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当事者と専門家との共通言語としてのICF
―リハビリテーション医療と介護における活用―

大川弥生

 本稿では、障害のある人に対する働きかけの専門分野であるリハビリテーション医療と介護におけるICFの活用を中心に述べたい。これら両者ともにICIDHの時代から基本的な概念として活用されてきたが、特にここ1、2年の間に急激に生活機能分類の考え方が実践に大きく活用されるようになっている。特にリハビリテーション医療の現場においては、ICFが後に述べるように診療報酬の体系の中で重要な位置を占めるようになってきている。
 一方、介護は単に「不自由なこと(すなわち“活動”のマイナス面)を手伝う(補う)もの」という狭い意味でとらえられがちであるが、介護の対象はまさに障害のある人であり、その意味でリハビリテーションと介護とは表裏一体のものである。筆者は生活機能のすべての面とそれらの間の相互関係をふまえた介護が重要と考え、目標指向的介護を体系化してきた(参考図書を参照)。
 またたとえば、介護支援専門員基本テキストにもICFの項目が追加され、また2001年度の厚生労働省老健局振興課主催の介護支援専門員指導者研修会においてもICFが取り上げられるなど、介護の世界にもICFが積極的に取り入れられる傾向があり、質の高い介護に向けてのICFの今後の活用が期待される。

実践的武器としての生活機能構造・分類

 リハビリテーションの本来の意味は「人間らしく生きる権利の回復」すなわち「全人間的復権」であるが、生活機能構造とそれをもとにしたICFは、その実現のための実践的武器として非常に有益である。
 それはリハビリテーションや介護は障害のある人の人生を大きく左右する重大な過程であり、その過程は極めて複雑であるが、結局チーム全体として、その人にとって唯一無二の目標とプログラムを決めて進めていくものだからである。その際に、何を判断基準として決断していくかが重大であり、その基準が真に当事者本位のものとなるために生活機能構造・分類が役立つのである。
 すなわち一方では障害当事者の持つ問題点・課題は非常に多く、それらさまざまな因子が複雑に絡み合い、相互に幾重もの関連性をもっている。他方では、専門家の側では自分たちのもつ極めて多数のレパートリーの中からの選択が必要である。その際に、専門職側の直観的把握(思い込み)や自己の価値観によって目標やプログラムを決めてしまうのではなく、当事者の真のニーズを明確にし、それに対応しつつ決めていくうえで役立つのである。

ICFの理念を体現するリハ(総合)実施計画書

 すでにリハビリテーション医療において診療報酬上用いられている「リハビリテーション総合実施計画書」(図参照)と「リハビリテーション実施計画書」について紹介しながら、臨床実践における活用の仕方を考えたい。

図 リハビリテーション総合実施計画書 1
拡大図

図 リハビリテーション総合実施計画書 1

図 リハビリテーション総合実施計画書 2
拡大図

図 リハビリテーション総合実施計画書 2

 「リハビリテーション総合実施計画書」「リハビリテーション実施計画書」はともにリハビリテーション医療上ほぼ義務付けられているものであり、そこでは「医師等の従事者は、共同してリハビリテーション(総合)実施計画書を作成し、その内容を当事者に説明のうえ交付するとともに、その写しを診療録に添付する」ものと定められている。すなわち当事者・家族に説明・交付される具体的内容が、ICFの生活機能・障害の構造の考え方に立って整理されているのである。
 この二つの計画書は「自己決定権の重視」と「全人間的医療」という二つの理念を具体的に実現するために、ICFの考え方が大きく反映されたものと言える。
 図にみるように「リハビリテーション総合実施計画書」の縦軸は、生活機能構造に基づいている。すなわち評価欄および目標欄ともに生活機能の客観的な三つの側面(心身機能・構造、活動、参加)と環境、そして心理と、本人のみでなく家族・介護者などに関するものである第三者の不利が大きな軸となっている。なお心理(生活機能と障害の主観的次元)と第三者の不利は、今回の改定過程で大きな問題となり、分類は「今後の課題」とされたものであるが、それがすでに取り上げられているのは画期的である。なお、リハビリテーション実施計画書とは、リハビリテーション総合実施計画書からの抜粋である。
 具体的には「リハビリテーション総合実施計画書」は2000年の診療報酬改定から用いられるようになり、回復期リハビリテーション病棟では必須のものとなっている。また「リハビリテーション実施計画書」は「早期加算」の算定要件であり、今年度新設されたものであり、発症直後を含め急性期でも、すべての生活機能の面から問題を構造的にとらえることが義務付けられている。
 その他特徴的なこととして、以下の二点がある。
1.主目標の重視:目標では生活機能・環境・心理・第三者の不利のすべてについてそれぞれ目標設定を行い、それぞれの達成時期をも明確にすることになっており、特に「参加」レベルが「主目標」としてもっとも重要とされている。
2.“している活動”と“できる活動”の区別:ICFにおいて新たに導入された「活動」の評価における、「実行状況」(“している活動”)と「(評価・訓練時の)能力」(“している活動”)の両者を明確に分けることの重視も、本計画書に体現されている。

当事者の主体的参加促進と、専門家チームとの共通認識形成のためのツールとしてのリハビリテーション(総合)実施計画書

 ノーマライゼーションに向けて当事者の自己決定権の適切な発揮を専門家チームの専門性が支えるというのが、リハビリテーションと介護における理想的な姿であるが、それをいかに実現するかが大きな課題である。両計画書はICFをそのためのツールとして活用していると言えよう。

(1)「共通言語」としての、当事者による説明内容の理解と主体的参加の促進のためのツール

 リハビリテーションには、障害のある人本人の主体的参加が不可欠である。しかし障害(生活上の不自由・不利益)については、問題が複雑であり、生活に則しているという点では、常識で理解できる面がある反面、それをどう分析し、いかに有効な解決策を見つけていくかという点では非常に専門的な知識が必要となり、また問題を正しく整理するための総合的な考え方を身に付けることが必要になる。
 そのため「共通言語」である生活機能構造に沿った説明は当事者の理解を促進する効果が大きく、それによって十分な理解が得られて当事者の積極的参加がはかられる。

(2)専門家チーム内の共通認識の形成のためのツール

 ノーマライゼーションに向けて多くの専門職が関与する。その際、各々の得意領域に集中し、他分野を他専門職に譲るタテ割りの「分立的分業」は種々の弊害を引き起こしている。両計画書は、リハビリテーション・チーム全体(理学療法士、作業療法士のみでなく医師、看護師等も含む)としての評価と、その後の具体的な働きかけを保証するものである。記載や説明は理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などがそれぞれ担当分野を決め、それらの職種内でだけ分かる言葉でなされるべきものではなく、共通言語で行われるものである。すなわち当事者中心の「協業としてのチームワーク」をICFが保証するのである。

(おおかわやよい 国立長寿医療研究センター老人ケア研究部部長)


【参考図書】
大川弥生:目標指向的介護の理論と実際.―本当のリハビリテーションとともに築く介護.中央法規、2000