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みんなのスポーツ

障害のある人のスクーバ・ダイビング

田中俊之

はじめに

 最近、障害のある人のスクーバ・ダイビングに関する報道を目にすることが多くなりました。どの記事を読んでもスクーバ・ダイビングを体験された方々の「ダイビングと出会えて本当によかった」という気持ちが伝わってきます。関係者のひとりとしてとてもうれしく思いますが、これからスクーバ・ダイビングを始めようとする方にとっては、まだまだ情報量が少なく、気軽に始めることは難しいのが現状です。本稿では、障害のある人のスクーバ・ダイビングの実際についてご紹介します。

1 ダイビングショップを捜すことが第一歩

 スクーバ・ダイビングを始めるための第一歩は、ダイビングショップを選ぶことから始まります。ダイビング雑誌やインターネットで調べれば、皆さんが住んでいる地域、あるいは職場の近くにあるダイビングショップがすぐ見つかります。いくつかのダイビングショップを訪ねてみると、講習に力を入れているところやダイブツアーが多いところ、パーティなどのイベントが盛んなところなどダイビングショップによってそれぞれ特徴があることに気付きます。客層も若い人が多いところや、中高年者が多いところなどまちまちですので、自分に合ったところを選ぶことが大切です。
 ダイビングショップでは、ショップのシステムや講習料金、講習にかかる時間などについて説明してくれます。あなたは障害の種類や程度についてインストラクターに具体的に説明することが必要でしょう。もし可能ならば「体験ダイビング」に参加してみることも、よい方法だと思います。最終的にあなたを受け入れられる環境がダイビングショップに整っていれば、「一緒にがんばりましょう」とインストラクターは言ってくれるはずです。

2 ダイビングに使用する道具を工夫する

 スクーバ・ダイビングは他のスポーツ活動と比べると、市販されている用具が豊富にそろっていることが特徴です。マスク、フィン、スノーケルをはじめとして、各メーカーから数多くの種類やサイズのものが販売されています。それぞれ特徴がありますので、器材を購入する時はインストラクターとよく相談することが必要でしょう。たとえば、手指の力が弱い方の場合、吸気・排気バルブのボタンの形状が大きく、そして柔らかく押せるものを選びます。車いすを使用している方の場合、スーツのお尻の部分を厚くしてもらいます。また、着やすいように足首部分に軟らかな素材を使用し、少し太めに作ってもらいます。こうすることで、スーツに脚をスムーズに入れることができるのです。水中で推進力を得るために、指の間に水かきのついたグローブをつけて潜る方もいらっしゃいます。これらの工夫は既製品を自分の障害に合わせてほんの少し工夫したものばかりです。最近は細かな注文に応じてくれる業者もあるようです。自分に合った道具や器材を使うことは、円滑な技術の習得に役立つばかりでなく、水中でのストレスを軽減させ、安全で楽しいダイビングを行うことにつながります。
 1991年に開催された第8回障害者ヘルスフィットネス国際会議「スクーバ・ダイビング実技講習会」の模様です。講師は両大腿切断、右前腕切断の方でした。潜るときはソケットの先にフィンを装着します。陸上にいる時はフィンを取り外すことで、自由に移動することができるように工夫されているのです。障害のある人が工夫と創意を重ねてスクーバ・ダイビングを楽しむ姿に「Adapted Physical Activity」の考え方を垣間みたような気がします。欧米では補助具やルールを工夫し、ボランティアを配置するなどして、だれもが楽しめるように工夫された活動のことを「アダプテッド・フィジカル・アクティビティ」と呼んでいます。
 図1は、実技講習会で紹介された「スクーバ・ダイビング用の義足」の模式図です。製作にあたっては多くの人たちが組織の壁を超えて協力したことを知り、日本でも学ぶべき点が多いと感じました。実技講習会は、できないと思う前に「どうしたらできるようになるかを考える」こと、つまり発想の転換を図ることが新たな可能性を生み出すことを教えてくれたのです。


