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身体障害者補助犬法とは

奥克彦

はじめに

 冒頭に、一番大切なことを書いておきます。身体障害者補助犬法について、これだけは覚えておいてください。「2本の政策的柱 1良質な身体障害者補助犬の育成、2アクセスの保障」です。逆に、これさえ覚えていただければ、本稿の目的もほとんど達したと思っています。
 この人はいきなりなにを言い出すのか、と思われたかもしれませんので、自己紹介をしておきましょう。筆者は、衆議院の職員として身体障害者補助犬法の立案に携わった、いわば同法のゴーストライターとでもいうべき人間です。本稿の読者には法律になじみのない方が多いと思いますので、できるだけ平易に、身体障害者補助犬法とこれを巡る状況について、お話ししていこうと思います。

1.身体障害者補助犬を巡る立法以前の状況

 まず、今回の立法措置が行われる前における盲導犬、介助犬及び聴導犬(身体障害者補助犬法によりこれら3種の犬を「身体障害者補助犬」と総称することとなりました)の日本法上の取扱いについてみてみましょう。盲導犬については、視覚障害者が道路を通行するときに白杖の携帯または盲導犬の同伴の義務を定めた規定が道路交通法にあり、また社会福祉法及び身体障害者福祉法に障害者福祉の観点からいくつかの規定がありました。盲導犬を利用する障害者の社会へのアクセスについては、公共交通機関、飲食店等について受け入れられたい旨の通達が厚生省等からされてはいましたが、アクセスを保障する法律はなく、現実にもアクセスを拒否される事例が多々みられたようです。一方、介助犬及び聴導犬については、育成、障害者福祉、アクセスいずれの観点からも法律の規定はありませんでした。
 一方、諸外国の状況はどうでしょうか。有名なADA法(障害をもつアメリカ人法)を有するアメリカが、盲導犬、介助犬及び聴導犬を含む障害者のためのservice animal一般について公共施設へのアクセス権を保障するのを初めとして、オーストラリア、フランス及び韓国が盲導犬及びその他の身体障害者を補助する犬ないしは動物について、スペイン、ニュージーランド、イギリスが盲導犬について、アクセスを保障する法律を有しています。少なくとも盲導犬についていえば、先進国ではアクセスは保障されているといっていいでしょう。もっとも、育成についてまで法律で言及している国は多くはないようですi)

2.身体障害者補助犬法の制定経緯

 筆者が今回の法制定につながる立案依頼を衆議院議員から伺った時、以上のような状況を前提に、二つのテーマを与えられました。
 一つめのテーマは、良質な介助犬の育成です。「日本において、介助犬は、さまざまな者が独自の流儀により育成を行ってきたし、今後もその傾向が拡大されていくと思われる。しかし、障害の種類が多様であり、障害が進行することもある肢体不自由者については、医療従事者と連携して障害について十分把握し、福祉関係者と連携して障害者の生活にどう介助犬を組み入れるか計画を立てたうえで介助犬を訓練しないと、介助犬が十分その用をなさなくなる。また、介助犬に利用される犬種には失明や歩行不能を発症する遺伝性疾患が多いが、これをチェックしないまま訓練をする例も多い。諸外国の例をみると、育成団体が独自の歴史を積み重ね、問題のある育成体制であってもこれが既成事実として固定化されてしまえば、もはや育成について公的基準を作ったりすることは不可能となる。日本では、実働頭数10数頭と実績が少ないうちに、理想的な育成体制を法律として提示し、これへの誘導を政策として行いたい」ということでした。
 二つめのテーマは、介助犬使用者の社会へのアクセスです。「介助犬は生きた自助具であり、障害者が自立して社会参加するためのツールである。しかし、介助犬を連れた障害者の社会へのアクセスが保障されていない現状では、介助犬をもつことがかえって社会参加を困難にしてしまう。この現状を是正したい」ということでした。
 この二つのテーマが、そのまま身体障害者補助犬法の政策的柱を成すことになります。
 さて、先程「介助犬について」テーマを与えられたと書きました。今回の法制定の母体となったのが、約100人の超党派の国会議員からなる議員連盟「介助犬を推進する議員の会」だったからです。このように介助犬について始めた検討ですが、実働が当時10数頭の介助犬について立法措置を講じる場合、特にアクセス保障については、実働が900頭近い盲導犬に同様の措置を講じない選択肢はあり得ません。また、時代の要請からして、聴導犬も同じく対象とすべきでしょう。というわけで、介助犬のみならず、盲導犬及び聴導犬も法律の対象とすることになりました。「介助犬を推進する議員の会」も後に「身体障害者補助犬を推進する議員の会」に改称されることになります。
 その他、具体的な政策が確定していく過程は紙幅の関係もあり省略します。興味のある方は、『介助犬』(高柳友子著 角川ワンテーマ 2002年4月刊)162頁以下、毎日新聞の連載「介助犬シンシア」ii)等を参照してください。
 2001年12月には案文が固り、身体障害者補助犬法案と、関連する社会福祉関係の法律3本を改正する法律案、計2本の法律案が、与野党7党の共同により、秋の臨時国会の衆議院に提出されました。これらの法律案は、継続された2002年の通常国会において、4月11日衆議院を通過し、5月22日参議院本会議での可決・成立に至ります。施行日は、介助犬及び聴導犬の訓練事業に関する規定が2003年4月1日、不特定かつ多数の者が利用する民間施設の受入義務の規定が2003年10月1日、これら以外の大半の規定が2002年10月1日です。

