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自閉症の早期発見・早期療育システム
―「発達リハビリテーション」の見地から―

小澤武司

はじめに

 最近では自閉症は幼児期に早期診断されることが多くなってきました。しかし自閉症の早期診断は、それ自体の難しさと自閉症に詳しい医師の数が少ないことなどから、今なお十分になされているとは言えません。さらに診断がついたとしても、その次に待ち構えている保護者の「どうしたらいいのか?」という当たり前な疑問に答えられている地域はそれほど多くないのが現実です。自閉症の早期発見・早期療育が抱える問題点と、それを解決するための方法をシステム論で説明したいと思います。

1.早期療育に必要なもの

 自閉症は脳の機能障害からくる発達障害であると考えられていますが、詳しくはわかっていません。したがって自閉症そのものを治療することは不可能であり、早期療育によって二次障害を予防することこそが唯一の治療であると言えます。早期療育は、機を逸せず教育的なアプローチを用いて治療することを意味します。
 では早期療育を行う上での問題点は何でしょうか。ひとつは早期診断の不確実性であり、次に診断と療育の場の連携です。そして三つ目には、早期であるがゆえの親の精神保健に配慮した支援です。

◆早期診断の不確実性

 自閉症の診断は身体所見や血液検査、脳波などの医学的な検査ではなく、人や物へのかかわり方や興味の向け方といった行動を分析することによってのみ可能です。行動特徴を見定めようとすれば診断の時期が遅くなり、診断を早めようとすれば行動特徴が不明瞭なため診断が不確実になるというジレンマが生じます1)。子どもの年齢が小さい時期には、自閉症であってもその障害特徴は明らかでないこともあります。かといって曖昧(あいまい)なままに親に伝えれば、楽観的に大丈夫だろうと捉えたり、逆に不安を増強したりするでしょう。漠然と「様子を見ましょう」では、次のステップに進むことができません。また自閉症かどうかという診断が気になって肝心の対応に気が回らなかったり、子どもの状態から視線をはずしたりするようでは逆効果です。
 診断がどうであるかにこだわるあまり、療育に空白の期間を作ってはいけません。その問題を解決するためには、早期発見と早期診断とをつなぐフォローアップが必要となってきます。つまり発見から始まり療育的な介入をしながらも、時間経過による児の状態の変化を評価しつつ、より正確な診断に至るというものです。具体的には乳幼児健康診査で発見され、医療機関に受診した時に暫定診断がなされます。その後、療育的な介入がなされながら、定期的な観察と場合によっては組織立った行動観察が行われます。これらの過程の中で、診断を精緻化し、最終診断されていきます。早期に確実に診断するためには、このように早期であるがゆえの不確実性を解決する方法が必要なのです。

◆診断の場と療育の場の連携

 発達障害では発見の場、診断の場、療育の場が必ずしも同じではありません。保健所で発見されてもどこの医療機関に、どのタイミングで紹介したらいいのかが整理されていないと、中途半端のまま発見の段階でとどまってしまうことにもなりかねません。また医療機関で診断を受けても「どうしたらいいのか」という問いに答えられなかったりするのは、こうした発見、診断、療育の場が異なることにも原因があります。
 また実際に療育が行われるのは福祉施設のことが多く、医療機関にある診断に関する詳しい情報を活用したり、診察と療育を連動させることが難しいのです。早期療育が成立するには発見、診断、療育の間に連続性が要求されます。どこで途切れてもそこで終わってしまうからです。これらの機関の連携ができてこそ円滑な早期発見から早期療育が可能となるのです。

