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国際障害分類初版(ICIDH)から
国際生活機能分類(ICF)へ
―改定の経過・趣旨・内容・特徴―

上田敏

はじめに

 2001年5月22日に第54回国際保健会議(WHO総会)で国際障害分類(ICIDH、1980)の改定版が採択された。正式名称は「生活機能・障害・健康の国際分類」であるが、英語の頭文字の最初の3字をとってICFの略称で呼ぶことになった。厚生労働省による公定日本語訳でも略称は「国際生活機能分類」と呼ぶことになっている。
 「生活機能」とは耳慣れない言葉であるが、「障害というマイナスだけでなく、障害者がもつプラスの面にこそ着目しよう」という新しい考え方に立ったものであり、新世紀にふさわしい画期的な考え方の転換ということができよう。

1.国際障害分類初版(ICIDH)の制定経過とモデル

 20世紀後半に入って、先進国での寿命の延長、慢性疾患や障害を伴う疾患の増加、戦争や災害による障害者の増加という現実と障害者の人権尊重という機運とがあいまって、障害、すなわち「疾患が生活・人生に及ぼす影響」をみる必要があるという意識が高まった。国際障害分類の制定作業は1972年にはじまり、種々の議論をへて、1980年に「機能障害・能力障害・社会的不利の国際分類」(ICIDH)が「試用のため」としてWHOから刊行された。時あたかも1981年の国連障害者年の前年にあたり、この新しい障害概念は「国際障害者年世界行動計画」の基本理念にも取り入れられ、一挙に世界中に知られるようになり、各方面に大きな影響を与えた。
 ICIDHのモデルは図1に示すとおりで、疾患・変調が原因となって機能・形態障害が起こり、それから能力障害が生じ、それが社会的不利を起こすというものである。
 そのほか図1には一種の「バイパス」として機能・形態障害から直接に社会的不利が生じる経路が示されているが、これはたとえば顔面のあざのような形態障害が、能力障害がないにもかかわらず、社会的不利を起こしうるといった場合であると序論では述べられている。この他たとえば脳性マヒや脳卒中片マヒなどでの歩容異常(機能障害)が、歩行の実用性には問題がない(能力障害はない)にもかかわらず社会的不利を引き起こしうる等、さまざまな例が考えられる。
 このモデルは障害を機能・形態障害、能力障害、社会的不利の三つのレベルに分けて捉えるという、「障害の階層性」を示した点で画期的なものであった。

図1 ICIDH:WHO国際障害分類(1980)の障害構造モデル
テキスト
図 障害構造モデル

2.階層性とは―相互依存性と相対的独立性

 階層性とは、ものごとを単純から複雑へのさまざまな階層の積み重ね構造として理解することである。実はわれわれの生きている世界はすべてそのような階層構造をもっている。ごく大まかにみただけでも、クォーク―素粒子―原子―分子(無機―有機)―生命・生物(単細胞―多細胞、また植物―動物)―人間(言語・意識・思考)―社会(政治・経済)とさまざまな階層があり、これらは単純なものの上に複雑なものが載るという積み重ね構造をなしている。
 階層論で大事なのは、それぞれの階層の間には「相互依存性」と「相対的独立性」の両者があるということである。相互依存性とは相互作用と言ってもよく、ある階層のものが別な階層のものに影響してそれを規定することである。これは隣接する階層の間だけとは限らず、先に述べた例のように、離れた階層の間でも起こりうる。それに対し「相対的独立性」とは、それにもかかわらず、ある階層の法則は他の階層の法則によって規定しつくされる(100%規定され説明されてしまう)ことはなく、必ずその階層独自の法則をもっているということである。
 より高く複雑な階層の現象をより低く単純な階層の法則で説明しつくせる(その法則に還元できる)と考えることを「基底還元論」といい、一般に陥りやすい誤りである。近代科学は還元によって成果を挙げてきており、医学においてもたとえば、ある遺伝疾患の原因をあるDNAにまで還元することによって遺伝子治療を可能にする、というような形での先端的な成果の例もある。そのため、ともすれば基底への還元が唯一の科学的な方法論であるかのような誤解に陥りがちである。
 しかし、たとえば原子としての酸素と水素の性質をいかに詳しく研究したからといって、それらが結合してできた水の分子の性質がすべて説明できるわけではないように、物理や化学の世界においてすら基底還元論は完全には成り立たないのであり、まして人間という、単なる生物ではなく思考し社会生活を営むきわめて複雑なものが対象となる場合には、基底還元論は大きな誤りをおかすことになりやすい。

