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ケアについての一考察

高次脳機能障害者が地域で
生活をするうえで必要なサービス

生方克之

はじめに

 高次脳機能障害は、脳卒中や脳外傷、低酸素脳症などの脳損傷により生じる障害です。高次脳機能障害の方は、記憶障害や注意障害、遂行機能障害、情報処理や洞察能力の障害、自己の障害認識能力の低下や、情動面では感情表出や行為の不適切さなどにより活動制限や参加制約を受けています。ただし、高次脳機能障害は、前記以外にも広範な障害状態を示す用語です。高次脳機能障害が「多彩な」と修飾されるように実際の障害像はさまざまであり、必要とされる支援も個別的です。

Aさんについて

 Aさんは、賃貸住宅で母親と二人暮らしです。20歳の時に通勤中のバイク事故で脳外傷となりました。軽度の失調症がありますが、身体機能面からの生活制限はありません。Aさんは、新しく経験したことを記憶に留めておくことや、必要な情報を選択し手順に沿って作業を行うこと・考えをまとめることなどが難しくなっています。また、自宅では感情を爆発させて物を壊すようになりました。生活管理には家族の対応が不可欠でした。
 職場が好意的で簡易作業で復職しましたが、仕事にならず退職となりました。Aさん自身は、受傷前の仕事ができると思っており、配置転換に納得はしていませんでした。Aさん自身も強いストレスを感じていましたが、支援の必要性についての認識はありませんでした。家族は、Aさんへの対応に戸惑いながらいつ怒りだすかと緊張状態で過ごし、精神的にも危機的な状況に追い詰められていました。

支援のはじまり

 受傷後5年を経過してから家族が当事者会に入会し、家族は仲間の存在を知るとともに、Aさんの支援に関する情報を得て具体的な支援が動き始めました。Aさんはてんかん発作もあり、まず地元の総合病院のほかに精神科専門病院に受診をはじめ、精神科薬の服用を開始しました。同時に、社会参加の糸口をつかむために身障通所授産施設の利用を開始しました。利用当初は必要性をあまり感じず消極的で休みがちでしたが、職員との信頼関係が作られ、欠席もなくなりました。障害理解に基づいたAさんへの課題のフィードバックと社会生活力向上のための取り組みが行われ、通所のための電車利用の自立、記憶の代償方法の習慣化などが図られています。現在、Aさんは、就労準備として地域作業所の利用を考えています。

障害者福祉サービスにおける課題

 Aさんは、身体障害者手帳(5級)と精神障害者保健福祉手帳(2級)を取得していますが、今後の生活に必要となる福祉サービスを活用するうえではいくつかの問題があります。Aさんは一人では外出ができませんが、ガイドヘルパーの利用対象にはなりません。また、単身となりグループホームを活用する場合には、Aさんの生活管理力の程度では精神障害者グループホームの利用は難しく、精神障害者保健福祉手帳取得者の知的障害者グループホームへの相互利用も実態としてほとんど進んでいません。
 ちなみにAさんよりも重度な高次能機能障害で発達段階以降に障害をもたれた方の場合には、在宅介護に困難が生じた時に一時的および長期に受け入れる福祉施設はなく、仮に社会的入院を受ける病院があっても本人および家族には大きな負担を伴います。
 この背景には、障害状態からは必要なサービスであっても、当該障害者手帳がなければサービスを活用できないという制度的な課題があります。
 高次脳機能障害の方の地域生活や社会参加を進めるためには、身障・知的・精神の障害間の相互利用など個別的状態に対応するための枠の緩和が重要になります。
 なお、高次脳機能障害の方への支援では、受傷前後での社会生活力の違いを本人が十分認識できない場合が多くあります。高次脳機能障害の方の場合には、なぜ支援が必要かを理解してもらい支援に結びつけること(ただし結びつく先がない問題がある)、それに就労や地域資源の活用が開始された後に状況の変化に対処する継続的な支援が重要になります。

おわりに

 Aさんの場合には、リハビリテーション機能を備え、高次脳機能障害に対して支援力をもった身障通所授産施設の利用ができたことにより、適切な支援が実施され地域作業所との連携や必要時の再介入も計画されています。また、労災制度など福祉サービス以外の制度活用などを含めた各種相談への対応者や当事者会の存在もAさんの生活の再構築には、欠かせなかったと思います。
 今後の「高次脳機能障害支援モデル事業」の成果に期待が寄せられます。

(うぶかたかつゆき 神奈川リハビリテーション病院相談科)