◆親への対応

 自閉症は行動特徴を指標にして診断されます。そのため、それが子どもの異常さを意味する根拠として取られることに違和感や反発を多少なりとも感じるものです。事務処理的で機械的な診断告知が親を納得させないばかりか、親の反発と拒絶にあい、治療関係を自ら破壊してしまうこともあります。専門家が子どもの障害を疑う理由とその確認、適切な対処法について丁寧に説明できるかが重要になってきます。
 親は子どもに障害があればそのことで悩み苦しみます。「どうしてうちの子に」「将来どうなるのだろう」とだれもが思うものです。そして少なからず母親は「育て方が悪かったのではないか」という自責の念に駆られます。「こうすればよいですよ」というアドバイスが知らず知らずのうちに親を傷つけていることもあるのです。自閉症の子どもを持つ母親はその育児の困難性から疲れ果てていたり、自分の子どもと交流ができないことで疎外感を感じていることが多いのです。母親が努力してきた子育てに共感的に接したうえで、自閉症の原因が親の養育態度によるものではないことを伝え、今後の療育プランを提示して、将来の不安をできるだけ払拭することが大切です。

2.横浜市における早期発見・早期療育システム

 自閉症の早期療育の課題は、診断の困難さ、親の動機付けの困難さにあります。したがってそれらを解決していくシステムが必要になります。このシステムにはまず「発見」「診断」「療育」のそれぞれを担当する機関(サブシステム)を想定します。そしてその機関を有機的につなぎ、ひとつの一貫したシステムにするためのもの(インターフェイス)を設けます(図1)2)。我々はこのシステムモデルをDISCOVERY(Detection and Intervention System in the COmmunity for VERy Young children with developmental disorders)3)と呼んでいます。このシステムは早期療育の問題を解決するためのもので、それぞれの地域の実情に応じて汎用可能なモデルと言えます。DISCOVERYモデルでは「発見」「診断」「療育」という三つのサブシステムがあり、そのサブシステムをつなぐ二つのインターフェイスが介在するというものです。早期療育を知っていただくときには、その形だけ倣うのではなく、その理念を理解していただきたいと思います。さもないと「仏作って魂入れず」ということになってしまいます。
 それでは具体的に、このシステムモデルを実際に運用している横浜市では、どのように早期発見・早期療育2)が行われているのかを解説したいと思います。

図1 インターフェイスを持つシステム(文献2より一部改変)

図 時間 発見 診断 療育 インターフェイス

◆療育システムのハードウエア

 横浜市は人口約350万を擁する政令指定都市で、発達障害の早期発見・早期療育のために、横浜市総合リハビリテーションセンターを中心に五つの地域療育センターを配しています。私のいる戸塚地域療育センターは戸塚区・泉区・栄区の3区(人口約52万人)を担当しています。地域療育センターは地域サービス部門・診療部門・肢体不自由児通園施設・知的障害児通園施設を併せ持ち0歳から学齢期の児童を対象に診断から療育までの一貫したサービスを実施しています。スタッフは、医師・看護師・保育士・指導員・ソーシャルワーカー・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・心理士・栄養士など多くの職種にわたっており、チームを組んで早期診断・早期療育に臨んでいます。また、幼稚園・保育園や保健所との連携をしながら発達障害をもつ子どもの地域での活動を支援しています。こうした施設や人材が早期療育を支えているわけです。これらは早期療育のハードウエアと言えるでしょう。ここで重要なことは、こうしたハードウエアをそれ自身が育成、発展させる力を持ったシステムであるかです。

◆隙間をつなぐシステム

 横浜市では、どのようにDISCOVERYモデルを運用しているかというと、三つのサブシステムの発見の部分を保健所が担当し、診断を療育センターの診療所が、療育を同じく療育センターの通園施設が担当しています。これらをつなぐインターフェイスは複数存在しています。これはあくまで一例としてですが、保健所で行われる療育相談はインターフェイスとして発見と診断の間をつなぎます。療育相談というのは、保健所と療育センターの共同事業で、療育センターから医師、臨床心理士、およびソーシャルワーカーのチームが月に1回保健所に出向き、子どもの診察と評価および親へのカウンセリングを行うとともに、経過観察を担当した保健師との間でその後の方針が立てられます。そこで自閉症が疑われる子どもは療育センターにつなげられ、診断に向けてのアプローチがなされます。また療育センターで行われている初期集団療育グループは、少人数での集団活動を通じて組織化された行動観察を行います。これは診断と療育の間をつなぎます。
 このシステムが診断の不確実性を解決し、親の障害受容を促し、療育への動機づけを行うことができ、早期療育の問題点を解決してくれるのです。