図1 スクーバ・ダイビングに使用する補助具
図 スクーバ・ダイビングに使用する補助具

3 障害のある人のダイビングを取り巻く環境

 障害のある人がスクーバ・ダイビングを気軽に楽しむという環境は、残念ながら整っていないのが現状です。エントリー(入水)やエキジット(退水)の際に使用する手すりやロープの整備、車いす用シャワー・トイレの整備、段差の解消やスロープの整備など課題は山積しています。障害のある人にとって使いやすい施設はだれにでも使いやすい施設です。ハード面の改善が進むことを期待しながらも、現状の施設をどのように工夫すれば障害のある人がダイビングを楽しめるかを考えなければなりません。場所によっては、車いす用仮設トイレの設置や日陰を作るためのタープやテントの設置をお願いすることもあります。
 また、男性用シャワールームが2階にあり、女性用シャワールームが1階にある場合には、特別に女性用シャワールームを車いす使用者が利用させてもらうこともあります。ベニア板で仮設スロープを設置したりもします。ダイビングサービスの責任者と事前に打ち合わせをし、サポーターの協力を得られれば、円滑にプログラムを進めることができます。
 エントリーポイントが砂浜のようなビーチダイビングであれば、ベニア板を使って車いすを波打際まで移動させ、そこで車いすから降りてエントリーします。場合によっては水陸両用の車いすを使用します。この水陸両用車いすはタイヤが特殊な素材で作られていて、砂でも砂利の上でもスムーズに移動することができます(乗り心地も抜群です)。また、水にも浮きますので波がなければ、ダイバーを乗せた状態で水面を移動させることも可能です。
 一方、ボートダイビングでは、一部の場合を除き、車いすを使用している方が岸から単独で乗船することは困難です。大抵の場合、サポートの方が背負って乗船することが多いのではないでしょうか。エントリー、エキジットの方法は、ボートの大きさやエントリー口と水面との高低差によって大きく異なります。最近は船からのエントリー、エキジットをスムーズに行うためのリフト(ダイバーを水面から船へ吊り上げるもの)やスライダー(船の側面から椅子に座ってエントリー、エキジットができるように工夫されたもの)に関する研究開発も行われるようになってきました。ボートダイビングが気軽にできるようになるのも、そう遠い日のことではなさそうです。

4 おわりに

 学校や会社に勤めている方であれば、1年に1回は健康診断を受けるでしょう。しかし、主婦や自営の方、定年退職された方たちの中には健康診断を受けていない方がいらっしゃいます。スクーバ・ダイビングだけでなく、安全にスポーツ活動を続けるためには、健康診断を受けることが大切です。
 まず、主治医もしくはダイビングをよく理解している医師に、スクーバ・ダイビングを行ってよい状態であるかどうかを相談することが必要だと考えます。医師が見当たらない場合には、ダイビングショップに相談してみるのもよいでしょう。医師を紹介してくれるはずです。ダイビングをはじめたら、1年に1回の定期健康診断を受け、医師と健康状態について話し合いの機会を持つようにしてください。医師やインストラクターと定期的に相談できる状況をつくりだすことは、事故を未然に防ぐことにもつながります。健康管理と技術維持に努め、安全に楽しくダイビングを続けてほしいものです。

(たなかとしゆき 埼玉県障害者交流センタースポーツ指導課)


【参考文献】
1)田中俊之:第8回障害者ヘルスフィットネス国際会議に参加して、戸山サンライズ情報第80号19―22頁、1992
2)近藤勝三郎訳:身体障害者のためのスクーバ・ダイビングマニュアル、東海大学出版会、1993
3)椎名勝巳:ウエルカム! ハンディキャップダイバーようこそ「車椅子のいらない世界へ」、中央法規出版、2001
4)山見信夫:Dr.山見のDiver’s ClinicからだとダイビングQ&A、サンエティ、2002