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知り隊おしえ隊

緑の風に吹かれ丘をめぐる旅
旭川・美瑛

佐藤きみよ

 旅が好きです。
 いろいろな街や風景に出逢うためにさまざまな場所を回る旅も好きですが、お気に入りの場所へ何度も足を運ぶのもいいものです。
 北海道は季節によって風景がずいぶんと変わります。訪れるたびに違った自然の表情を見せてくれる丘の街、美瑛。10年ほど前から、私はこの街の魅力に魅せられて年に1~2回は、やって来ています。美瑛は、札幌から車で高速に乗り旭川を通って約2時間半くらいで着く場所にあります。地図で言えば、ちょうど北海道の真ん中あたり。
 初夏は畑一面にまっ白なジャガイモの花が咲き乱れ、夏はムラサキ色のラベンダーが土を埋めつくし、秋はクレヨン箱をひっくり返したかのように森の木々に赤や黄色の色がつき、オレンジ色の夕焼けがそれはそれは美しい所です。そして、私がもっとも好きなのは冬の風景。広い大地の丘をまっ白な雪が埋めつくし、しーんとした音のない世界。雪の上には、キツネやウサギの足あとが浮かんでいます。
 訪れるたびに新しい発見や出逢いがあるこの街へ、また今年もやってきました。メンバーは、遊び仲間で去年ベンチレーターをつけたばかりの花田さん、小学生の時からの友人紺野さんの3人と介助者の方4人です。皆で2台の車に乗り込み、1泊2日の小さな旅へ出発です。
 札幌から旭川まで2時間。せっかくなので、旭川で車を降り昼食をとることにしました。高速を降りて30分くらいの場所にあるバリアフリーのレストラン「エスペリオ」です。ここは、ハンバーグやパスタなど食事もおいしいのですが、なんと言っても私たちの目的はソフトクリーム。北海道の広々とした牧場で育った牛さんたちのおいしい牛乳をたっぷり使って作られたもので、甘すぎず、でもコクがあり、まろやかな味が絶品です。昼食のハンバーグもあんなにしっかり食べたのに、デザートのソフトクリームがテーブルに運ばれた途端、皆の目が輝きます。「おいしいねー」と言いながら「こんなソフトクリームが食べられて幸せ」と呟く私たちでした。
 ここのレストランのすぐ近くに、今話題の旭川市旭山動物園があります。なぜ話題かというと、動物を近くで見ることができ、珍しい動物たちがいるということなのです。さっそく私たちはその動物園にも行ってみることにしました。園内はバリアフリーの建物がほとんどで、車いす用トイレもしっかりあります。まず、大人気のぺんぎん館とほっきょくぐま館へ行ってみることにしました。
 ぺんぎん館では、ジェンツーペンギン、キングペンギン、ギンフンボトルペンギンの3種類が仲良く暮らしています。ぺんぎん館へ入ると「ワー!」と思わず声を上げたくなります。だって、水中トンネルになっていて360度の視界の中で自由に泳ぐペンギンの姿が見れるのです。ちなみに私は寝台式車いすにベンチレーターを積んで寝たままの姿で車いすに乗っているので、頭の上を泳ぐペンギンたちがとってもよく見えます。まるで、海の中でダイビングをしているような気分です。皆はあまり上ばかりを見ていると「首が痛いー」と言いますが、私は全然そんなことがなく、寝台式車いすのすばらしさをまた改めて再確認したのでした。
 その後はほっきょくぐま館へ行きました。ここも、ホッキョクグマが地上からダイブして水が張ってあるガラスの中を泳いだりジャンプしたりするダイナミックな動きが間近で見れるのです。その姿の可愛らしいことといったらありません。思わずガラスに手をつけてクマの頭をなでなでしたくなります。水をかいて泳ぐクマはとっても気持ちがよさそうです。こんな、動物を近くで見れる、それも車いすの目線からでもということに私たちは大感激でした。
 さて、動物園で時間も忘れて遊んでいましたが、そろそろ宿へ向かわなくてはなりません。旭川市内を通り美瑛まで、ここからだと40分くらいです。ちょうど宿へ着く頃は夕方で、タイミングもいい頃です。早速車に乗り、美瑛の街へ到着です。
