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こんなソフトがあったなら

やまだてんてん

 IT技術という用語が指すものの中で、私が今もっとも身近に感じているものはインターネットだ。私の場合、パソコンでインターネットをしているが、交通事故後、ある部分ではとても大まかになり、ある部分ではとても敏感になった私の感性には、パソコンもインターネットも初めは全くなじめないものだった。恐怖の対象でさえあった。たとえば、あのキーボード。特に突然ローマ字しか入力できなくなってしまう場面は大変だった。おそらく知らぬうちに余計なキーに触れていたのだろうが、こちらはどんな手順でそうなったのか全く身に覚えが無いわけだから、フラストレーションが一気に高まりパニック寸前になったりもしたし、その後、突然フリーズなどされてしまった時にはこちらも思考停止に陥ったりしたものだった。
 もっともキーボードや、フリーズなどの現象は、繰り返し体験していくうちに慣れて冷静に対処できるようになってきた。それに従ってパソコンが身近になり、インターネットがコミュニケーション手段の一つとなったのだが、パソコンに触れる時間が増えるにつれて、慣れだけでカバーできない壁が見えてきた。そこで今回は、インターネットをより良くコミュニケーション手段とするうえで私が求めているものについて書かせていただきたい。
 私がインターネットに抱いている印象は良くも悪くも「文字の世界」ということだ。私は言葉に関しては手ごたえを持てない感覚、特に言葉の意味内容など、概念的な部分の理解が他人と微妙にずれているような、どこかしら不安定な感覚を持っている。この10年ほどの間、この感覚が途切れたことのない私は画面いっぱいの文字に恐怖を感じて、パソコンを遠ざけていた時期さえあったほどである。
 だがある時、文字の世界には心いくまで読み返せるし、必要なら辞書などで確かめることができる利点があると気付いた。実際に試してみるとそれは恐ろしく手間のかかることだったが、対面して話すよりもずっと手ごたえが感じられたのだ。そしてこうした気付きに勇気付けられて、私はインターネットを自分も使えるコミュニケーション手段として認識するようになったのである。
 こうして始めたインターネット生活だったが、知り合いが増え、メールなどでのやり取りが頻繁になっていくにしたがって、いろいろと困る場面も出てきた。特にやり取りの実数が増えるにつれて、返信しきれないメールが積み上がっていくのには参った。そして四苦八苦しながらキーボードを叩くうちに見えてきたのは、私には自分が思っている以上に根強い言葉への不安感があって、それが私から円滑なコミュニケーションに必要なスピードや良いタイミングを奪っていることだった。
 そこで解決策として思いついたのが、単語文例などのデータから表現を選んで並べることで文字入力できる汎用入力ソフトだ。自分が頻繁に使う単語や表現を記録し、同時に文例も蓄えておいて、必要に応じて再利用できるようにしておけたら、表現を決めるたびに感じている不安定感を感じずに済むかもしれないと思ったのが発端である。
 汎用文字入力ソフトである以上、キーボードに触らずともマウスで選択することで任意のメーラーやブラウザー、ワープロソフトなどに文字入力できるソフトであることが基本だ。重要なのがデータの出し入れが簡便であることである。データベースは個人的に頻繁に使うような言い回しや真似(まね)したいと思った表現をどんどん加えられるうえに、たとえば「連絡用」、「討論用」、「体験発表用」など、用途に応じてまとめるのも簡単であってほしい。できればハードディスクに保存してある文書をワンタッチで解析し、自動的に文節に分解して登録する機能があったら、苦労して作った表現の再利用が楽になるに違いない。
 こんなソフトがあれば定例会などの「お知らせ」のような内容の幅がある程度限られたメールを作る効率が向上するだろう。頭に入れておくだけでは忘れていってしまうような表現も残せるのだから、当然表現のバラエティーも増やせるに違いない。すると、将来的には私にも文学作品が書けるようになってしまうかもしれない。こうしたソフトを私は望んでいるのである。
 10年前の交通事故以来、自分の身に起きた変化についてほとんど情報を得られないまま、宙ぶらりんな孤独感が拭えなかった私にとって、出会いこそインターネットがくれた最大の贈り物に違いない。しかし、その一方で、私に根強く残る言葉の不安定感のせいでせっかくの贈り物がダメになってしまいそうなのも事実なのだ。もしこんなソフトがあったなら、文字の上に築かれた人間関係をもっと長持ちさせることもできるだろうにと思ってしまうのである。

(ハイリハ東京)

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2002年4月号(第22巻 通巻249号)