◆子どもと親のプログラム

 子どものプログラムは、各個人に合わせた身辺自立やコミュニケーションスキル、集団活動などの社会適応の向上をめざします。このプログラムは、欠けている能力を訓練によって身に付けさせるようなものではなく、全体のバランスを考慮したうえで、あくまで自閉症の特徴を持った子どもが活動する際に、どのような環境でどのような点に注意して対応するのかということに重点がおかれています。そこには子どもの特徴の理解と障害をもって発達する子どもを育てるという視点を忘れてはなりません。自閉症の子どもたちにとって最適な社会的な環境を提供すること、個別に対応することが必要です。そのために小集団でのプログラムと個別プログラムの両者を行っています。
 療育には子どものプログラムだけではなく、親のプログラムが必要です。われわれは親を療育における共同療育者として位置付け、支援しています。療育の意味を知ってもらうためには、単に話を聞いてもらっただけでは不十分で、子どもの療育プログラムを通じて療育の理論や効果を実感してもらうことが必要なのです。また親のプログラムには、先に述べた親の精神保健に配慮した支援も含まれています。このプログラムによって親は子どもの特徴を理解し、子どもに合った環境や対応を知ることができ、自信を持って子育てができるようになります。そして、将来にわたってどう対応していったらいいのか、という疑問の答えを見つけることができるのです。

3.「早期療育」から「発達リハビリテーション」へ

 医学は疾病を完治させる治療という狭い視点から、治療対象を「疾病」と「機能障害」とに分化させ、リハビリテーション医学という包括医療に進化しました。リハビリテーションという言葉は、一般には脳卒中や事故の後遺症などによる中途障害に対して使用されます。
 中途障害とは一度は完成し、正常に機能していたものが本来の機能を失うことです。しかし、発達障害には中途障害にはない発達という要素があることを忘れてはいけません。発達障害においては原因が不明であったり、原因がわかっても疾患の治療が困難で、疾患と障害を明確に区別されないことが多く見られます。中途障害の場合は、疾患の治療の相からリハビリテーションの相に漸次移行していくのが明らかであるのに、発達障害では疾患の治療の相と療育の相が区別できないのです。また発達障害を単なる「遅れ」として捉えるだけではなく、障害をもちながらも発達していく過程で二次障害が生じることを知らなければなりません。
 発達障害に対する療育とは、いわゆる治療に対する方法論的な分類によって概念化された技法のひとつであると言えます。医学概念としてよりも、むしろ生活概念としての「病気」がリハビリテーション医学によって階層構造的に捉えなおされるとき、療育という技法は発達障害と呼ばれる一群の病気の、主として機能障害の次元に働きかけることを目的としています。したがって、早期療育の概念を考えるときには「療育」という言葉より、むしろ「発達リハビリテーション4)」というほうがよいのではと考えています。「発達リハビリテーション」は、幼児期の早期療育だけでなく、成人に至るまでのすべての過程を包括しています。人としての健全な心の育みこそが「発達リハビリテーション」の視点であると言えます。

(おざわたけし 横浜市戸塚地域療育センター)


謝辞:稿を終えるにあたり御助言をいただきました横浜市総合リハビリテーションセンターの本田秀夫先生に深謝いたします。

【参考文献】
1)清水康夫:自閉症の早期診断、(中根晃、市川宏伸、内山登紀夫編):13―32頁、金剛出版、1997
2)本田秀夫:横浜市の早期発見・早期療育システム、:乳幼児医学・心理研究8:29―35頁、1999
3)HIDEO HONDA & YASUO SHIMIZU:Early intervention system for preschool children with autism in the community:The DISCOVERY approach in Yokohama,Japan:in press
4)清水康夫、今井美保、本田秀夫:医学的リハビリテーションとしての「早期療育」:総合リハビリテーション29;53―58頁、2001