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「バーバラ・ウィルソン先生をかこむ会」
に参加して

原田圭

■リハビリテーション・センターについて

 今回の会合は、日本脳外傷友の会主催で、広島県保健福祉大学の綿森淑子先生のご尽力により実現しました。ウィルソン先生は、3月8日から行われる国際記憶学会に参加されるために来日され、前日の7日も、レセプションパーティーの前の貴重な時間を割いて、この機会をつくってくださいました。以下は、この会合に参加したときの報告です。
 ウィルソン先生の提案により、前半はイギリスでの実践の概要を先生のほうから説明していただき、後半は質疑応答という形で交流が行われました。
 先生は1979年から脳外傷のリハビリテーションに携わるようになり、1993年、アメリカのプリガターノ先生の所で3か月間の視察・研修を経た後イギリスに帰り、ケンブリッジ郡で3年にわたる調整の末、アデンブルックス病院の中にリハビリテーション・センターを設立しました。現在は病棟と施設の双方で働き、週の半分は現場、残り半分は治療法・評価法などの研究に費やしているそうです。現場では、昏睡状態の患者から、受傷後数年経過のケースまでを幅広く担当しているとのことです。

 通所専門のプログラムで、社会復帰を目的とした施設です。主に受傷後6か月から3~4年経過した人が通うということですが、「受傷後10年以上経っていても、リハビリをするのに遅すぎるということはない」というのがウィルソン先生の持論です。基本的に、重度の行動障害のある人は受け入れていません(他に該当施設があるということです)。
 典型的な利用の手順としては、1.家族・本人と面接し、他職種による評価を行う。2.2週間の間、やはり他職種による観察・インタビュー・質問を用いたアセスメントを行い、スタッフ・家族・患者の三者間でゴール設定をする。3.利用者の拠出できる金額により、リハビリの期間設定をする(14週間、20週間、28週間の3コース)。いずれのコースも、前半は週5日通院しますが、後半は徐々に通院の日を減らし(この期間を統合期間と呼びます)、代わりとなる活動を構成していきます。
 プログラムに同時に参加する数は、利用者が8~9人、スタッフも8~9人と、ほぼ同数です。治療プログラムには集団のものと個別のものがあり、集団プログラムは大きく分けて参加が義務付けられている「脳外傷を理解するための」総合プログラムと、必要と思われる人だけ参加する各種プログラム(言語療法、記憶ケア、問題解決、不安の解消等)の二つがあります。いずれのプログラムも、異職種の2人のスタッフによって運営されます(言語療法のみST2人)。治療プログラムのほかに、2週間に1回、親族のグループがあり、毎日、患者・スタッフが全員参加するコミュニティ・グループ(センターで起きるさまざまな問題を話し合う集い)があります。
 ゴール設定は7~10項目について行い(就職、記憶補助の方法、車の運転など)、リハビリ終了時のゴール(長期目標)を分割して、1週間単位のゴール(短期目標)を設定し、随時調整します。

■リハビリテーションの効果

 プログラム参加者の40%が就労を果たし、その他の人も学校に通うようになる、ボランティアの仕事をする、家事をするなどのゴールに到達します。この40%という数字を、ウィルソン先生は「妥当な数字」と評価しますが、リハビリの成果が上がることが期待できる患者を、かなり厳しく選別していることも認めていました。
 就労については、1週間に1回程度の通勤から始めて徐々に通勤頻度を増やしていき、環境調整を行ったり、できる仕事を組み立てたりすることが基本で、ジョブコーチはつきませんが、センターのスタッフが職場に同行することもあります。
 一般に、就労に関しては、障害に対する理解は高まりつつあり、成人の就労よりも、むしろ子どもが学校に戻るほうが困難であるとも言われました。

■必要経費の拠出

 センターの運営費用は、年間40万ポンド(約8000万円)、個人の利用料は月4000ポンド(80万円)ですが、個人が全額支払うわけではなく、事故の賠償金と公的保険から拠出されます。公的保険を利用するためには、利用者の居住する地方公共団体の担当者のリハビリテーションの必要性への理解が不可欠ですが、なかなか許可が下りず、1年以上待たされることもあるということです。
 質疑応答では、アメリカの制度との違い(もっぱら民間保険により費用がまかなわれる)に関心が集中していましたが、最近アメリカでも、保険会社の支払いが厳しくなり、こうした長期のリハビリテーション・プログラムを受けることが難しくなってきており、どのような制度においても、リハビリの効果予測のための診断や、社会的な理解・関心の高さが、非常に重要であると言えます。

■地域の協力

 このような総合的な脳外傷のリハビリテーションを行っている施設は、イギリスではこのセンターだけなので、全国、時には海外からも希望者が来るのですが、原則として通所のプログラムのため、遠隔地の利用者は、センターの近所に下宿して通うことになります。大家さんは理解ある一般の家主ですが、時々トラブルになり、まれには警察が介入することもあるそうです。また、体の障害などにより、自力で通院が困難な場合は、地域ケアのボランティアが送迎の補助を行います。
 入院利用でない理由についてウィルソン先生は、「利用者は患者ではない。病院ではなく、学校のように何かを学ぶ所と思ってほしい」と語っておられました。

■まとめ

 参加者の関心は、具体的なリハビリテーション・プログラムの内容よりも、どのようにしてこうしたセンターを設立・運営するのか、制度上の問題は何か、どのような患者にプログラムは適用されるべきかなどの、構造的な部分に集中していました。イギリスと日本、そして比較されるアメリカの制度の違いにより、なかなか分かりにくい部分もありましたが(通訳の方はかなり苦労されていました)、どのような制度でも、リハビリテーションの必要性が、十分に関係者や各機関に理解されていることが必要であり、また、プログラム終了後の受け入れ場所が、社会の中に十分に用意されていなければ無意味だと痛感しました。また、こうした集中的なリハビリテーションは、資金面や人的資源の面で、どうしても利用者が限られてしまい、「最先端」という印象を受けます。より多くの人が利用できるシステムはどうあるべきかは、まだ分からないままという気がします。
 最後に、「こうしたリハビリテーション・プログラムは、日本に移植するのは難しいのではないか」という質問に対し、ウィルソン先生は「必要なことは、施設の内外に民主的な(平らな)組織ができること。もちろん、組織作りは簡単なことではありません。強力な友人がたくさん力を貸してくれますが、強力な敵も同じくらいいます。でも、どこでも同じですから、どうして日本でできないことがあるでしょう」と、笑顔で応えておられたのが印象的でした。

(はらだけい 小規模作業所コロポックル生活指導員)