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ワールドナウ

エジプト
エジプトの知的障害児者とCBR

沼田千妤子

エジプトの概要

 エジプトは、人口6,700万人、国土100万平方キロメートルを有する中近東の大国です。国の96%は砂漠ですが、アスワンダムの恩恵でナイル川沿いには美しい田園地帯が広がり、主要産業は農業です。
 首都カイロを中心に27県があり、カイロ以北のナイル川下流地域(下エジプト)に18県、以南の上流地域(上エジプト)に9県があります。上下エジプトの開発指数、貧富の差は大きく、社会資源は下エジプトに集中し、一方、貧困層の多くが上エジプトに暮らしています。
 また、他の開発途上国と同様に、エジプトでも障害者のための資源は限られており、何らかのサービスを受けている人は障害者全体の1.9%です。そして、この状況を改善するためにCBRが導入されています。

エジプトの知的障害者

1.知的障害者数と原因

 知的障害者数は約260万人(障害者全体では450万人)2)です。総人口比では4%で、日本の0.4%、開発途上国一般の1.5~2%と比較してかなり高く、エジプトは群を抜いて知的障害者の多い国と言わねばなりません。
 主な原因は近親結婚で、調査によれば障害児の両親の40~60%が従兄妹婚をはじめとした近親婚です2)3)。近親結婚はエジプトの文化によるもので、「血を純潔に保つ」「財産を分散させない」等の意味があり、改善は困難であろうと言われています。また、都会よりは古くからの家が多い農村部に多く見られ、従って、知的障害者の発生率も農村部で高いと考えられます。

2.知的障害児者へのサービス

 知的障害児者へのサービスは民間施設が担っています。その多くは0~6歳の幼児に早期療育を提供する幼児通園施設で、成人へのサービスが発達している他の障害と一線を画しています。施設数は全国で54ですが、その約50%にあたる26施設が首都カイロおよび周辺に集中しています。従って、その他の地域、特に上エジプトの農村部の知的障害児者がサービスを受けることは困難な状況です。なお、受益者数に関するデータはありませんが、知的障害児者全体の1~3%であろうと推測されています。

エジプトのCBRと知的障害

 CBRは1990年代に導入され、2001年には障害問題を管轄する社会問題省、保健省が同省の施策として取り上げています。
 エジプトには2種類のCBRがあります。一つは地域開発(住民)団体が地域のニーズとして障害問題を取り上げるケース、もう一つは前述の民間施設が施設サービスを補完する目的で実施するタイプです。
 前者は、農村地域を中心に全国に見ることができます。一般に、地域開発団体が障害問題を取り上げることは多くないのですが、エジプトではこの数年、毎月2、3団体が障害関係事業に乗り出しています。理由は二つあります。一つは、地域団体が、貧困や環境といった住民全体が受益する事業に一定の成果を上げ、障害問題に取り組む余裕がでてきたこと、もう一つは、1990年代後半からムバラク大統領夫人が「知的障害者サービスの充実」を提唱していることです。両者のタイミングが合ったということでしょう。
 プログラムは、マイクロクレジットによる起業支援、補装具の提供、医療(手術)の保障等が主で、レクリエーション活動がそれに続きます。結果、受益層には偏りがあり、身体障害者(60%)が最も多く、視覚障害者(20%)、聴覚障害者(15%)、知的障害者(5%)の順に少なくなります。知的障害児者の受益はレクリエーション活動への参加に見られる程度で、現行のプログラムは彼等のニーズを満たすには程遠い状況です。しかし、数の多い知的障害への意欲は強く、多くの団体が外部からの知識・技術の導入を計画するなど、改善の兆しがみられます。また、現在はいまだ不十分ながらも一般住民の参加があり、障害者の社会統合促進の観点からも今後が期待できる事業です。
 一方、後者は、民間施設が受益者数を拡大することを目的に運営するものです。従って、療育や訓練を中心としたプログラムが多く、対象は特定の障害です。知的障害分野で傑出しているのはカリタス・エジプトの事業です。カリタスは1986年に富裕層知的障害児を対象にした施設経営を首都カイロではじめ、事業拡大とともにカリタスのサービスを受けられない貧困層に目を向けてき、1996年にCBRを開始しました。従って活動地はカイロやアレキサンドリアといった大都会のスラム地域です。プログラムとしては、医療関係者への診断知識の提供、早期療育を目的とした母子訓練、知的障害ユースクラブ(週1回地域の集会所等にて行われるレクリエーション活動)、職業訓練、起業支援(知的障害者とその家族への小規模事業運営に関する援助)、地域住民啓発事業、親の会設立等1)です。
 療育・訓練の内容は、米国のプログラムをエジプトの文化に適用したもので、先進国のそれに劣らない高度な知識・技術がみられます。サービスの直接提供者は専門家とボランティアです。ただし、ボランティアの多くは親・姉妹で、住民参加という意味では限界があります。また、カリタスという外部組織が実施する事業であるためか地域との関わりが少なく、それが成功要因となる就業関係の事業では成果を出すことが困難な状況です。地域住民組織との連携を図るなど今後の改善が望まれます。

おわりに

 開発から20余年が経ち、今では多くの途上国でCBRが実施されています。しかし、その経緯(医療・教育モデル)からCBRは知的障害に対応し難い面があり、社会モデルへの移行が言われる現在も他の障害に比べて受益が少ないのが現状です。一方、知的障害者はその障害特性から地域住民による生涯のサポートを必要とし、よって、地域全体が参加するCBRは知的障害者支援に最適な方法であり、途上国の知的障害児者のために本来のCBRの発展が望まれます。
 エジプトのCBRは多くの問題を抱えています。前述のとおり、地域住民の活動ではプログラムが未成熟で知的障害への対応はわずかですし、知的障害に特化したカリタスのプログラムでは、療育・訓練はあっても地域との関わりは限られています。しかし、エジプトには、政治的注目、適切な技術の存在などポジティブな要素があり、また、何よりも住民組織による意欲があります。資源のモビライゼーションや住民参加を促進させることにより、エジプトに本来のCBRを実現することは可能だと考えられ、今後の発展を期待するものです。

(ぬまたちよこ 日本知的障害福祉連盟)

【参考資料一覧】
1)Caritas Egypt SETI Center Annual Report 2001
2)Survey of Childhood Disability 1993, UNICEF
3)Report on the Pilot Experiment of a Study on Size of the Problem of the Disabled In the Arab Republic of Egypt, 1997, Federation of Organization for Caring for Categories with Special Needs & the Disabled in the Arab Republic of Egypt