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ESCAP地域ワークショップで
障害者権利条約バンコク草案を採択

松井亮輔

バンコク草案の内容

 10月14日~17日、バンコクの国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)本部で、障害者権利条約に関する地域ワークショップが行われた。その主な目的は、同条約を起草するための「バンコク草案」(正式には、「障害者の権利及び尊厳の促進及び保護に関する包括的かつ総合的な国際条約」を起草するためのバンコク草案)づくりである。
 これは、今年6月16日~27日、ニューヨークの国連本部で開催された第2回特別委員(2001年12月の国連総会で、障害者権利条約の提案を検討することを目的に特別委員会の設置が決議され、第1回委員会は、2002年7月29日~8月9日開催)で、障害者権利条約案を起草するための作業部会を設置するとともに、各国およびESCAPなど国連の各地域委員会などに対して、同部会での起草作業に協力するため、同条約案の内容について提案するよう要請する旨の決議がなされたことを受けたもの。
 ワークショップの参加者は、作業部会の委員(注)となったアジア地域の政府(日本、韓国、中国、フィリピン、タイ、インドおよびレバノン)および障害NGO代表アヌラダ・モヒット氏(インド)をはじめ、その他の政府および障害NGO関係者(オーストラリア、ブータン、中国、フィジー、インド、日本、韓国、モンゴル、モルディブ、ネパール、ニュージーランド、パキスタン、フィリピン、サモア、スリランカおよびタイ)など全体で80名あまり。第2回特別委員会に先立って、6月2日~4日、同じくESCAP本部で開かれた障害者権利条約に関する専門家グループ会合と比べ、参加者は約半数程度。全体の3分の2近くが障害NGO関係者で占められていたことからも、NGOサイドの同条約に寄せる期待の大きさがうかがわれる。
 今回参加者が比較的少なかった理由としては、障害者権利条約の草案づくりということで、法律の知識に乏しい関係者から敬遠されたことや、同ワークショップに引き続き、11月4~7日、北京で開かれる障害者権利条約に関する地域セミナー(実質的には、政府間会合という位置づけ)を優先した政府および障害NGO関係者が少なくなかったためと思われる。

 バンコク草案は、前述の6月の専門家グループ会合でとりまとめられた障害者権利条約の起草に関する「バンコク提案」(同条約に含めるべき要素から構成される骨格案ともいうべきもの)に肉づけをし、本格的な条約草案として提示することを意図したもの。
 同草案の原案は、バンコク提案のとりまとめで中心的な役割を果たした、オーストラリア国立大学法学部アンドリュー・バーンズ教授により起草された。
 バンコク提案の内容は、1.前文、2.目的および全般的な原則の記述、3.範囲と定義(障害および差別の定義を含む)、4.条約で保障された権利を尊重・確保するための締約国の全般的な義務、5.平等および非差別の保障、6.(世界人権宣言、「市民権及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(社会権規約)、人種差別撤廃条約、拷問等禁止条約、女性差別撤廃条約、ならびに子どもの権利条約に基づく)特定の権利の保障、7.締約国の他の義務、8.モニタリング機構、ならびに9.その他の規定、から構成される。
 それに対して、バンコク草案(修正版)は、第1部総則(第1条~第10条)、第2部市民的および政治的権利(第11条~第25条)、第3部経済的、社会的および文化的権利(第26条~第32条)、第4部その他の締約国の義務(第33条~第36条)、第5部条約の適用(第37条~第50条)および第6部最終規定(第51条~第57条)からなる。これらの条文には、すべての人を対象とした前述の既存の人権条約をベースとしたもの、および障害者特有のもの(たとえば、情報コミュニケーションも含む、アクセスや移動の権利など)が含まれる。

バンコク草案をめぐる主な議論

 ワークショップでは、バーンズ教授により起草されたバンコク草案の原案について、「前文、定義(障害および差別など)、締約国の義務など」、「市民的・政治的権利」、「経済的・社会的・文化的権利」、「締約国のその他の義務、モニタリング、報告と監視を含む、条約の適用」の4つの分科会に分かれて検討。そして、各分科会で担当する部分の草案条文についての修正、削除あるいは追加案のとりまとめが行われた。それらの案を踏まえて、バーンズ教授およびESCAP事務局により作成された草案修正版(案)を全体で検討・手直しのうえ、採択したものが、バンコク草案(修正版)である。
 この修正版では、時間的制約などで意見集約ができなかった条文など(たとえば、障害の定義)については、両論併記や留保意見などが付記されている。とくに大きく意見が分かれたのは、1.障害の定義(障害が、何らかの機能障害または健康状態と社会的、経済的、物理的環境との相互作用によって生じるという点では、基本的なコンセンサスはありながらも、具体的な表現については意見がまとまらず、3つの定義を併記)、ならびに2.中国、日本およびパキスタン政府から削除要求があった、第5部条約の適用の第34条~第47条、とりわけ第38条(委員会が個人通報の受理を行う権限の許容)である。後者については、多くの障害NGO関係者が反対した結果、削除はせず、留保意見があったことを付記することで、妥協が図られた。
 ESCAP事務局(長田こずえ障害担当官)の説明によれば、この草案(修正版)は、政府代表も含め、あくまでESCAP地域の専門家による一案であり、各国政府の意見集約をめざしたり、各国政府などを縛るものではない。つまり、各国政府などから特別委員会作業部会に提案される草案のうちのひとつにすぎない、ということである(これは、ワークショップに出席した日本政府代表から、草案がアジア地域の各国政府の意見集約を意図するものであれば、その作業には賛成できないという意見があったことに配慮したものといえる)。

同条約採択に向けての今後のプロセス

 来年1月5日~16日、国連本部で予定されている作業部会では、各国政府やESCAPなどから出される提案などを参考に障害者権利条約草案が起草され、それが来年5月26日~6月6日開催予定の特別委員会に提出される。特別委員会では、その草案をベースにその内容をさらに詰める作業が行われることとなる。しかし、条約の採択までに10年以上の年月を要した子どもの権利条約などの経験や、今回のワークショップに象徴されるように、アジアという一地域においてさえ、統一案づくりが容易でないことを考えれば、国連総会で障害者権利条約が採択されるまでには、どんなに早くても3年、おそらく5年以上はかかるものと思われる。
 したがって、わたしたちとしては、国内外のさまざまな関係機関・団体と密接に協力・連携しながら、同条約の実現をめざし、息の長い取り組みを地道に進める必要があろう。

(注)作業部会の委員は、政府代表27名(アジア7名、アフリカ7名、中南米およびカリブ諸国5名、西ヨーロッパ、北米、オーストラリアおよびニュージーランド5名、ならびに東欧諸国3名)、特別委員会への参加資格をもつ障害関連NGO代表12名(うち7名は、国際障害同盟(IDA)に加盟する障害者インターナショナル(DPI)およびリハビリテーション・インターナショナル(RI)など、7団体、および5地域から各1名推薦される障害当事者団体代表5名)、ならびに国際調整委員会に諮問資格を有する人権委員会代表1名を合わせ、全体で40名から構成される。

(まついりょうすけ 法政大学現代福祉学部教授)