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新しい法案の問題点と危険性

永野貫太郎

入院要件並びに入院継続要件としての「再び対象行為を行うおそれ」の認定について

 私は今度の法案による入院は法律的な意味ではいわゆる「保安処分」ではなく、入院・退院の条件を措置入院以上に厳しくした新しい入院制度だと考えています。しかし、入院の要件を見てみますと、特定の犯罪行為の原因となった精神障害のために、再び特定の犯罪行為を行うおそれがあると認められる場合(法案48条)となっているので、この入院は再度の犯罪を防止するためであることは明らかですので、「保安処分」を検討したときに問題となった多くの問題点は、今度の法案についても当てはまるものであって、多くの危険性を内包しているものであると思います。以下、問題点について述べます。

 この問題は、十数年前に「保安処分」制度を導入するか否か議論が行われた時も重要な論点の一つとなったものです。この時参照した論文では、熟練した専門医であっても危険性の予測は20%程度しか的中しないとされていました。現在もこのような状況を覆す報告は出されておりません。したがって、再度の危険行為を精神障害の故に犯すおそれがあるとの予測に基づき、精神病院へ入院させるのであれば、危険な1人を収容するために危険でない者4人を収容しなければならないという矛盾を抱えることになります。
 これは専門の精神科医の行った判断についての評価ですが、今度の法案では、入院の決定は精神科医1名と裁判官1名で判断し、その判断が一致した場合入院となります。ここで注意しなくてはならないのは、裁判官は過去の時点、つまり犯罪の行われた時点における責任能力の有無については、それを判断した経験を有していますが、将来(たとえば6か月以内に)再び特定の犯罪行為を行うおそれがあるか否かを判断した経験は全くありません。
 またわが国の精神科医も、過去の一時点の責任能力の有無や措置入院時の自傷他害のおそれの有無の判断については経験を持っていますが、将来再び同じ犯罪行為を行うおそれを有するか否かの判断は誰も今まで求められたことはないのです。ちなみに、措置入院の自傷・他害のおそれの要件は、厚生大臣の定める基準(昭和63年4月8日厚生省告示125号)によって、その判定について具体的な病状及び状態像が特定され、このような病状及び状態像が消滅した時は措置解除(法29条の4)をしなければならないことになっています。
 これに対して、本法案の「再び対象行為を行うおそれ」について、どのような具体的基準(病状や状態像)によって判断されるのかが、そもそも精神医学的に確定しておらず、従ってどのような状態になれば法案の言う「再び対象行為を行うおそれがあると認めることができなくなった」ということになるのか。またその立証責任や立証の程度についても何も法定されていません。このような状態では、諸外国の経験に照らしても、わが国においては合理的な精度をもって予測をすることは到底期待できません。前記のような不確実、不確定の要件を長期の拘禁性の強い入院の要件とすることは、まさに「恣意的な」拘禁を禁ずる、わが国も批准済みの国際人権自由権規約9条1項に違反するものです。

裁判所による事実上の有罪認定とスティグマ

 今回の法案では、入院等の対象者は特定の犯罪行為を行ったことを裁判所で認定できることが前提になっています。もちろん入院を決定するのは刑事裁判所ではなく、またその手続も刑事訴訟手続ではありません。手続は非訟手続です。その意味は、当事者間の紛争を当事者主義的訴訟によって決着させる手続ではなく、本来は行政的行為であるが、公正を担保するため特別に裁判所が判断をするための手続、といった意味です。従って今回の入院手続では、前提となる犯罪行為の存在を認定される場合も、刑事裁判のように入院対象者に適正手続―たとえば伝聞証拠の排除―直接証人に反対尋問を行う機会の保障や、認定事実の証明の程度もいわゆる「合理的な疑いを入れない」程度の証明を要求するわけではありません。捜査記録や公判記録等の書面が反対尋問なしで事実認定のために用いられることになります。ですから、通常の刑事裁判による有罪の認定に比べると、その信頼性については問題があることになります。
 しかしながら、いずれにしても裁判所による有罪の認定となるわけですから、社会からは今回の法案に基づいて入院した患者等には、有罪判決を受けたのと同様であるとのスティグマを押されてしまうでしょう。もし裁判所において犯罪事実の認定をするのであれば、やはり刑事裁判と同様な厳密な適正手続の保障や合理的な疑いを入れない程度の証明を要求しなければ、おかしいのではないでしょうか。

入院者らによる退院請求に基づく手続の問題点

 今回の法案では、検察官の申し立てる最初の入院の請求の時は必ず外部の専門医が鑑定をし、審尋の期日も開かなければならなくなっています。一方、入院者等が退院許可を申し立てた場合は、鑑定も必要がある場合にのみ認められ、直接意見を述べる機会を与える審尋期日も開かれなくてもよく、また弁護士である付添人もこの場合は必ずしも存在しなくてもよいとなっています。検察官申立ての場合と比較してあまりにも片偏な取り扱いではないでしょうか。

(ながのかんたろう 弁護士)