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知り隊おしえ隊

保有感覚を活用して楽しむパルファン・フォーレ、 香りの夢空間
―豊田町香りの博物館

立花明彦

 あるメーリングリストで、香りをテーマにした博物館が全国に2~3館あり、視覚障害者も楽しめることを知りました。デパートの女性化粧品売場の香りに閉口し、買い物に行くたびにそのコーナーをいかに避けて通るかと思案してしまう私には、香りと人々の生活とのかかわりにある種の関心があります。そんなことから、香りの博物館はなんとなく気になる存在として頭の片隅に記憶されてきました。しかしながら、日々仕事に追われ、時間の経過とともに、その基本的な情報が薄らぎ始めた頃、思いがけず一つの香り博物館へ訪問の機会がやってきました。
 筆者が訪ねたのは静岡県豊田町。ここに「香りの歴史を知り、香りの器を愛で、香りをつくる」と銘打つ香りの博物館があります。東海道新幹線を浜松で下車し、東海道線で東へ8分、電車は豊田町に到着します。町花に藤、町木にキンモクセイと香り豊かな植物をいただくこの町には、大手香料メーカーの工場もあり、町全体が香りと縁深い関係にあります。こうしたことから「香りの町」が町づくりのテーマの一つにもなっています。
 そこで、全国的に例のない「香り」をテーマとする多彩で魅力溢れる香り文化を発信する基地として1997年、香り博物館を誕生させました。
 駅北口から北へ5分余り歩くと、一見して博物館とわかる周囲とは異なる建物が現れてきます。これぞ「香りの夢空間、豊田町香りの博物館」です。正面ゲートからエントランスへつながる通路の左右の壁面には、古代四大文明と香りとのかかわりをモチーフにしたレリーフが続きます。花崗岩約30トンを使用したこのレリーフには、ロータス(蓮)や牡丹の花、香油壷などが描かれています。
 一方、足元にはローズマリー、タイム、ラベンダー、キャットニップ、アップルミント、バジルなどさまざまなハーブを植えた鉢が並びます。それぞれの鉢には小さなプレートが掛かっていて、その特徴・料理での用い方などが紹介されていて、私たちの生活と香りある植物とのかかわりを教えてくれます。
 ところで、この博物館にはフランス語の「パルファン・フォーレ」なる愛称が付けられています。「パルファン」は「香り」、「フォーレ」は「森」を意味する言葉で、博物館自体香りの魅力に包まれているようで、それが森のように奥深く続いている印象を感じさせます。現に、一つひとつのハーブのプレートを読み、その香りを直接嗅ぎながら進んでいると、一歩ずつ香りの森へ入っていく感じになります。とはいえ、道中はようやくエントランスに辿りついたばかり、これから本当のパルファン・フォーレが始まるのです。
 館内は2階建てで、博物館としての中心部は2階。1階はギフトショップやカフェテラス、香りの体験コーナーが設けられています。まずは、腹ごしらえで「香りのカフェテラス」へ。ここでは、地元で取れた新鮮な食材やハーブを使ったオリジナル料理や各種のハーブティーが味わえます。筆者訪問時のランチは、サーモンとゴマのムニエル、ローズマリー風味フレッシュトマト・バルサミコソース、パン、これにローズティー。レストランの味は好評とみえます。
 1階部分は入館料が不要なこともあり、近隣の人々がランチやティータイムに訪れ賑わっています。窓を大きく取った明るい店内、窓越しには香りの公園の緑が広がっていて、ゆったりとした時間を楽しむこともできます。
 いよいよ森の中心部2階。ここは、「香りの展示室」「香りの文化史コーナー」「香りの小部屋」「香りのサロン」「香りの企画コーナー」の五つから構成されています。「香りの展示室」では、香り文化の多様性と奥深さを紹介すべく、各種のテーマに基づいた企画展が年4回開催されます。訪問時は「香りの賛歌」と題し、開館以来収集してきた古代から20世紀までの香水瓶を展示し、香水の歴史と幅広い利用を紹介していました。残念ながら直接触れられないものの、70点の作品からは、香水瓶の芸術性と歴史の重み、当時の人々の香水への思い、社会におけるその位置付けなどが伝わってきます。
