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みんなのスポーツ

精神障害者のバレーボール

田所淳子

1 はじめに

 精神障害者を取り巻く状況は、ここ近年、法律の改正や地域の実践・変化とともにずいぶん様変わりしてきました。しかしスポーツに関していうと、その昔、精神障害者領域の中ではあくまで精神病者を対象とした治療的な手段の意味合いが強く、入院患者の運動不足解消、攻撃性の昇華代用など、狭い範囲で用いられるにすぎませんでした。ところが、「障害を抱える精神障害者は福祉の対象」という理念のもと、制度の変化とともに医食住への支援サポートが徐々に進み、最近は余暇の過ごし方や生きがいを通じての社会参加・社会活動の場が整備されるようになり、レクリエーションとしてのスポーツや、競技としてのスポーツに取り組める場や機会が各地で見られるようになってきました。

2 精神障害者スポーツの夜明け

 社団法人日本精神保健福祉連盟(以下「連盟」)の中に平成11年、障害者スポーツ推進委員会が設置され、全国の精神障害者スポーツ振興に関する基礎的調査や研修、フォーラム事業を行ってきました。また、平成13年度より「全国障害者スポーツ大会」として身体障害者と知的障害者の全国スポーツ大会が統合されたことから、「何とか精神障害者も大会に参加、あるいは関連スポーツ事業をできないものか」と、地元宮城県精神保健福祉関係者らと協議を重ねた末、平成13年9月20日、精神障害者史上初の全国大会を開催しようということになりました。
 精神障害者領域におけるスポーツ振興の深度は地域によってさまざまですが、連盟の調査によると、種目ではバレーボールの普及度が比較的高く、また扱いやすさからソフトバレーボールを使用している大会が多いというデータも参考にし、関係者らは協議を重ねました。その結果、6人制バレーボールのルールを基本とし、ソフトバレーボールの使用や細部を改変した大会用の精神障害者バレーボール競技規則に基づき、第1回大会が行われることになりました。

3 全国大会がきっかけに進む地域振興

 第1回大会は、開催地が仙台であることから、北海道東北ブロックを中心に、関東や次期開催予定である高知県など、13チームが出場することとなりました。参加に向けて、県大会を開催したり、当事者の社会参加意欲が高まってくるなど、各地でさまざまな効果が見られたようです。精神に障害をもちながらもスポーツを楽しみ、他者と交流をする姿は、マスコミや広報を通じて社会に発信され、関係者やご家族の大きな勇気と自信につながっていったと確信します。

4 高知県での取り組み

 高知県でも仙台の第1回大会に参加するため、県立精神保健福祉センターが窓口となり、参加希望者を募りました。夏の暑い日に体育館で練習を重ね、よき指導者のもと、チームプレイの楽しさを味わい、技術力も確実にアップしていきました。
 仙台の大会では初戦で福島県と対戦しました。大きな大会で緊張してしまい、調子が出るのに時間がかかりました。やはり特別な晴れ舞台で普段の実力を発揮するには、場慣れや精神的コントロールなどが必要だと感じました。試合は2セット目を取ったものの惜敗。来年への闘志を新たにしながら仙台での経験は、選手たちにとっても一生忘れることができない記念日になったことと思います。
 大会後、高知に帰ってきてから「集まれる日に練習をしよう。来年に向けて力をつけよう」と当事者たちから声があがり、メンバーの中から世話役をしてくれる人が出てきました。月に2回、日曜日、高知市近辺の公立・民間の体育館を予約。費用は当日参加した人数で体育館使用料を割カン。練習日一覧表を作り、関係機関にも情報提供しながら練習を重ねました。仙台での活躍や、日曜日の地道な練習が徐々に当事者に口コミで広まっていき、練習をのぞきに来る見学者もちらほら。「バレー、実は好きなんだよなあ」「友達に誘われてきたけど、やってみると結構楽しい」ひとりふたりとメンバーが増え、冬、春、夏と練習を続けた彼らは、一段と技術を身につけ、度胸もついてきました。
 仙台大会からの盛り上がりに加え、日曜日チームの頑張りは、精神科病院のデイケアスポーツや社会復帰施設で行われるスポーツの盛り上がりに、大きなうねりとなって伝播していきました。今や高知県の精神障害者領域では、バレーボールを中心に、以前にも増して大変スポーツが盛んになされるようになってきました。

