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会議

障害者の権利とエンパワーメント

奥平真砂子

■はじめに

 去る2月17日(日)から22日(金)までイギリスで開催された、「障害者の権利とエンパワーメント」というワークショップに参加してきました。イギリスの人たちは、ワークショップや啓発的な研修を組み立てるのがうまいと聞いていたので、出発前から語学の心配もありましたが、参加することを心待ちにしていました。
 私は、アメリカをはじめとして、これまでいろいろな国を訪れたことがありますが、イギリスはヒースロー空港で乗り換えるために立ち寄ったことがあるだけという、縁の薄い国でした。そのため、イギリスの福祉制度についてもほとんど知りませんでしたが、この滞在の間にイギリスの障害をもつリーダーたちから話しを聞くとともに、いくつかの組織や機関を訪ねることができ、少しだけその状況を垣間見ることができたので、ここで紹介します。

■「障害者の権利とエンパワーメント(Disability Rights and Empowerment : working together)」

 このセミナーはブリティッシュ・カウンセルの主催で、ボツワナ、クロアチア、インド、マルタ、南アフリカ、イスラエルなど世界11か国から11人の障害をもつリーダーと介助者、イギリスから2人のワークショップリーダーとスピーカー、事務局の計25人により開催されました。会場となったのは、ロンドンから列車で2時間ほど行ったウェールズのカーディフという街の郊外にある、ジェーン・ホッジ・ホテルというところでした。
 ここは地域の障害者や高齢者のために特別に配慮された施設で、市街から離れておりすぐ隣に羊の牧場があるという、どこか日本の障害者施設を思い出させるところがありました。この施設を会場に選んだ理由を事務局に聞いたところ、「どのような障害をもった人が来るか、検討がつかなかったから」という答えが返ってきました。加えて、イギリスには多くの車いす利用者が一度に宿泊できる施設は数少ないということも理由だったようです。
 このワークショップの目的は、それぞれの国において障害分野で活動しているリーダーにより権利意識を高めてもらい、このワークショップで話し合いエンパワーし、お互いを刺激しあうことでした。そして、そこから情報社会である現在の状況に即した方法をつかみ、国に持ち帰り役立てていくことにありました。
 さて参加者ですが、国のみならず障害もバラエティーに富んでいました。アフリカやアジアにまだまだ多いポリオのほか、脳性マヒ、脊髄損傷、小児カリエス、糖尿病からくる四肢マヒ、全盲、難聴などです。また、バックグラウンドもいろいろで、障害関連のNGOで働いている人のほかに施設入居者あり、弁護士や国会議員、国の教育省の職員、リハセンター職員、大学で教える者、旅行会社で働く者など、多岐にわたっていました。ただ共通点は、全員障害分野の活動をしていることと、権利意識を明確に持っていることでした。
 このようなバラエティーに富んだ人たちを上手に一つにまとめてくれたのが、ワークショップリーダーのジャッキー・ジェームスとマイケル・ハリソンでした。ジャッキーはウェールズ出身で地元の障害者組織で長く活動した後、国連関連の組織からアルメニアに派遣され、そこで障害者リーダーと組織を育てる仕事を2年ほど続けたという経歴の持ち主でした。また、マイケルはソーシャル・アクション・センターで、障害者に限らず地域に住む人全員が活性化するようなサービスを提供する仕事をしているそうです。
 初日の自己紹介から最終日のまとめ方、ワークショップ全体の組み立て方まで、2人ともこれまで数々のワークショップをリードしてきたというだけあり、そのリードの仕方は本当に勉強になりました。実は、ワークショップは英語で進められることが分かっていたので、語学に自信のない私は心配していたのですが、この2人のおかげで毎日自分の意見を皆の前で話すことができました。そして、とてもエンパワーされ、自信につながりました。初めは私と同じように心配そうな顔をしていた参加者が数人いましたが、時間が過ぎるにつれ彼らの顔の表情が明るく変わっていくのが見てとれたときには、改めてワークショップをリードする重要性を認識しました。
 プログラムの内容もスピーカーも偏らず、また参加者を飽きさせないように、でも当事者主体であることが知れわたるように工夫されていました。ただの講義形式でなく、参加型のこのワークショップの進め方は、参加者をエンパワーするには本当に効果的だと思いました。