 「企画コーナー」には、今回の企画の一環として世界的に名高い香水の香りを紹介し、その香りを直接嗅ぐことのできるシステムが設けられていました。日本人女性の名前をそのまま香水名にしたゲランの「Mitsuko」、マリリン・モンローが愛用していたと言われる「シャネル5番」などがあって、思わずその香りを嗅ぎながら、直接的には知らぬ彼女たちへのイメージを膨らませることができました。
 常設コーナーでは、香りにまつわるエピソード、人々の暮らしと香りとの関係、香りの文化などを楽しみながら理解できるよう工夫された展示がなされています。
 「香りの小部屋」は、部屋内のモニター画面に映し出された風船に触れると、風船が弾け、香りが放たれ、美しい映像とその香りにまつわるナレーションが展開するユニークなシステムです。小部屋は、アイスクリーム、マスクメロン、古代エジプトなど五つに分かれていて、それぞれの香りが実体験できます。また、この小部屋のそばには香料の作り方を紹介し、梅の花、ペパーミント、オレンジ、シナモン、ミルラなど主なる香料を体験できるコーナーも設置されています。それぞれの香料には、その香りの効能や用途の説明が付されていて、ふだん何気なく感じている香料の存在と役割に気づかされます。
 「香りの文化史コーナー」では、1.エジプト・メソポタミア、2.インダス・中国・日本、3.西洋の香り、4.現代の香りのそれぞれをテーマとする4台のテレビモニターがあり、香りに関する史実やエピソード、最近の香りの動向などを音声と映像でわかりやすく説明しています。それぞれには、いくつかの項目が用意されていますが、「エジプト・メソポタミア」のモニターは、1.ミイラづくりに欠かせない香料ミルラ、2.香り立つクレオパトラの魅力、3.香り運ぶアレキサンダー東方遠征などと、さらに項目が分かれます。これらは、教科書では記述されない歴史の視点であり、いっそう香りへの関心が注がれます。
 香りについての各種の知識を得て再び1階へ。向かうは「香りの体験コーナー」です。ここではマイフレグランスづくりができます。女性は八つ、男性は五つの基本的な香りから好みの香り一つを選び、パソコンによる香り診断。好みの色などいくつかの質問に答えていくと、自分に最もふさわしい香りのレシピがプリント・アウトされます。これに基づいて香りを自身で調合し、オリジナルの香水をつくるのです。
 館内は、バリアフリーを意識した構造のように見受けられます。スロープ、トイレ、エレベーターなどの設備は完備され、点字のパンフレットも用意されています。しかし車いすの通行では幅員が狭く、アクセスの困難さを感じる部分があります。「香りの小部屋」は、その一つで、小部屋が車いすにも「小部屋」すぎました。ユニークな装置だけに残念でなりません。
 決して広くはない建物ですが、そこには密度の濃い内容があり、まさにパルファン・フォーレ、その愛称もうなずけます。香りが誘う馥郁(ふくいく)とした優雅な空間と時間を味覚・聴覚・嗅覚・触覚で堪能できました。森の出口に立ったとき、日々の生活でも香りを楽しみ、その質を高めたいとの気持ちが湧いてきました。
 そんなわけで、わが家では今、博物館のギフトショップで買い求めたいくつかの香りグッズが活躍しています。

(たちばなあけひこ 静岡県立大学短期大学部)


■豊田町香りの博物館
〒438―0821 静岡県磐田郡豊田町立野2019―15
TEL:0538―36―8891
開館時間:10時~17時
休館日:毎週月曜日、月曜日が祝日の場合は翌日、他
入場料:大人300円、学生200円、小・中学生100円