5 精神障害者とバレーボール

 精神障害者の領域におけるバレーボールは前述のように、正式なスポーツ体系として形作られたものではありません。ですから、ルールにしても6人制バレーボールを基本としながら、ソフトバレーボールの要素を含んだ面があります。また精神障害者と言われる人たちのベースには精神疾病があり、多くの方が服薬をしています。薬の副作用等から、俊敏な動きが苦手であったり、疲れやすい、持続力が続かない等に対応するため、ネットの高さや使用ボールなど、少し変則的にしています。しかし今後、競技スポーツとしての振興をめざすならば、できるだけ折衷案から本来のルールに近づけていくことも検討が必要でしょう。
 また、精神障害者の方は一般的にストレスに脆(もろ)い、と言われます。練習を続けることは楽しい反面、身体的に負荷がかかりますし、習得するべき課題や未経験の出来事に立ち向かうことも出てくるでしょう。失敗が苦になり、大きなストレス状態に発展する可能性もあります。自分の動機付けがはっきりしていたり、「好きだからやりたい」ということであれば乗り越えられることもありますが、そうでない場合には、かえってスポーツをすることが苦になり、心身ともに不調になってしまうこともあります。
 そうならないためには、
●無理をしない、させない
●身体的な怪我にも気をつける
●当事者同士で情報交換をしながら支え合う体制を作る
●技術を高めてくれる援助者だけでなく、対人援助職の人にもかかわってもらう
などの工夫が必要です。「集団全体と個別へのフォロー」「技術の向上と心身の健康への気配り」など、両面からのアプローチをバランスよくしていく必要があります。
 数多くのスポーツがありますが、精神障害の特性に対し、バレーボールなどチームで行うスポーツはメリットも多いようです。精神障害をもつ方の中には、共同作業や手順の把握、臨機応変に対応することが苦手、など認知面での障害がよく見られることから、プレイ内での連係動作の反復や場面の習得、状況の認知、声を出しながらの相互行動、失敗からの学習や自信回復が自己肯定感の向上につながったり、障害の緩和になることもあるのだと思います。

6 11月には「よさこいピック高知」開催

 仙台での第1回大会に続いて、平成14年11月10日(日)、高知県香美郡野市町にある高知県立青少年センターにおいて「第2回全国精神障害者スポーツ(バレーボール)大会」を高知県で開催するよう準備をしていましたが、これは、11月9~11日に開催される「第2回全国障害者スポーツ大会(よさこいピック高知)」のオープン競技として位置づけられています。
 この全国大会には中四国のほとんどの県や、北海道東北ブロック、関東ブロック、次期開催県など14チームが参加し、熱戦が繰り広げられる予定です。「障害がある、ないは関係ない。とにかくバレーが好きなんだ。楽しい。勝ちたい」と老若男女、多くの方々が集い、にぎやかに大会が行われることでしょう。ぜひ、多くの方にご観覧いただき、一つの球を追う勇者の姿を目に焼きつけていただきたいと思います。

(たどころじゅんこ 高知県立精神保健福祉センター)


●高知県精神障害者スポーツ推進協議会事務局
〒780―0850 高知市丸ノ内2―4―1
高知県立精神保健福祉センター内
TEL 088―823―8609
FAX 088―822―6058

■バレーボールを楽しむメンバーの声

《岡崎恵太さん》

 病院デイケアのバレー大会の時、日曜日クラブのメンバーから「来てみないか」と誘われました。「日曜日はゆっくり過ごしたい」と最初はあまり気が乗らなかったのですが、一度参加してみたところ、練習は厳しいけれども力がつきそうな気がして毎週来るようになりました。練習はハードですが、自分でも力がついてきたような気がします。汗もかくし健康にもよいのだろうと思います。お肌のつやもよくなってきた(笑)。6月の県大会で1位になったときは家族も喜んでくれました。これからも日曜日、頑張って続けていきたいと思っています。


■バレーボールを楽しむメンバーの声

《内ノ村晶さん》

 昨年の仙台大会に出場しましたが、自分たちの実力がどれぐらいのレベルなのかも分からず、不安と期待で一杯でした。でも体育館に入って最初にびっくりしたのは、「精神障害者のバレーボール競技人口がこんなにいるのか」ということ。高知に戻ってきてから、日曜日に練習を始めましたが、日に日に練習も技術的に高度になっていきますし、体力も必要だと感じます。苦しい反面、勝つうれしさやチームを作り上げていく楽しさも味わうことができます。おかげでこの1年間は、その前の1年間と比べて精神的体調も大きく崩れずにやってこられました。バレーボールという大きな目標があったからでしょうね。

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2002年9月号(第22巻 通巻254号)