■イギリスの障害者運動と社会サービス

 まずイギリスでは、“シビル・ライツ(市民権)運動(Civil Rights Movement)”ではなく、“ヒューマン・ライツ(人権)運動(Human Rights Movement)”を使うそうです。その理由は、「市民とはその地域、国だけの人に限られるが、めざすべきものは全人のための権利である」という考え方から起こっているそうです。その説明を聞き、これまで何気なく使っていた言葉の意味を再確認するとともに、とても納得してしまいました。
 最近のイギリスでの障害者運動のターゲットは、“人権”と“ダイレクト・ペイメント・サービス”をより良くしていくことです。アクセス運動ももちろん活発ですが、歴史を重んじる国なので、難しい面が多いようです。

(1)人権運動

 人権については、それを保障する権利法(The Disability Discrimination Act)が1995年に制定されています。この法律では、雇用とサービス保障、教育、交通、建物についての差別禁止が謳(うた)われています。その他の面に関しては、2004年に法律として施行される予定です。
 ただ、それを履行していくことが難しく、依然としていろいろな場面で権利侵害が起こっているのが現実だそうです。権利侵害を訴えていく組織(障害者権利委員会:Disability Rights Commission)はあるのですが、それは政府主導の組織なので真の意味で当事者の権利を守っていることにはなっていないようです。
 しかし、権利を保障する法律は存在するので、当事者団体がそれを武器にして運動を進めていることが見てとれました。

(2)ダイレクト・ペイメント

 ダイレクト・ペイメントは各種の社会サービスを受けるための費用を、行政や業者でなく利用者に直接支払うというシステムです。利用者主導なのですが、手続きや調整もすべて自分でこなさなければならず、利用しやすさには程遠いようです。特に、介助者の選択や量など利用者主体で決めるべきサービスに関して、その主導権を獲得すべく長い間闘っていますが、自治体主体でサービスを提供しているので、住んでいるまちによって受けられるサービスが違い、その差が激しいそうです。

(3)アクセス

 アクセスに関しては、古い建物を大切に使うイギリスという国柄、あまり良いとは言えないようです。たとえば、私の泊まったホテルも玄関に4段の階段が、レストランへ入るにも3段、アネックスのロビーへ行くにも4段の階段と、いたるところに段差がありました。また、ロンドン中央駅のペディングトン・ステーションも使いづらかったし、列車に乗るにも高い段を上がらなければいけませんでした。アクセスは最近の東京のほうが良いように感じられました。
 滞在中、ウェールズ障害者協議会(Disability Wales)を訪ね、ウェールズのリーダーたちと交流することができました。この組織はウェールズの障害者関連の団体をまとめているところで、元は障害のない人がはじめましたが、現在は障害当事者が中心となって運営されています。政府との交渉や制度制定などの活動も繰り広げ、今は権利保障とダイレクト・ペイメントの制度を整える運動に力を入れています。
 短い期間でしたが、街を歩いたり列車に乗って移動したり、リーダーたちの話しを聞いたりした結果、権利保障は別として、社会サービスの面ではイギリスと日本は、同じような状況にあるように思いました。日本もずいぶん変わったということでしょうか。

■おわりに

 今回のイギリス訪問は知識の面で勉強になっただけでなく、自分自身の内面を振り返ることができたこともあり、その面でもとても有益でした。各国の力強いリーダーと知り合えることもできたし、「自分は一人ではない」と気づかせてくれ、私を内面から元気付けてくれました。1週間足らずのワークショップが、私をとてもエンパワーしてくれました。また、時々は自分に肥やしをやることが必要だなと感じました。
 イギリスはEU連合の加盟国なので、EUの法律に従わなければならないそうです。EU連合の法律では権利保障がしっかりとなされていて、加盟国は決められた時期までに国内の法律を整備しなければいけません。すべてのEU加盟国において権利保障がなされると、先進国と言われている国で権利保障法を持っていない数少ない国である日本は、権利法策定に向けてより一層真剣に取り組まなければならなくなるでしょう。
 障害者だけでなく高齢者や子どもを含めた、すべての人に必要なものの基本は権利保障です。日本に保護法はありますが、権利保障法はまだありません。一日も早く権利法が日本にできて、本当の意味で平等な社会ができたらよいと思います。

(おくひらまさこ 日本障害者リハビリテーション協会研修課)