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盲導犬と歩くこと

清水和行

1 はじめに

 国産第1号の盲導犬が誕生してから46年になる。そして現在、実働する盲導犬は900頭にまで増えた。今回、この盲導犬歩行について、使用者の立場から考えてみたい。

2 白状歩行と盲導犬歩行

 視覚障害者の単独歩行には、白状と盲導犬とがある。
 白状歩行は、白状で路面や壁などを叩いたりスライドさせたりすることで、足下の状態を感じながら歩く方法である。白状から伝わってくる触覚や白状の音を頼りに歩くのである。十分に訓練を積めば、安全に歩くことができる。しかし、白状が届く範囲は1、2歩先までである。白状で障害物や段差を発見したら、ただちに反応しなければならない。常に緊張しながら歩かなければならず、ずいぶん疲れる。
 盲導犬歩行は、犬の目を使って歩く方法である。障害物があれば、それをよける。犬と人とが並んで通れないような狭いところでは、前に進まない。上り階段があれば、前足をかけて止まる。下り階段があれば、その直前で止まる。交差点などでは、階段同様、歩車道を区別する縁石で一時停止し、横断歩道であることを知らせてくれる。壁に沿って歩かせることで、曲がり角を発見することもできる。バスや電車の乗降口を見つけたり、駅の改札口を見つけたりすることもできる。盲導犬使用者は、頭の中に描いた歩行地図に従って、犬に適切な命令を出す。盲導犬はその命令に従って、前記のような作業をするのである。
 犬の動きは、盲導犬に装着したハーネスのハンドルの動きで感じ取るのである。犬はいつも喜んで作業してくれるので、手引き歩行のような気をつかうこともない。また、白状に比べて、安全に早く歩くことができるのである。
 ここで忘れてはならないことは、盲導犬が生き物であるということである。愛情をもって世話をしなければならない。特に健康管理と衛生の確保は、使用者としての義務であろう。

3 なぜ盲導犬と歩くのか

 盲導犬歩行の最大のメリットは、前にも書いたように安全に早く歩けることである。しかもいつでも必要なときにである。その結果、何が得られるのか。それは、歩くことそのものを楽しむことができるということである。
 私は、自宅から職場まで3キロ近くある。いつもはバスで通勤しているが、気分がいいときは歩くことがある。白状で同じ道のりを歩こうという気にはなれない。足下の安全を犬が約束してくれるからこそのウォーキングなのである。運動不足になりやすい視覚障害者にとって、散歩を楽しむことができるのは、ありがたいことだと思う。
 また犬だからこそのメリットもある。実は、妻も盲導犬使用者なのであるが、彼女は老人保健施設で介助員として働いている。彼女が仕事を休んだときも「昨日は、わんちゃんお休みだったわね」などと言われるそうである。施設内では、妻以上に彼女の盲導犬が人気者らしい。確かに犬嫌いの人は多いが、それ以上に犬好きの人も多い。盲導犬といることで、人間関係が円滑になることも多いように思う。

4 育成の現状と課題

 現在、盲導犬育成施設は、全国に9団体ある。年間の育成頭数は120頭前後で、そのうち約半数が新規の使用者に渡る。育成団体の収入は、自治体などからの公的資金と善意の寄付が大半である。バブル崩壊後は、どの施設も寄付収入が減少し、経営的にはご苦労が多いようである。
 盲導犬の必要頭数については、いろいろな報告があるが、正確なところはわからないというのが現状であろう。しかし、地域差があるものの、盲導犬を希望してもすぐに貸与されない事例が多く、やはり全国的にみると、絶対数が不足していると言わざるをえない。
 現在、新規に盲導犬を希望すると、施設に寝泊まりして、約4週間の盲導犬との共同訓練を受けなければならない。これは必要なことではあるが、その間仕事を休まなければならないのが大変である。施設によっては、訓練の一部を在宅で行っているところもあるが、このようなサービスが広がれば、盲導犬を希望する視覚障害者はさらに増えることだろう。

5 視覚障害リハと盲導犬

 盲導犬歩行は、その安全性という点で、白状歩行より優れている。しかし、生き物である犬と暮らすわけであるから、犬の世話など経済的、時間的な負担も引き受けなければならない。
 バイクと車、それぞれにいいところとそうでないところがある。犬で歩くのか、杖で歩くのか、それは視覚障害者自身が選択するものだと思う。しかし、中途失明者にこれらの情報が正しく伝わるためには、視覚障害リハにかかわる専門職の方々に盲導犬歩行についての基礎的な知識をもっていただく必要がある。実際に盲導犬と生活している視覚障害者の話を聞くなど、研修の中に盲導犬に関することも入れていただければ幸いである。
 また、中途失明者にとって盲導犬と暮らすことは、自分自身を取り戻すいいきっかけになると思う。光とともにすべてを失ったかに思えた自分が、盲導犬と暮らすことで、お互いになくてはならない存在になるのである。すべてを失ったかに思っていた自分を必要としてくれるものが常にそばにいるということは、大きなこころの支えになるのではないだろうか。
 盲導犬は、単に歩行の助けとなるだけでなく、こころのリハビリにも有益だと考える。

6 おわりに

 盲導犬によって視覚障害者の抱えている問題がすべて解決する訳ではない。しかし、多くの使用者が盲導犬との出会いによって自立の一歩を踏み出すのも事実である。ある使用者が盲導犬が亡くなったとき、「再び失明したようだった」と、盲導犬との絆の深さを表現した。一人でも多くの視覚障害者が、盲導犬との出会いによって、歩行の自由とこころの平安を取り戻すことを希望している。

(しみずかずゆき 全日本盲導犬使用者の会会長)