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ひろがれ!APネットワーキング

ネパール
ネパールにおける視覚障害者への支援

山口和彦(東京都視覚障害者生活支援センター)

 北海道の約2倍といわれるネパール王国。人口は約2280万人で、視覚障害者数は、188,000人と推定されている。
 ネパールの視覚障害者に対しては、東京へレンケラー協会がこれまで活発に活動し実績を上げてきた。
 東京へレンケラー協会は、1985年にNAWB(ネパール盲人福祉協会)とともに、CBR(地域に根ざしたリハビリテーション)プログラムと統合教育を側面から支援するために点字教材の製作を開始した。
 ネパールの障害者教育の方針として、リソースルームにリソースティーチャーを配備する統合教育を原則としている。この統合教育を進めるために、普通校では盲学生15人に2人のリソース教師を配置。視覚障害児は校内のリソースルームでリソース教師から点字を習得することから始まる。彼らは点字をはじめ、歩行や身辺処理など視覚障害者として基礎的な力がついてから一般のクラスにはいる。視覚障害児が一般のクラスで学ぶことができるまで普通1年間ほどかかるという。また、彼らが一般のクラスにはいってから授業の内容が理解できないときは、わからないことをリソースルームに戻って教師に聞くことになる。8年前には国立トリブバン大学にリソース教師養成コースがあったが、このコースが中止となったため、NAWBでは独自にリソース教師を養成することになった。NAWBは、学校からの要請によりリソース教師を派遣している。現在、リソース教師は430人ほどいるというがまだ十分でない状態だ。
 CBRと統合教育は密接な関係がある。現在、800人を超える人がCBRのサービスを利用している。中央事務所の他に7か所の支部を通して利用者のニーズに応えている。CBRを実施するスタッフが約120人いるが、地域調整委員会(local coordination committee)が経験を重ね、それぞれの地域で支部になっていく。
 CBRプログラムでは、限られた資金のなかで視覚障害者が住んでいる地域で何ができるか、どんなものが作れるか考えることから始まる。たとえばポカラ郡は11の地域に分かれるので11人のスタッフを集める。ただ、ネパールでは地域ごとに話す言葉が異なるので、スタッフにはそこの言葉がしゃべれる人を充てる。スタッフは地域の家を一軒ずつ訪ねて調査し、視覚障害者がいれば近くの病院で検査してもらう。検査や治療の費用が払えない場合は、その費用を援助し、薬や手術で症状が治らなければ、具体的にリハビリテーションに向けてCBRプログラムを作成する。
 たとえば、1~5歳の子どもが視覚障害の場合には、家族がどのように育てていったらよいか指導する。6~14歳の視覚障害児に対しては、近くの学校へ行けるように手続きをとる。14歳以上の視覚障害者に対しては、歩行訓練、職業訓練を行って社会活動へ参加するように指導する。
 ネパールでは、障害者に対する社会的、宗教的偏見が強く残っているので、子どもに障害があるのを知られたくないという家族も少なくない。しかし、家族が視覚障害者を家族の一員として正しく受け入れるように指導する。家のなかの仕事でも視覚障害になってもできることを分担させるように家族に話す。
 一般的には野菜栽培や竹細工を始める。また、水牛、鶏、牛を飼うことは大切な仕事になる。購入する費用がなければ援助する。具体的には父親は水牛の移動、母親はえさの草刈り、子どもは糞で何かを作り、おじいさんは水をやるというように、家族皆で手分けして生活するように指導する。水牛を持っていれば乳を絞って、平均より少し上の生活ができるのが現実だ。障害者自身にCBRプログラムが効果を上げているのを痛感した。