音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

ユニバーサルデザインの広場

利用者が快適に喜んで使える公共交通機関

川内美彦

1.目標としたいもの

 私にとってのユニバーサル・デザインは、これからこの文全体で述べるようなことを実現するのに最も適した考え方だと思っています。したがって、私にとって重要だと思われるのはユニバーサル・デザインではなく、ユニバーサル・デザインという考えを使って実現したい目標です。ユニバーサル・デザインというと、抽象的になって分かりにくくなりますので、ここでは私が実現したい目標:「利用者が快適に喜んで使える公共交通機関」ということに視点を置いて書きたいと思います。

2.利用者の視点

 先日、国土交通省が「らくらくおでかけ度一覧表」というものを発表しました。これは毎日の利用客が5000人以上の全国の3667駅について、どのくらい車いすで円滑に移動できるかを調べたもので、それによると改札からプラットホームまで水平移動またはエレベーターで移動できる駅は42.2%となっています。昨年の同じ調査では35.7%だったので、この1年間で7ポイント改善されたことになりますから、着実に状況がよくなっているように見えます。しかしこれを、利用者が快適に喜んで使える駅かどうかという視点で見ると、違った見え方になります。確かに駅にエレベーターなどが付いて、円滑に移動できるのはいいことですが、利用者が駅に行って列車に乗るには、駅の外部から改札にたどり着くことや、プラットホームから列車に乗り込むこと、そして目的地の駅で列車から降りて駅の外に出るまでのすべてが円滑に移動できる必要があります。この一連の流れの中のどこが欠けても、利用者としてはうれしくはないわけです。さらに視野を広げれば、自宅から駅までの移動が円滑になっていないと、本当に自由に安心して駅に行けるかどうかが分かりません。そういう視点からすると、この調査のように移動の1部分を切り出すことは、利用者の実感とは異なっているということが分かります。
 2000年の交通バリアフリー法では、すべてのバスを2010年から2015年までに低床(地面からの高さが65cm以下)とし、2010年までにそのうちの20~25%をノンステップバスといって、乗降口に階段がなく、床の高さも歩道と同じくらいの、だれにも乗降しやすいバスにするという目標を掲げています。これはこれでいいことだと思います。しかしバスの魅力は、床が低いことだけが要素ではありません。これまで私たちは自家用車に頼る生活を作り上げてきました。それは自家用車のほうが魅力的だったからです。たとえ自家用車にはバスより多くの出費が必要でも、それに勝る魅力があったから人々は自家用車に乗り換えてきたのです。
 しかし今は状況が変わり、交通渋滞、大気汚染、交通事故など、車が増えることによる問題点は、人々が公共交通に戻ってくることを後押ししています。さらに高齢化によって自家用車の運転を諦めざるを得ない高齢の人が多くなっているということも有利な材料です。それでも路線バスが自家用車に比べてとても時間がかかるようなら、路線バスの時刻表が当てにならないものなら、鉄道とバスがうまくつながっていなければ、人々はなかなかバスに戻ってきてはくれないでしょう。これまでのバリアフリーの努力では、バスの床を低くすることや段差をなくすことには熱心でしたが、それは利用者が快適に喜んで使えるバスにしようという考えとはちょっと違っていました。バリアフリーはそれよりは狭い視野の中にあったのです。

3.まとめ:大きな視野で

 利用者が快適に喜んで使える公共交通機関という尺度で見ると、バスの単体がよくなることはもちろんのこと、バス路線やバスの運行システムが利用者を中心に作り上げられているかどうか、あるいはバスと他の交通手段全体がうまくつながっているかが気になります。これらすべてがよくなることによって利用者が自家用車からの乗換えを考え始めるのだと思います。
 このように、私たちがより安全で安心で快適な社会環境をめざすためには、社会全体をカバーする大きな視野が求められます。そのことを忘れて目先の問題だけに注意を向けていると、結局何をやりたいのかが分からなくなってくるでしょう。

(かわうちよしひこ 一級建築士事務所 アクセス プロジェクト)