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分かりやすいIT―聴覚障害者の立場から

坂上譲二

 聴覚障害者の「完全参加と平等」は情報機器の発達とともに確立してきたといっても過言ではないだろう。考えてみれば分かることだが、耳が聞こえないということは、音声言語を理解することが困難であるということで、手話に代表される視覚言語や視覚でとらえられる文字や映像などの情報で判断しなければならないのである。皮肉なことに、アメリカのグラハム・ベルが聴覚障害者の妻のために発明した有線電話が健聴者の情報伝達手段として世界中に普及したが、聴覚障害者には何らの恩恵ももたらさなかった。
 有線電話を介して文字を送信するミニファックスが発明されるまでは、聴覚障害者の情報伝達は郵便や直接会って伝えるという手段しかなかった。ミニファックスにしても聴覚障害者のためではなく、書類を有線電話の回線を活用して送信する必要性から発明されたに過ぎない。この機能を聴覚障害者が情報伝達の方法として活用してきたのである。その後、ミニファックスからさまざまな機能を付加されたファックスに移行し、在宅での連絡手段として聴覚障害者から重宝されてきたわけである。今では厚生労働省が日常生活用具として認定し、聴覚障害者が生活を送るうえでの必要なものであるという社会的な合意が形成されている。
 また、目覚ましい情報機器の発達によって、携帯電話・PHSが社会に普及する中で、メール機能に着目し、外出時の日常的な連絡手段として、親指による操作を楽しんでいる聴覚障害者は増大する一方である。このように聴覚障害者を意識しないで発明された情報機器の発達が、結果としては社会との情報伝達の手段として有機的に活用されていくのである。現在では、インターネットで世界中がネットワーク化され、今後、インターネットによる情報によって、バンキングやショッピングなどの日常生活を営まなければならない時代が来るであろう。このことは、聴覚障害者としては、目で見える文字で対応できるという意味では、健聴者と何ら変わらない条件を付与されることに繋がるのである。このような電子社会に対応すべく、政府としてもIT革命という位置付けにより、国民への幅広い浸透をねらい、さまざまな政策を推しすすめているところである。しかし、待っていただきたい! 健聴者の考えるITとは聴覚障害者の問題を包含したものなのかどうか、疑問を呈したい。
 考えるに、国民の日常的な情報確保の手段としてテレビ放送があるが、テレビ放送は健聴者としては特に問題があるわけではない。むしろあり余る付加価値によるさまざまな機能を持てあましているくらいであろう。しかし、聴覚障害者にとっては紙芝居と同様であり、絵を見るだけで内容を判断しなければならない。紙芝居は語り部がいないと内容が理解できないと思うが、音声言語による語りは聴覚障害者にはほとんど理解できないのである。これと同様の条件に置かれているわけである。国民の身近な情報確保手段であり、娯楽手段であるテレビ放送が聴覚障害者にとっては決して身近な存在足り得ないのである。身近な存在にすべく、手話や字幕挿入を関係省庁、放送局へ申し入れているところである。しかし、反応が今ひとつ鈍いのである。これはテレビ放送が健聴者には何一つ問題になっておらず、国民的な問題になりにくいからなのか? 法律的な部分から考察してみると、私たち全日本ろうあ連盟が核となって差別法規撤廃運動を起こし、一定の成果をあげ、聴覚障害者を差別する法規の見直しが行われた。1993年に障害者基本法が制定され、第22条の3の2に「電気通信及び放送の役務の提供を行う事業者は、社会連帯の理念に基づき、当該役務の提供に当たっては、障害者の利用の便宜を図るように努めなければならない」と謳(うた)っている。
 しかしながら、前記運動の結果による法改正では、テレビ放送に関係の深い著作権法が公衆回線によるリアルタイム字幕送信を可能にしただけであり、聴覚障害者がテレビ放送を楽しむのを、法律で壁をつくって妨げている現状がある。著作権法は個人の財産を守るためであり、重視しなければならないが、法律のスキル上では、公共の福祉が優先されるはずである。
 国民である聴覚障害者は600万人もいると言われている。人口の比率から言えば、少数派ではあるが、それでも人口の5%を占める。また、緊急災害時における情報確保の手段として、全日本ろうあ連盟と全日本難聴者・中途失聴者団体連合会が核となってNPOCS障害者放送統一機構を創設し、CS放送による情報保障を行っているが、著作権法による制限があり、聴覚障害者への情報提供が十分にできる状態ではないという現状がある。
 このように、ITと言っても、健聴者から考える観点と聴覚障害者が考える観点では大きくずれているという課題が残るのである。このようなことを防ぐためには、政策策定の場に当事者の声を反映できるようなシステムの構築が必要とされる。ITの普及は国民の生活を豊かにするであろう。しかし、その恩恵はすべての国民に及ばなければならない。

(さかがみじょうじ 財団法人全日本ろうあ連盟文化部長)