3.階層性とは―リハビリテーション医療の例

 たとえば脳卒中による右半身マヒのため、歩行も書字も不可能になったとする。普通の人は、マヒ(機能障害)を治すことが第一で、それがないかぎり歩行や書字の能力の回復はありえないと考えやすい。しかしリハビリテーション医療ではそうではなく、マヒの回復にも当然努力するが、それしか方法がないとは考えない。下肢では装具と歩行補助具(杖、ウォーカーケイン等)によって実用歩行を可能にし、左手での書字を可能にして(ふつう約3か月で可能になる)、それによって社会的不利の解決をはかるという考え方をする。実際このようなかたちで事務職や教師として復職した人や、片手でほとんどすべての家事が可能になって主婦として復帰した人は数え切れないほどである。
 これは「能力障害」レベル(階層)の法則の相対的独立性を利用して、「機能障害」レベルでの回復は十分でなくても、「能力障害」と「社会的不利」は解決できるということである。リハビリテーション医療にはこのような技術・手法の豊富なレパートリーがあり、それによって、たとえ機能回復に限界があっても真のリハビリテーション(人間らしく生きる権利の回復)を実現することができる。

4.国際障害分類初版(1980)への建設的批判や誤解

 このように重要な意義をもった国際障害分類初版であったが、いろいろな批判もあった。主なものをあげると次のようである。

(1)主観的障害の重要さ(上田、1981)

 筆者は初版発表のはるか以前から障害論をめぐる国際的な動向を紹介してきたが、初版についてはその意義を高く評価するとともにいくつかの批判・補足を行った。その主なものは、障害の主観的側面の必要性である。筆者の基本的な考え方は、ICIDHの障害構造モデルは「客観的な障害」しか扱っていないものであり、それと同等に重要な「主観的な障害」(体験としての障害)、すなわち障害のある人の心の中に存在する悩み・苦しみ・絶望感(同時にそれらを克服するために生まれてくるプラスの心の働きである心理的コーピング・スキル)を付け加える必要があるというものであった。
 これは、それまでにすでに20年に及んでいたリハビリテーション医としての筆者の臨床経験から生まれたものである。すなわち、障害のある人は手足が動かない(機能障害)、歩行その他の日常生活の行為ができない(能力障害)、職を失う(社会的不利)などの現実世界の困難・不自由・不利益に悩んでいるだけでなく、同時に心のなかでひそかに「自分は無用な人間になってしまった」、「社会の厄介ものであり、家族のお荷物である」などという気持ちに悩まされており、心的エネルギーはもっぱらそれに向けられて、現実的に客観的な障害の克服のための工夫や努力に向けることが困難な場合が多い。逆にそのような心の悩みを克服することは可能であり、それを成し遂げた人は人間的に大きく成長し、主体性を発揮して客観的な障害の克服にも積極的に取り組むようになるということである。

(2)プラスの側面の重視

 ICIDHは「障害の分類」として、当然のことながら障害というマイナス面を中心にみるものである。しかし障害者とは障害というマイナスしかもたない存在ではなく、健常な機能・能力というプラスをもち、社会的不利だけでなく社会的な有利さをも備えている存在である。リハビリテーションとはマイナスを減らすことだけではなく、むしろプラスを増やす(潜在的な能力を開発・発展させる)ことで大きな成果を上げることができる。このような立場からの初版への批判は多くの人からなされた。筆者自身も1987年にこれについて述べた。また次に述べるカナダモデルにも同様の考え方が含まれていた。

(3)環境の重要さ(カナダ、障害者運動)

 カナダのケベックのグループは、「環境因子」が重要で、環境因子のうちマイナスに働く「阻害因子」と機能障害・能力障害との相互作用によって社会的不利状況が起こる、という「カナダモデル」を提唱した。このような環境重視の説はひろく諸外国の障害者運動の共感を得た。

(4)その他の批判

 以上のほかに、「社会的不利の分類が不十分である」という批判もあったが、実際に社会的不利の分類はわずか7項目しかなく、他の分類(約200)に比べて著しく少なく、この批判は当たっていた。また「欧米中心で、他の文化を考慮していない」、「障害者の意見を聞かず専門家だけで作ったものである」などの批判もそれなりに当たっていたといえよう。

(5)誤解にもとづく批判

 一方、明らかに誤解にもとづく批判も存在した。たとえば初版のモデルは一方向的な矢印によって「機能・形態障害が不可避的・運命的に能力障害を引き起こし、それが運命的に社会的不利を引き起こすという運命論であり決定論である」という批判があった。しかしこれは階層論を理解しない完全な誤解であって、初版の序論を読まずにモデルだけを見ての感情的な反発であった。

5.国際障害分類改定の経過

 以上のような批判を受けて、WHOは1990年に改定の動きを開始した。そして1992年から国際的な改定会議が毎年開かれ、アルファ案に対する意見聴取(1996―1997)、ベータ1案についてのフィールドトライアル(1997―1998)、ベータ2案のフィールドトライアル(1999―2000)が全世界的な協力で、また専門家だけでなく障害当事者も参加して行われ、その結果を2000年11月の最終的な年次会議に結集し、そこで最終案が成立した。そして2001年5月22日の正式決定に至ったわけである。
 この間、われわれ日本協力センターは年次会議に積極的に参加し、ベータ1案、2案のフィールドトライアルを行うとともに、1998年には東京で第6回年次改正会議を開催し、またベータ2案の全訳を出版するなど、積極的な貢献を行い、また種々の建設的な提案を行った。

