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大阪
視覚障害者は安全に移動でき
自由に歩けるようになるのか?
―「ブルックの会」シンポジウムで交通バリアフリーを検証―

加藤俊和

1 いま、なぜ交通バリアフリー

 バリアフリーの考え方は着実に浸透し、広がってきました。その基本となっているのは、平成12年に制定された、いわゆる交通バリアフリー法(「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」)で、翌年には「整備ガイドライン」もできました。ただ、「身体障害者用」と言っても、肢体不自由の方々への配慮はある程度はっきりしているのですが、視覚障害者に関しては、点字ブロックと点字表示だけが主な対策でした。その中で昨年12月に視覚障害者対策として、「ホーム縁端警告ブロックの敷設」「音による移動支援方策ガイドライン」の二つが追補されました。特に、声や音による誘導方法が、具体的な音声の例示も含めて示されたことは、はじめてのことでした。
 そこでこの機会に、「ブルックの会」では、視覚障害者が安全に街を歩き行動するときに何に困まり、何が必要とされているのかを具体的に検証し問題点を明らかにするために、実践的な活動に直接取り組んでこられた3人の方々をお迎えし、シンポジウム「見落すな!! 視覚障害者の交通バリアフリー」を5月18日に大阪で開催しました。

2 「ブルックの会」とは?

 「ブルックの会」は、1995年10月に、大阪市営地下鉄の御堂筋線天王寺駅のホームを歩いていた佐木理人さんが電車に巻き込まれ瀕死の重傷を負った事故について、安全策をとっていなかった大阪市に対して設備不備等の訴えを起こしている「佐木訴訟」を支援し、「視覚障害者の歩行の自由と安全を考える」ことをめざして結成された団体です。中心は関西ですが、東京や名古屋などの会員ともメーリングリストを通じての情報交換などを行っています。

3 視覚障害者の歩行の権利

 最初にご発言いただいたのは、四天王寺国際仏教大学教授の愼英弘氏でした。ご自身が全盲で、近代朝鮮社会事業史や在日朝鮮人そして障害者運動に取り組んでこられています。愼氏は、最初に、ホームの事故によって提訴された三つの訴訟にふれられました。1973年の高田馬場駅事故の上野訴訟と同年に発生した大阪の福島駅事故による大原訴訟においては、視覚障害者の単独歩行に対し、安全確保のための社会的な対策の必要性が明確になり、権利であると位置づけられ、その後点字ブロックの敷設が広がる契機となりました。
 設備の改良などが進むにつれて、たとえば、肢体不自由者は歩道の段差がないことを強く望んでいるのに、視覚障害者は歩道と車道の区別を杖などで知るためにも段差がないと困るという衝突があります。また、視覚障害者にとってぜひ必要な音響式信号機の音は周辺住民にとっては迷惑になります。このように、互いの権利が衝突することも少なくないので、この衝突をうまく調和させていかないと共に生きる社会は実現し得ないことが述べられました。

4 券売機への視覚障害者対策

 福井哲也氏は、現在は日本ライトハウスの職員ですが、特に関東での券売機や電子投票のバリアフリーの積極的な実践で知られています。1995年から東京駅でフィールド試験が始まったタッチパネル式の券売機が視覚障害者には使えなかった抗議活動への福井氏のすばやい取り組みは、日本盲人会連合をはじめ、各団体の活動で陳情書提出や交渉など、大きく広がりました。同年11月のJR東日本社長の定例記者会見では「タッチパネル機に、視覚障害者が操作可能な数字ボタンを付加するまで導入は見合わせる」との方針が発表され、数字ボタンを付加したJR東日本の方式が共通仕様となりました。昨年からJR東日本が導入した非接触ICカードのSuicaにもこの方式が生かされて、数字ボタンでSuicaのチャージなどが可能になっています。
 関西でも、阪急電鉄に次いで、この4月にはJR西日本の新型タッチパネル機にも数字ボタンが付加されました。これから始まるICカードICOCAへの対応が注目されます。
 この取り組みの中でJR東日本が方針転換した原動力になったのは、危機感を抱いた視覚障害者団体が動いたことが大きいと思われることです。しかし、最近では、各種カードが普及していく中で券売機の利用は減少し、少々不便でも致命的なバリアとはならないことから、これらのアクセシビリティへの取り組みは弱くなってきているようです。なお、福井氏は、交通バリアフリー法は設置者側からの規定であって、障害者が公共交通機関を利用することを権利として保障したものではないことも指摘されていました。

5 歩行者用信号機の弱視者対応

 弱視者問題研究会の会員で関西で地道な活動を行い、発光ダイオード式信号機の改良を引き出した田邊泰弘氏から、新型歩行者用信号機を弱視者にも見やすくしてきた取り組みについて話していただきました。
 視覚障害者の半数以上が弱視者であるにもかかわらず、一人ひとり見え方が異なり弱視の説明をしてもなかなか理解してもらいにくいこと、そして声を上げることがあまりに少なかったが、20年ほど前からは要求が出はじめたことが説明されました。
 歩行者用信号機については、従来のものが、約25センチ角のランプ全体が赤または青に光っていていたのに対し、新型では、四角い部分全体は黒で、人型の部分だけが発光ダイオードで青または赤に光ることから、太陽光が当たっても見やすい、とのことでした。しかし、弱視者にとっては、光る部分の面積が大幅に小さくなって赤信号が分からないと、危険性が増大します。
 一昨年の冬に、横浜と神戸で最初の試験が行われたときには関係者は気が付かず、遅れての取り組みとなりましたが、警察庁に強く申し入れて改善を求めました。その結果、人型の部分は、赤信号が横幅ほぼ2倍、青信号が1回り太くなった改良型が試作され、弱視者対象の試験を経て、昨年12月に改良が決定しました。これからも、交差点の手前にも設置して、背景に黒い板を取り付けてコントラストの向上を計るなどの要望を出していく必要があります。

6 さまざまな意見とまとめ

 フロアからの質問や意見は活発に行われ、関心の高さがうかがわれました。その中では、駅などでの点字ブロック上の自転車の駐輪は困る、という意見が多く出たのに対し、大阪府池田市では、シルバー人材センターからの派遣で常時駐輪規制が行われている例が報告されました。また、音響式信号機の東西・南北や幹線道路・非幹線道路などを統一できないのか、 エレベータの静電感知式ボタンは困る、歩道に乗り上げ駐車したトラックの荷台にぶつかるなど、日常困っている切実な事例やさまざまな問題提起などが活発に出されました。
 音声の対策も含めて、視覚障害者が安心して歩くための“道具”がようやく出そろってきました。しかし、現状は、最も基本的な「安全に歩く」こともまだまだ不十分な面があることが指摘されました。これからはさらに具体的な取り組みを強めていく必要があり、そのためには、「もっと声を上げていくこと」そして、権利と権利がぶつかってもその解決策を見い出す努力、そして当事者と関係者が十分に力を出し合ってねばり強く各機関や社会に働きかけていく必要性を改めて感じさせるシンポジウムであったと思います。

(かとうとしかず ブルックの会代表、日本ライトハウス技術顧問)

◆ブルックの会ホームページ
http://brook.soc.or.jp/

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
2003年7月号(第23巻 通巻264号)