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社会参加と就労への道

小川浩

はじめに

 学校教育終了後に就職できる自閉症の人は20%前後と言われています。幼児期や学齢期を通じて、「社会参加」をめざした発達支援や教育が行われても、成人期において実際に地域社会の中で暮らし、働くことは容易ではありません。自閉症の特性に合っていない対応が障害をますます深刻にし、社会参加どころか福祉施設の中で「落ち着いて過ごす」ことが課題になっている自閉症の人も少なくありません。自閉症の人の「社会参加」と「就労」の支援には、制度やシステムの整備だけでなく、実務を担う現場職員が自閉症の専門性を身につけていることが不可欠です。本稿では「横浜やまびこの里」の実践を通して、自閉症の人の社会参加と就労を実現する支援のあり方について述べていきます。

1.社会福祉法人横浜やまびこの里

 社会福祉法人横浜やまびこの里は、横浜市自閉症児者親の会が母体となり1989年に設立された社会福祉法人であり、通所更生施設と入所更生施設を中核に、地域作業所やグループホームなどの運営・運営支援を行っています。通所更生施設からスタートした当法人は、「自閉症の人が地域であたり前に生活すること」の実現をめざして、横浜市内に作業所やグループホームを積極的に展開してきました。そして施設や作業所内で作業ができるのであれば、次は社会の中で働くことの実現をめざそうと、ジョブコーチによる就労支援に先駆的に取り組んできました。

2.個性に応じた「就労」と「社会参加」

 ジョブコーチによる支援の下で、法人全体で20数名の自閉症の人が社会の中で金銭報酬を伴う仕事に就いています。ただし当法人は重度の自閉症の人が多いため、常用雇用の「就職」だけを目的にジョブコーチによる支援を行ってきたのではありません。まず働く場を社会の中に求め、その労働を金銭報酬に結びつける努力をし、その延長線上に常用雇用の「就職」があると位置づけてきました。したがって障害のある人の能力に応じて、就労先には以下のようなさまざまな形態があります。
1.ジョブコーチがフォローアップをしている単独雇用就労。
2.ジョブコーチが常時付いているグループ雇用就労。
3.ジョブコーチが常時付いて週4時間だけ大学で清掃を行っているアルバイト就労。
4.公共の清掃事業をジョブコーチ付きで行っているグループ就労。
5.複数の障害のある人が企業の中で工賃労働を行ういわゆる企業内授産。

3.自閉症に対するジョブコーチ支援の特徴

 以下では、自閉症の障害特性に対する配慮を中心に、当法人が実践しているジョブコーチの支援プロセスについて概略を紹介したいと思います。

(1)障害のある人のアセスメント

 自閉症の人の特徴を知り、その人に合った仕事を見つけることからジョブコーチの仕事は始まります。文書記録、面接、作業場面の行動観察等に加えて、職場の体験実習を設定し、ジョブコーチと障害のある人が一定期間働くことを通してアセスメントを行うようにしています。自閉症の場合、環境要因で行動が大きく変わることが多いので、たとえば「子どもの声が聞こえると落ち着かない」とか「パートさんに誉められることが好き」など、環境との相互作用から具体的情報を把握しておくことが、後の職場開拓や職場での支援に役立ちます。

(2)職場の開拓

 職場開拓では、ハローワークの活用はいうまでもなく、求人広告から個別に企業に連絡したり、飛び込み訪問をしたり、ネットワークを駆使して企業を紹介してもらう等、あらゆる手段で企業を探しています。障害者雇用に前向きな企業が見つかったら、ジョブコーチ自らが2~3日仕事を体験し、職場全体の雰囲気やシステムを把握すると同時に、一日の仕事の流れを調べたり(業務分析)、仕事の手順を細かく調べる(課題分析)など、支援に向けて準備を行います。
 自閉症の人の場合、不安や混乱が高じる導入期においては、「変更の要素を少なくする」「先の見通しをもたせる」「適切なタイミングで具体的指示を出す」「言葉に必要以上に頼らない」などの配慮が必要なので、業務分析や課題分析などの事前準備が欠かせません。

(3)仕事の再構成と環境調整

 ジョブコーチは自ら職場実習を行っている間に、障害のある人に適した仕事を見つけ、隙間(すきま)の仕事を集め、それらを1日4~8時間の仕事に再構成することをしばしば行います。製造業の衰退が顕著な最近では、単純作業を見つけることが難しくなっており、企業が想定する仕事の枠組みは自閉症の人に不向きなことが少なくありません。サービス業、流通業、一般事務などさまざまな業種や職種から、自閉症の人に適した仕事を掘り起こす努力が必要なのです。自閉症の人の支援では、職場開拓の際に自閉症の人が働きやすい条件を整えられるかどうかで、成否の50%以上が決まるといっても過言ではありません。

