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知り隊おしえ隊

ネイチュアフィーリングに出かけませんか

瀬川三枝子

 スタッフ仲間のKさんと待ち合わせてJR新宿駅御苑口の改札を出ます。日曜日の午前10時前、新宿の街はいよいよ活動開始という感じです。晴れていればもちろんうれしい、でも雨が降ってもやっぱり楽しい、こんなことを考えながら新宿御苑に向かいます。近づくにつれ都心の雑踏は遠のき、ゆったりした雰囲気が私たちを迎えてくれます。

新宿御苑「母と子の森」で

 新宿門から入園し、豊かな芝生を踏みしめて「母と子の森」看板前に到着です。毎月1回開催しているネイチュアフィーリング自然観察会の集合場所です。参加者全員の自己紹介の後、スタッフのOさんからネイチュアフィーリングについて簡単に説明があります。
 「この観察会はだれかが前に出て先生みたいに説明するのではなくて、ここにいるみんな一人ひとりが発見した物を見せたり、五感をつかって自然を感じたり楽しんだりします。植物の名前を覚えるのではなく、触ったり食べたり聴いたりして、のんびり過ごしましょう」
 じゃあ行きましょうか、の声でみんなで母と子の森に入ります。もうスタッフとか参加者という区別はありません。目の不自由な私はだれかと手をつないで歩きます。先月見た時は、葉っぱが残っていた木もすっかり落葉していたり、落ち葉がずいぶん積もっていたりと季節のうつろいを感じていると、近くでだれかのはしゃぐ声。はやる心を抑えて私たちもかけつけます。こんな自然観察会の風景が10年も続いています。
 毎月同じ場所ですが、少しも飽きることはありません。それどころか次々とワクワクすることに出会えるのです。葉っぱを落とした木は春になると突然芽が出るものと思っていたら、落葉の側で冬芽が準備され、春をじっと待っていることを知り、私も冬に耐えられそうだと思ったのも、白梅と紅梅が香りで区別できることを発見したのもこの森でした。
 いつものようにいつもの場所をゆっくり散策し、虫を見たり風を聴いたり、草笛を作ったり茸を分解したりと、五感で自然を満喫して2時間が過ぎていきました。終わりのあいさつはシンプルで、難しい感想を言い合ったりすることはありません。来月を楽しみにしながら解散です。

月に一度の自然観察会

 新宿御苑をフィールドに月一度のネイチュアフィーリング自然観察会が始まったのは、1993年7月のことでした。当時は日本自然保護協会が、みどりの日の催しとして年1回開催していました。しかし年1回では、今年参加できなければ今度は1年後になり、これでは楽しみにしている参加者もきっと残念なはず、毎月やれば好きな時に来ることができる、催しのように賑やかにではなく、ささやかでいいから細く長く続けよう。こうした気持ちで集まった自然観察指導員の仲間で「ネイチュアフィーリングを進める会」を結成し、毎月開催していくことになりました。私もスタッフとして最初から参加しています。みどりの日は協会との共催で百人規模の観察会になり、それ以外は10人から20人程度の参加者で、のんびりした観察会になっています。
 さて、少し堅い話になりますが、ネイチュアフィーリング自然観察会について詳しく説明したいと思います。
 ネイチュアフィーリング自然観察会は「身体の不自由な人たちと共に楽しむ自然観察」として、日本自然保護協会が普及を進めている自然観察会の一つです。日本自然保護協会は、水力発電用のダム建設から尾瀬を護ろうと、1949年に結成された「尾瀬保存期成同盟」が発展して、1951年にできた団体で、無謀な開発から自然を護り、自然の大切さを広く訴えていくことを主な活動としています。自然の大切さを知ってもらうにはまず親しむことから、そして親しむことを手助けする人たちをつくろうと始まったのが自然観察指導員というボランティアの養成です。協会が主催する講習会を受けた指導員たちはいろいろな形で観察会を開いて、たくさんの人たちに自然のすばらしさを伝えています。

五感をフルに使って感動を分かちあう

 ところで、協会がめざしている自然観察会は、「何時(いつ)でも何処(どこ)でも誰(だれ)とでも」できるものです。しかし観察会の多くは、リーダーが前に出て一方的に説明したり、短時間でたくさんの距離を移動して盛りだくさんな内容になったり、名前を覚えることが目的になってしまったりと、親しむよりも勉強になっているのが実情です。そしてこのような観察会では「だれもが参加できる」ことからほど遠い状況になってしまいます。
 自然観察会は知識の習得が目的ではなく、自然は心地よいもの、というように、感覚的に味わうところから始まります。つまり、五感をフルに使って楽しめるものです。五感をつかって楽しく過ごすには、ゆっくり・じっくりが基本です。その人なりのやり方で自然と出会い、時間をかけて心ゆくまで触ったり聴いたり眺めたりできれば、身体の不自由な人たちも遠慮することなく参加して、感動をみんなで分かち合うことができます。これが「ネイチュアフィーリング」なのです。
 「ネイチュアフィーリング」という名前は、協会活動の中心を担ってきた人の1人故青柳昌宏(あおやぎまさひろ)先生が考えたものです。先生は、筑波大学付属盲学校で生物を教えていた時、生徒たちの豊かな観察力に感動し、これこそ自然観察の原点だと、五感を使いさまざまな立場の人たちが一緒になって自然と戯れることのすばらしさをこの言葉に託しました。

研修会の開催と「いつでもどこでもだれとでも」

 協会では年1回、ネイチュアフィーリングの普及を目的に、指導員や関心のある人たちを対象にした研修会を行っています。ここでは、身体の不自由な人たちが安心して参加できる観察会を開くために知っておいてほしいことを学びます。私も目の不自由な立場から、誘導や安全への配慮、さらに視覚以外で自然を感じることなどについて話しています。受講者の方々から研修会の感想として、「ネイチュアフィーリングは特別なことではなく、本来の観察会の姿だ」という声を聞けた時にはうれしい気持ちになります。すべてがどんな人でも参加できる観察会になれば、ネイチュアフィーリングという言葉は必要なくなるでしょう。
 ところで研修会では、障害者は身体の不自由な人たちばかりでなく、知的障害や精神障害のある人もいるのになぜ触れないのか、という声を聞くことがあります。研修会で身体の不自由な人に焦点をあてるのは、車いすの操作・コミュニケーション・誘導の際の安全など、不自由さを補う基本的な配慮について知っておいてほしいことがあるからです。しかし「障害」ごとに人の特性があるわけではなく、人それぞれだと思えば「身体・知的・精神」などと「障害分類」する必然性はありません。参加者は老若男女入り乱れ、なのです。
 だれでも参加できることを伝えるために、ネイチュアフィーリングは「身体の不自由な人たちと共に楽しむ自然観察」と言っていますが、「身体の不自由な人」がそこにいなくても、五感を使ってゆっくり・じっくりやるのは、やっぱりネイチュアフィーリングです。最後に、「ネイチュアフィーリングを進める会」で案内リーフレットを作った時に、ネイチュアフィーリングへの私たちの思いを伝えるために生まれた言葉をご紹介しましょう。
「感じる心元気ですか!」

(せがわみえこ 財団法人日本自然保護協会自然観察指導員)

  • ネイチュアフィーリング自然観察会は各地で始まっています。4月29日には新宿御苑でみどりの日の催しとしても開かれます。ぜひご参加ください。
    詳しいことは、日本自然保護協会普及広報部(TEL 03―3265―0525・FAX 03―3265―0527)までお問い合わせください。