6.国際障害分類の目的

 この改定過程で国際障害分類の目的についてのコンセンサスができ、特に障害分野における「共通言語」(異なる専門の間、専門家と障害当事者の間、それらと行政との間、等々の理解・協力の促進のための)としての意義が強調されるようになった。
 その他、医療・福祉・介護・教育・職業等のサービスの現場における、障害の総合評価、サービス計画、結果評価などにおける活用が重視され、また調査・統計、研究、制度・政策の基礎付け、教育・啓発、など多数の分野での活用が目的としてあげられている。

7.国際生活機能分類(ICF)の特徴

(1)中立的名称の採用

 ICFにおいても、障害を三つのレベルで把握しようとする点は初版となんら変わらないが、マイナスよりもプラスを重視する立場から、プラスの用語を用いることとなった。すなわち機能障害でなく「心身機能・構造」、能力障害でなく「活動」、社会的不利でなく「参加」を用いる。これらが障害された状態はそれぞれ「機能・構造障害」、「活動制限」、「参加制約」である。
 これに伴い分類全体の名称も「生活機能・障害・健康の国際分類」というように人間の生活に関わることのすべてを対象とするものとなった。ここで生活機能(Functioning)とは人間生活の3階層を包括するプラスの包括用語であり、マイナスの包括用語である「障害」に対応して新しく作られた概念である。なお英語ではこれまで日本語の「障害」にあたる包括用語がなかったが、今回disabilityという、以前は能力障害という一つの階層のみを示していた語が包括用語となった。同じ単語が異なる意味をもつようになったので注意が必要である。
 このようにICFはICIDHを継承するものではあるが、もはや障害のみの分類ではなくなり、生活機能と障害の分類となった。つまりあらゆる人間を対象として、その生活と人生のすべて(プラスとマイナス)を分類・記載・評価するものとなったのである。

(2)相互作用モデルと環境因子

 ICFのモデルは図2のようである。初版で「疾患/変調」であったものは、ICFでは「健康状態」という中立的な用語で表されるようになった。これは単なる言い換えではなくて、疾患だけでなく、妊娠、高齢、ストレス状態、先天異常、遺伝的素因などを含む広い範囲のものを含むようになっている。
 健康状態と生活機能の3レベルとの関係は、すべて両方向の矢印でつないだ相互作用モデルとなった。また、重要な変化として環境因子と個人因子を「背景因子」として、生活機能と障害に影響する因子として取り上げ、新たに詳しい「環境因子」分類が加えられた。

図2 ICF:国際生活機能分類(2001)の生活機能構造モデル

テキスト

図 生活機能構造モデル

(3)活動と参加との共通リスト化

 今回の改定の過程でベータ2案までは「活動」と「参加」の分類は別々であったが、その両者の間の重複や線引きについての長期にわたる議論が最後まで決着がつかず、ICFでは両者を一緒にした「共通リスト」とし、その活用(どの項目を活動または参加、あるいはその両者に用いるか)については各国の自由に任され、時間をかけて世界共通の基準を作っていくこととなった。なお筆者は非常に多くの項目が活動と参加の両面をもっているので、両者を共にみて比較することが重要だと考えている。

(4)活動の評価における「能力」と「実行状況」

 活動・活動制限の評価について、「実行状況」をみるのか、「能力」をみるのかという議論が長く続いたが、これは最終的に両者をみてその違いを把握することが重要であるということで決着がついた。これはわれわれが以前から提唱してきた「しているADL」、「できるADL」に対応する概念であり、その両者が重要との結論に至るまでには日本協力センターが提供したデータも一定の役割を演じたといってよい。なお参加については、当然のことながら実行状況の評価のみである。

8.今後の課題

 今後の課題については以下に列挙し、詳細な論議については他の機会を待ちたい。

(1)ICFの普及

 厚生労働省による翻訳はまもなく出版されるので、今後は解説書・マニュアル等の作成、講習会・研修会などの開催、種々の用途に応じた簡略版の作成、CD―ROM化等の普及活動が重要である。

(2)主観的側面の検討

 ICFで重要な今後の課題とされた「生活機能と障害の主観的側面」(「体験」と「障害体験」)の概念の検討および分類の作成。なおこれについては2001年10月、ワシントンにおける協力センター会議で筆者を責任者とする国際的な研究グループが発足している。

(3)「第三者の障害」

 ある人の障害が家族・友人・同僚・関係者などに与える障害(それは本人にはねかえり「障害の悪循環」をつくる)の概念の普及。

(4)実践的活用

 以上の新しい概念を含めた生活機能構造論の、一般医療、リハビリテーション、介護、福祉、等の実践への全面的活用。

おわりに

 以上、ICIDH(1980)からICF(2001)の改定過程とそれらの特質の紹介と今後の課題について述べた。今後の展開について御注目いただければ幸いである。

(うえださとし WHO国際生活機能分類日本協力センター代表、(財)日本障害者リハビリテーション協会副会長)