(4)従業員によるナチュラルサポート

 職場での支援において工夫を要するのが、従業員が障害のある人を自然に手助けすること、いわゆる「ナチュラルサポート」をどのように形成するかという問題です。自閉症の場合、従業員が仕事を分かりやすく教えようとしたり、親しみを込めて接しようとしても、かえって自閉症の人の混乱や不安を引き起こすことがあります。自閉症の場合、コミュニケーション能力が低かったり、環境刺激への耐性が低い場合には、導入当初は従業員とのかかわりが少なくて済むよう職務・環境の調整を行うことが必要になります。同時に、仕事以外の社会的な場面で障害のある人と従業員の接触を促進し、自閉症の障害特性が徐々に従業員に受け入れられていくよう配慮することが必要です。

(5)分かりやすく教える技術

 ジョブコーチは、自閉症の人に仕事や職場での行動を分かりやすく教える技術をもっていることが必要です。業務分析や課題分析などの準備に基づいて言語指示・ジェスチャー・モデリング・手添えなど系統的に使い分けるシステマティック・インストラクション。話し言葉の理解が困難な人に対しては、文字や絵カードなどの視覚的手がかりを活用して教えること。落ち着いて見通しをもって仕事ができるように物理的環境や道具を工夫すること。その他、自閉症の障害特性に応じて、「何を、どのように、どれくらいしてほしいのか」を的確に伝える方法と技術をもっていることが必要になります。

(6)働く意欲を作る

 自閉症の人は価値観がとてもユニークです。自動車のカタログを集めること、電車の車体番号を見ること、決まった日にデパートの食堂で決まったメニューを食べること、等々です。ジョブコーチはこうした「価値」を尊重し、それを働く意欲に結びつける工夫をすることが重要です。「働くとお金がもらえる」ことを教え、「もらったお金で何がしたいか」を探り出し、働くことと消費活動を結びつけ、働くと生活が楽しくなることを実感してもらうことが「働く意欲」につながると考えます。「我慢する力」は就職前に訓練などで育てることができますが、本当の意味での「働く意欲」は働いてお金がもらえるようになってから、ジョブコーチが紡いで作り出すものと言えます。

(7)フォローアップ

 職場に変化はつきものですから、新しい環境に適応することが苦手な自閉症の人にとってフォローアップは不可欠です。ジョブコーチが一定期間職場について自立して仕事ができるようになっても、その後のフォローアップがなければ、変化が起きた段階で問題が生じることは容易に想像がつきます。ジョブコーチはどのような変化が自閉症の人に影響を及ぼすかを把握しておき、フォローアップで状況を把握し、必要に応じてさまざまな修正を行うことが必要になります。 

4.まとめ

 ジョブコーチが今年度より国の制度として「障害者職業センター」を中核とした事業に取り入れられることになりました。学んだことを応用するのが苦手な自閉症の人にとって、従来の事前評価・訓練型のメニューに加え、職場での継続支援型の「ジョブコーチ」が公的事業に位置づけられたのは喜ぶべきことと思います。ただし冒頭で指摘したように、現場職員の自閉症に関する専門性が乏しいと制度やシステムは機能しません。
 また、これまで述べてきたように、自閉症の人を対象とするジョブコーチ支援には、幅広く高度な専門性が必要とされます。国の制度だけでなく、各地で誕生しているジョブコーチ事業においては、人材養成と継続研修を充実させるとともに、自閉症などの特別な障害を専門とするジョブコーチや連携機関をもつことが必要と考えられます。
 また知的障害の程度が軽い、あるいは知的障害を伴わない自閉性障害の人に対しては、ジョブコーチの方法論を基本としながらも、ジョブコーチがあまり職場に付き添わない、職場への介入度の低いアプローチが適していると思われます。
 高機能自閉症の就労支援を担っていく社会資源としては、相談、アドバイス、連絡・調整を中心機能とした自閉症発達障害支援センターが期待されるところです。高機能自閉症の就労支援は、必ずしも自閉症に関する専門性だけで問題解決できるものではありません。自閉症発達障害支援センターが、さまざまな機関や専門家と連携して就労支援を進めることによって、高機能自閉症の支援ノウハウが蓄積されていくことが期待されます。
 本稿では、ジョブコーチを中心に自閉症の人の支援の具体的方策と配慮について述べてきました。テーマを「社会参加」に広げて考えても、制度・システムと現場職員の専門性とは常に両輪でなければなりません。地域生活を支えるホームヘルパーやガイドヘルパー等についても、現場職員の自閉症に関する専門性を確保することが重要な課題となっています。専門知識・技術の普及、人材の養成・研修などで自閉症専門機関が担うべき役割は重要であると言えます。

(おがわひろし 社会福祉法人横浜やまびこの里、仲町台発達障害センター)

【参考文献】
(1)小川浩『ジョブコーチ入門』エンパワメント研究所、2001
(2)梅永雄二『自閉症者の就労支援』エンパワメント研究所、1999