身体障害者補助犬法の概要

1.中心となる条文

 ここからは、別掲の身体障害者補助犬法の条文を参照しながら読んでください。身体障害者補助犬法は、頭の整理がかなり簡単な法律だと思いますので、怖がることはありません。
 法律の読み方にはこつがあります。それは、一条から順番に読んでいくのでなく、その法律の中核となる条文を押さえたうえで、その部分の政策を実現すためにどのような従属的な条文が置かれているのか考えながら読んでいく、ということです。法律に置かれている条文は、すべてが同じ政策的重みを背負っているわけではなく、中核となる条文と、これを補う従属的な条文とがあります。今回の法制定は、1良質な身体障害者補助犬の育成、2身体障害者補助犬を利用する身体障害者の社会へのアクセスの保障、の2本の政策的柱に要約できます。これを具体化した規定、つまり、1についての三条から五条までと、2についての七条から十一条までとが、今回の立法措置の中核となる条文です。

2.第一の柱:良質な身体障害者補助犬の育成

1 訓練事業者の義務

 三条から五条までの規定を読んでいただければ、補助犬法の制定経緯で前述した一つめの課題に答えるべく書かれたことがお分かりいただけると思います。
 まず三条一項は、すべての場合において訓練事業者が遵守すべき義務を定めた、質の確保に関する基礎的な規定です。犬の「適性」の内容としては、遺伝性疾患がないことその他の健康面、性格や体格が期待される補助をするにふさわしいこと等が挙げられます。明示されている医療従事者や獣医師との連携のほか、リハビリと適切に組み合わせること、本人の自立に身体障害者補助犬の活用を組み込むことについて福祉関係者と話し合うこと等も、訓練事業者に要求されます。
 四条は、障害が進行する場合はアフターケアの必要性が特に高いことから、訓練事業者にアフターケアを行う義務を課した規定です。ただ、障害が固定化しているとしても、適切な再訓練を行わないと身体障害者補助犬がペットのようになってしまうといった弊害が出ます。そこで、五条を根拠として、身体障害者補助犬法施行規則(厚生労働省令)一条から三条までにおいて、一般的なアフターケアの義務が課されることとなりました。
 五条も、身体障害者補助犬法施行規則で定められた身体障害者補助犬の訓練基準の法的根拠として重要な規定です。

2 監督手段

 1で紹介したように訓練事業者の義務を規定すると、今度は、この義務を遵守させるための監督規定が必要となります。この点は、身体障害者補助犬法でなく、身体障害者補助犬法の制定と同時に改正された社会福祉法と身体障害者福祉法の規定によっています。
 すなわち、社会福祉法二条と身体障害者福祉法四条の二を改正し、介助犬訓練事業と聴導犬訓練事業とを第二種社会福祉事業に位置づけることとしました。第二種社会福祉事業となったことにより、介助犬訓練事業及び聴導犬訓練事業を行う者に届出義務が課されることとなったほか、知事の立入検査、事業停止命令等の監督が及ぶことにもなります。

3.第二の柱:アクセスの保障

1 アクセスの保障の内容

 今回、身体障害者が身体障害者補助犬を同伴する場合に受入義務を課されることとなったのは、

  1. 国及び地方公共団体並びに独立行政法人、特殊法人その他の政令で定める公共法人が管理する施設
  2. 鉄道、路面電車、路線バス、船舶、航空機及びタクシー(これらを利用するためのターミナル施設を含む)
  3. 不特定かつ多数の者が利用する民間施設

です。ただし、著しい損害を受けるおそれがある場合、その他のやむを得ない理由がある場合は、受入拒否ができることとされています。
 一方、受入れの努力義務を課されることとなったのは、

  1. 職員が勤務時間中に身体障害者補助犬を使用する場合における民間の事業主
  2. 民間住宅に身体障害者補助犬利用者が入居する場合における住宅の貸主、マンション等の管理組合