 美瑛へ来ると必ず泊まる宿は、民宿「とぅもろう」です。ここの宿は10年前、まだバリアフリーの宿などあまりなかった時代に、バリアフリーの宿として誕生しました。オーナーの荘司行輝さん節子さんご夫婦もステキな方で、お2人の人柄や宿の温かい雰囲気に惹かれ、全国から宿泊客の方々がやって来ています。リピーターの方も多いようです。
 まず、入口は緩やかなスロープになっていて、室内に段差はありません。外観は木でできていて、なんだか大きな山小屋の感じです。リビングにはたくさんのドライフラワーがぶらさがっていて、大きな窓からは残雪が残る十勝岳がよく見えます。真ん中には大きなテーブルが置いてあり、ここでは車いすの人も障害のない人も宿泊客同士一緒に食事をとるのです。窓の近くには薪ストーブがあります。寒い日はこの薪ストーブのふんわりとした暖かさが、心まで暖めてくれるのです。各自の寝室にはベッドが置いてあり、壁には手作りの織物がかけられています。障害のある人もない人もだれもがさりげなく美瑛の自然に包まれて、豊かな時間を共に過ごす場所。車いす用トイレもとても広くゆったりと作られています。とぅもろうの車いす用トイレはとても評判が良く、車いすの人だけではなく障害のない方もこの広いトイレだとゆったりと入ることができ、気に入っているという声を聞いたこともあります。まさに「だれもが利用しやすい」を一番に考えられているのです。
 夕食の時間は18時30分。遠くは神奈川・長野から来られている方々もテーブルに着き、食事の時間はのんびりと始まりました。オーナーの行輝さんが間に入り、食事を運びながら皆がリラックスできるよう、自己紹介の時間をとってくれています。車いすの人が何人もワイワイ食事を楽しんでいたり、その横のテーブルでは、障害のない方が笑って旅の話に花を咲かせていたりと、ここではそんな光景が当たり前です。行輝さんは、「これからの時代はお年寄りも家族連れでも障害のある方でもだれもが泊まれる宿が必要だと思った」とお話していました。
 私のお気に入りは、この宿の温かな雰囲気、使いやすさといろいろありますが、なんと言っても節子さんの野菜たっぷりのお料理が大好きです。有機野菜を使って作られる料理。この日はアスパラのスープに、アスパラや山菜の天ぷら、宿の向かいの森から採ってきたというわらびのおひたし、ホッケのあんかけ焼きなど身体にやさしいものばかりです。アスパラの冷たいスープのうすーい黄緑は、まるで初夏の味がするようです。お腹も心もたっぷりと満たされた私は、その後ぐっすりと眠りにつきました。
 朝はカーテンからのまぶしい光で目が覚めました。今日もいいお天気。空も青く、十勝岳の山々が遠くまで見えます。お日様の光も、風も、緑ももうすっかり初夏なのに山々には所々残雪がまだ残っているのです。迎える夏と、これから去っていく冬の季節が一緒に並んでいるこの風景も、美瑛ならではです。
 宿をあとにした私たちは「ハイジの山のよう!」と歓声を上げて、車を止めてはうっとりと丘をめぐって山に向かい歩き続けました。
 旅から戻ると、いつも私は旅行カバンをしまうのをためらってしまうのです。だってまたすぐにどこかへ行きたくなってしまうから。そして、カバンに詰め込まれた旅の思い出をずっとそばに置いておきたくて。目を閉じると美瑛の丘が、あの土のやわらかな色や緑の風のにおい、それから、夕日に染まってうっすらピンク色だった残雪の山々が見えてきます。
 あわただしい日々の生活に戻った私ですが、そう、時々また目を閉じて思い出し、あの風景へ心は戻るのです。

(さとうきみよ ベンチレーター使用者ネットワーク代表)

◆エスペリオ
TEL・FAX 0166-36-3563
◆旭川市旭山動物園(旭川市東旭川町倉沼)
TEL・FAX 0166-36-1104
◆民宿とぅもろう
TEL 0166-95-2503
FAX 0166-95-2108