二つに分けて、常に目次を表示する補助画面とともに本文を表示すると、自分が今全体の中のどこを読んでいるのかがわかりやすくなり、別の読みたいところに一挙に移動することも簡単になります。視覚障害者用の画面読みソフトの機能も保障しながら、このように画面表示を有効に使う方法を活用すると、無数の情報の中から関心のある項目を選ぶことが容易になります。
そして何よりも大切なのは、XMLという新しいコンテンツ開発用の言語が、WWWのみならず、印刷、デジタルテレビ、電子出版等を統合する共通の技術的基盤を提供していることをどのように活用するかが、今問われていることです。
だれにもわかりやすくアクセシブルなコンテンツがこれだけ多くの分野で共通に使えるとしたら、出版や放送番組制作の最初の段階から、視覚障害者のための読み上げや画面解説と、聴覚障害者のための手話と字幕を入れた製作に拍車がかかって不思議はありません。そして、それを読むための道具は、これまで述べたように、それぞれの人のニーズに合わせて調整が可能なものにし得るのです
要求がアイディアの宝庫
IT(情報とコミュニケーションの技術)の利用とは、利用者個人とコンピューターが何らかの情報を交換してそのシステムに要求を伝え、サービスをさせるという行為です。コンピューターシステムの側が個人の条件に対応するか、個人の側がコンピューターに対応するか、少なくともそのどちらかが実現すればITのバリアフリーは実現するはずです。
個人の特別のニーズを反映するしくみが常に手元にあって、そのしくみが無線でその時々に必要とするITを活用したシステムと簡単に接続できれば、利用者は苦労せずにITを活用できます。JRのスイカはそのような事例ですが、プライバシーを尊重しつつこれの最大限の利用をはかれば、視覚障害者の駅での誘導情報の提供などにも活用できそうです。
デジタルテレビが普及する時も情報アクセスの保障の一大転機です。双方向の情報システムであるデジタルテレビが、無線で視聴できる時、インターネットとテレビが融合した全く新しい次元の世界全体を覆うITインフラが築かれます。それを境に、放送を含む情報とコミュニケーションのバリアフリー化は、大きな転機を迎えます。つまり、バリアフリーが永く続く新しいバリアを作ってしまうのかの転機です。
それでは、情報バリアフリーの実現のために今何をしたらよいのかと問われると思います。やるべきことはたくさんありますが、端的に言えば、要求を明らかにすることが何よりも大切です。一人ひとりの要求は、ユニバーサルデザインを実現するために欠かせない重要なアイディアの宝庫です。ITは、一人ひとりの障害に対応しつつ発展することによって本当のユニバーサルデザインを実現する可能性を秘めていますが、それも要求を持つ人々の参加が得られるかどうかにかかっています。その意味で、情報バリアフリーは、障害者の社会参加と機会均等を実現するための戦略的な重要性を持つ課題であると言えます。
(かわむらひろし 財団法人日本障害者リハビリテーション協会情報センター長)