です。現在の身体障害者補助犬の普及状況をみると、民間の職場・住宅といった恒常的な受入場所については、法律で強制的に受け入れさせるより、当事者の話合いにより受け入れてもらったほうが妥当と考えたことから、努力義務に止めたものです。ただし、公的機関については、職場・住宅とも受入は義務とされています。
 なお、同伴が権利として認められる身体障害者補助犬は、いうまでもなく、その身体障害者のために訓練された身体障害者補助犬であり、使用者以外の身体障害者に同伴された場合には受入義務はありません。

2 アクセスを保障される要件

 アクセス保障の規定を置く場合、どのような犬について認めるかが問題となります。いくつか考えてみましょう。まず、犬を嫌うのも人の権利であるにもかかわらず受入れを強いるのですから、受入れを強いる必要性、すなわち、1.その犬が障害者のために必要であることが要求されます。また、受け入れた者に迷惑がかかることを避ける必要がありますので、2.犬が公共施設等において迷惑をかけない訓練ができていること、3.犬の衛生が確保されていること、が必要です。さらに、1.2.3.の要件を満たしていることを受け入れる者が判断できるよう、4.表示や書類の所持、を要求すべきです。さらに、5.使用者が立入中に犬の行動を十分管理すること、も必要でしょう。条文を書いた人間の思考経路をご理解いただけたでしょうか。

(1)身体障害者補助犬の認定

 身体障害者補助犬法においては、1.「身体障害者補助犬として育成された犬」で、2.「不特定多数の者が利用する施設等において他人に迷惑を及ぼさないことその他適切な行動をとる能力を有する」ことの認定を厚生労働大臣が指定した法人から受けた犬が、1.2.を満たす犬とされています(十六条)。
 十六条以外の五章の規定は、同条を実施するための付随的規定ですが、その中では身体障害者補助犬の認定を行う法人の指定について定めた十五条が重要な規定です。なお、盲導犬については、道路交通法の体系で育成が行われてきた歴史に配慮し、当分の間、同法の盲導犬について身体障害者補助犬法の認定なしにアクセスを認めることとしています(二条二項、附則二条)。

(2)表示及び書類の所持

 表示の規定は十二条一項です。身体障害者補助犬法七条以下の各規定にあるとおり、十二条一項の表示がされていない犬は、たとえ身体障害者補助犬であっても受入義務がありません。
 十四条においては、身体障害者補助犬以外の犬に十二条一項の表示またはこれと紛らわしい表示をしてはならない旨が定められています。ただ、これには重大な例外規定があり、附則三条により、平成16年9月30日までに限り、十六条の認定を受けていない犬についても、厚生労働大臣に届け出ることにより、「介助犬」または「聴導犬」と表示できることとされています。受け入れる義務のない犬に「介助犬」または「聴導犬」と表示できるということであり、受入側の誤解の危険を考えると好ましい規定ではありませんが、指定法人が指定されるまでのタイムラグ等に配慮したものです。平成14年度末現在ではまだ指定法人が存在しませんので、合法的に「介助犬」「聴導犬」と表示している犬はすべて附則三条の適用を受けているものです。
 十二条二項には、公衆衛生上危害を生じさせるおそれがない旨を明らかにする書類の携帯・提示義務が定められています。

(3)その他

 2 アクセスを保障される要件に挙げた3.5.については、それぞれ二十二条及び十三条で規定しています。

今後の課題

 法律は制定されましたが、現場ではまだまだ課題が山積みのようです。
 まず、身体障害者補助犬の数ですが、盲導犬の約900頭ですら十分な数とはいえず、30頭弱の介助犬、20頭弱の聴導犬においてはニーズに応えるものとは全くいえません。質の確保についても、遵法精神のない訓練事業者があればせっかく制定された法律や省令も無意味なものになりますし、そもそも介助犬の訓練はまだまだ実例の蓄積が必要な分野で、今後の知見の集積に伴い法律、省令共に見直すべき事項が出てくるでしょう。
 アクセス保障はまだ本格的には動き始めていませんが、受入事例が増加すれば、受入れを拒否された場合の救済方法や、受入拒否事由の該当性について、問題が出てくる可能性があります。犬の公衆衛生の確保についても、どのような予防接種を受けさせるのか等、その義務の詳細について省令等で定めるのではなく解釈に委ねることとなったため、現場での混乱が懸念されます。また、今回は受入義務でなく受入れの努力義務に止まった民間事業者及び住宅については、3年後に見直しが検討されることになるでしょう。
 その他、お話を聞くと、「障害者と犬の心温まるふれあい」といった美しいイメージとはほど遠い困難な問題が多々あるようです。よりよい形で身体障害者補助犬が普及していくよう、そしてそれぞれのよい人生を歩まれますよう、読者各位の活躍をお祈りしています。

(おくかつひこ 衆議院職員)

i)竹前栄治・障害者政策研究会編『障害者政策の国際比較』237頁以下 明石書店 2002年11月
ii)http://www.mainichi.co.jp/osaka/cynthia/