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当事者側の立場から

小金澤正治

はじめに

 私は犯罪を憎む、犯罪者はどのような理由を持ってしても許すつもりはない。たとえ、それが精神障害者であってしても変わりはない。

 「心神喪失・心身耗弱状態で犯罪を犯した者は刑罰を免れる」という刑法上の考え方が私には理解できない。一般国民ですら理解できるはずもない。仮に自分が被害者または被害者の家族、友人の立場になったとして、日本の法律上こうなっていますと言われて、そうですかと納得できる訳もない。この規定は近代法の原則ではあっても、私の理解は遠く及ばない。
 精神障害者であったとしても、罪を犯した者は一国民として裁判を受け、刑に服することは当然の義務と考える。
 しかし、不起訴処分という抜け道を司法は毎々使う。そして、罪を犯した精神障害者を強制的に精神病院に入院させている。これが現状である。だからと言って、精神障害者のみを対象として新しい法律を作ってもよいという理由はない。あくまでも現法律のみをもって精神障害者の犯罪も取り扱うべきである。

犯罪を犯した精神障害者の処分と治療

 犯罪を犯した精神障害者であれ、法に従い裁判を受けるべきである。ただし、同時に手厚い治療も不可欠である。十分な治療を受けながらでも裁判を受けることはできうると考える。健常者のペースでの裁判はできる限り避けるべきである。そこにこそ法律の弾力的運用が求められる。
 仮に実刑判決が下され服役処分となった場合でも、十分な精神科の治療を受けながらの服役は可能であろう。私は詳しくはないが、医療刑務所の中で治療を受けることもできないことではないと考える。犯罪は犯罪、治療は治療として明確に分けて捉えなくてはいけない。

今回の法案の問題点

 今回の法案が検討された経緯がまず問題である。小泉総理が池田小事件などに過敏に反応し、早急に触法患者に対する法案を策定するように閣議決定に及んだ。日本政府の無為無策の精神医療行政に対する反省もなくである。
 旧厚生省は、世界の潮流とは反対に全国各地に精神病院を造り続け、今や、入院患者数は絶対数においても、人口比においても世界一になってしまった。精神科特例という特例を国は認め、一般病院に比べ医師は一般科の3分の1、看護職は2分の1でよいとしてしまった。治療という名目で患者隔離政策が今も続いている。精神病は治っても地域や家庭に帰ることができない患者は10万人とも言われている。日本の政治家、官僚の中で精神障害者に対し、偏見差別を持たず正しい理解ができる人は果たしているのだろうか。
 ハンセン病患者に対し、正式に国が謝罪したのは確か1年前の出来事ではないのか。ハンセン病患者に対する隔離政策に対して、本当に国が反省しているとは信じ難い。
 さらに、精神障害者は恐しい存在とする多くのマスコミの報道を信じている国民は多い。政治家や官僚においても多分同じ認識ではないか。そのような偏見の中で、今回の法案が十分な審議・検討された形跡はない。私たち、精神障害者団体からのヒアリングもなく、常に一方的に重要な問題をいとも簡単に決めてしまおうとしている。いつも社会的弱者に陽は当たらない、逆に少数派を排除してきた歴史がこの日本にはある。そして、それは今日も続いている。
 次に今回の法案は「心神喪失・耗弱で不起訴」「心神喪失で無罪確定」「心身耗弱で執行猶予確定」となった重大犯罪者に対し、強制的に治療を受けさせるところに問題がある。非精神障害者が同様の処分が決定しても何もないのに、精神障害者だけが処分を理由に強制治療を受けなければならない理由はない。さらに、運用次第では半永久的に精神病院に隔離することも可能となってしまう。精神障害者だけが特別扱いされる点が人権の問題としても納得できない。一般受刑者には更生させることを目的とするのに対し、精神障害者に対しては人権を奪う法律である。
 そして、1974年廃案となった「保安処分」の内容とあまりにも酷似している点が気になる。「再犯のおそれ」「地方裁判所の役割」「専門病棟のあり方」等々、数え切れない程、精神障害者の立場から見た場合、問題点があまりにも多すぎるのではないだろうか。

おわりに

 残念ではあるが、犯罪は常に存在する。しかし、精神障害者が犯罪を犯すとマスコミは警察報道を拡大し、週刊誌やテレビ局は、いかにも精神障害者は特別な存在で恐いものであるとの前提で、社会からその存在を排除しようとする。精神病という世間から嫌われ恐れられる病気になった者たちの気持ちを真に理解できる人たちは非常に少ない。今こそ、精神科医療の充実と地域で精神障害者が普通に生活できる環境づくりが急務である。たとえ障害者であったとしても、一人の人間として地域社会の一員として、胸を張って生きていける社会を強く望んでいる。

(こがねざわまさじ NPO法人全国精神障害者団体連合会副理事長)