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寄り添う医療

田中総一郎

 皆さんが病院を受診されて通される外来診察室は、どんなところでしょうか。ご自分の健康状態や病状だけでなく、病気と向かい合っていくときの日常生活についても、ゆったりお話しできる和らいだ雰囲気があるでしょうか。しかし、たいていは立派ないすに医者が座を占め、患者さんは小さい背もたれもないいすを与えられます。もうこの時点で、上下関係ができてしまい、「医療は患者に与えるもの、患者は教育するもの」という観念に支配されてはいないでしょうか。
 現在、私は療育センターの母子入院病棟で働いています。障害をもった、まだ生まれて間もない子どもさんとそのお母様が一緒に入院し、リハビリを受けながら子どもとそしてその子のもつ障害と向き合う貴重な時間を共有しています。重い障害をもつ子どもさんは、息をする・食事をする・泣いたり笑ったりする、そんなごく当たり前のことさえ困難を伴います。少しでも楽に呼吸ができたら笑顔が見られるだろうに(その笑顔は一生懸命育てているお母様にとってどんなにうれしいでしょうか)…。ここで私は、「医療は豊かな生活をするための道具のひとつである」と教えられました。これからの医療者に求められる姿勢は、もっと患者さんの生活を知ること、良いパートナーシップを作り、「与える医学でなく寄り添う医療」を提供することと考えます。
 昨年、宮城県で県職員による事業提案・実施の募集がありました。これまでの福祉・医療でお会いした方々から教えを請い、また協力して「重度障害児者が地域で安全に楽しく暮らせるグループホーム作り」を提案しました。障害が重ければ生きていくのに医療の助けが必要です。しかし、地域生活に医療の手助けは乏しいため、病院や施設、または在宅生活のいずれかしか選択肢がないのが現状です。他に生き場所はないの? 親御さんが歳をとった時、子どもを支えてくれる場所は? 地域で医療が受けられ、自分の生活ができる家。障害があっても、いろんな人と交わりながら生きていく楽しみがほしいから、同じ障害の方だけでなく、若い人もお年よりもいてお互いに助け合う家。私達が提案したグループホームはとっても欲張りですが、実は皆さんの生活にとってはどれもごく普通なことではないでしょうか。福祉も医療も生活から離れないように、かかわる人みんなで知恵を出し合っていければと思います。
 ところで、こんど診察室で医者と患者のいすを取り替えてみませんか?

(たなかそういちろう 宮城県拓桃医療療育センター小児科主任医長、地域・家族支援準備室長)