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愛知
知的な障害のある人のホームヘルパー養成研修を実践して
「知的な障害のある人の就業を考えるシンポジウム」

山中和彦

1 知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修

 私たち、で・ら・しえんは、知的な障害のある人の「やりたい」を、その人たちと特別な関係のない市民の力を集めて支援していくことを目的として活動している特定非営利活動法人です。
 その活動の一環として、私たちは、2003年2月から6月にかけて、愛知県では初めてとなる「知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修(3級課程)」(以下「養成研修」という)を行い、知的な障害のある人20名が受講し、全員が無事修了しました。

【養成研修の目的】

 この養成研修にあたって三つの目的を掲げました。

1.知的な障害のある人が福祉の担い手になるということ

 私たちが知的な障害のある人がヘルパーになるための養成研修を実施することを話すと、福祉の仕事をしている人でさえ、「資格をとっても障害のある人には無理でしょう」と決めつけたように言う人が多くいました。まずこのような見方を変えていきたいと考えました。

2.知的な障害のある人の自立に必要なことを学ぶこと

 養成研修では、介護技術だけでなく、ノーマライゼーション、当事者主体などの福祉の理念なども学びます。私たちは、知的な障害のある人と一緒に、養成研修を通じて、自分の人生では自分が主人公として生きてかまわない、そうあるべきだということを学んでいきたいと考え、カリキュラムの中に、自己決定や自立支援などの内容を盛り込みました。

3.対等の関係を広くつなげていくこと

 私たちはこれまでボランティア活動のなかで、知的な障害のある人の福祉(あるいは生活)が、親や兄弟姉妹、施設の職員など福祉を仕事とする人、あるいは行政の担当者などかなり限られた範囲の、特別な関係の中で営まれていると感じました。特別な関係は、愛情や職務上の責任からとはいえ、指示命令、管理監督の関係になりがちで、対等の関係にはなりにくいのです。反対に、特別な関係にない市民であればこそ、対等につながっていけるという思いがあります。この養成研修でも一緒に学ぶ人として特別な関係のない市民のボランティアを募り、対等の関係を広げていくことをめざしました。

2 知的な障害のある人の就業を考えるシンポジウム

 今回のシンポジウムのねらいは、1.養成研修事業の意義を広く伝え養成研修を実施してくれる人たちを増やすこと、2.養成研修を軸として実習、ボランティア、就業体験などを組み合わせて就業に結びつけていくネットワークを築くことでした。
 シンポジウム当日は、午前中に、養成研修の実践報告(記録ビデオの上映、受講生の発言など)と講演「知的な障害のある人の就業~その意義と可能性」を行い、午後にシンポジウムを行うという3部構成にしました。当日の参加者は、約110名で、遠くは東京、千葉、大阪から参加してくださいました。参加者は、1.施設関係者、2.親など家族、3.受講生や身体障害のある人などの当事者、4.ボランティアなどがそれぞれ4分の1ぐらいずつでした。特徴的に思えたのが、身体障害のある方で自立生活をめざす団体の方々が関心をもってくださったのか、数多く参加されたことです。
【実践報告】知的な障害のある人がどのような研修を受けたのか、どのような感想を持ったのか漠然とした疑問をもって来られた方も多かったようですが、記録ビデオの上映や受講生の発表で、かなり具体的なイメージとして伝えることができました。受講生の発表では、自立や自己決定、利用者主体ということを学んだ成果の表れか、自分の生活の中に具体的な目標(ボランティアに行く、自動車免許を取るなど)を持っている様子や利用者の立場になって考えることを実践している様子がしっかり伝わってきました。
【講演】講演では、クリーニング工場の経営者で、過去10数年にわたり知的な障害のある人を雇用してこられた鶴田清(つるたきよし)さんが、知的な障害のある人を「障害者」としてひとくくりに見るのではなく、それぞれの能力と可能性を見つめながら、経営者として日々取り組まれている状況を率直に報告されました。雇用主の立場からの報告を初めて聞く方が多く、参加者は厳しい現実を確認しながらもこのような経営者がいるということに励まされたようです。
【シンポジウム】シンポジウムは、講演をされた鶴田清さんのほか、豊田市立養護学校進路指導主事の近藤道弘(こんどうみちひろ)さん、NPO法人りんりんの下村裕子(しもむらゆうこ)さん、滋賀県社会就労事業振興センターの城貴志(しろたかし)さん、NPO法人ふわりの戸枝陽基(とえだひろとも)さん、受講生で佐織(さおり)養護学校高等部3年の井上亜由美(いのうえあゆみ)さんをシンポジストとし、で・ら・しえんの代表可児由香(かにゆか)が司会を務めました。
 まず井上さんが養成研修修了後ボランティアで老人福祉施設に通い、来年度からその施設で働くことになるまでのがんばりを話してくれました。朝食と昼食の間の2時間でたくさんの食器を忙しく洗ったり、慌ただしく働く介護職員を意を決して呼び止め仕事の方法を聞いたり…。
 1時間あまりのシンポジウムの内容は、私なりに次の4点に整理してみました。
1.知的な障害のある人が介護の現場に入ることで、介護の利用者との間に新しい関係が生まれる。障害のある人との関わりの中で、利用者に生き生きとした表情が生まれるなど、介護の現場は知的な障害のある人が活躍できる職場として多様な可能性がある。
2.生産性、効率という価値基準で計り、できる限り他の介護職員と同じことをやってもらおうとすると「できないこと」が目につく。しかし、知的な障害のある人が関わることで生まれる価値を見いだし注目するように社会の側が変わる必要がある。
3.仕事上の困難やストレスを話し合い、解決していけるよう当事者の会の活動を充実させるなど就業の場だけでない支援が必要である。
4.福祉に関わる人だけではなく、特別の関係にない市民が、知的な障害のある人と一緒にお互いの自立を考え、そのことを支え合っていく社会をつくることをめざしたい。

3 まとめ

 私たちは、養成研修を実施してみて、はじめに記した三つの目的を実現するために養成研修はとてもいい素材であることを改めて確認しました。私たちの養成研修を知り、すぐに特定非営利活動法人岐阜羽島ボランティア協会でも取り組みが始まりました。先日見学に行きますと、理事長が本職の電気工事屋さんのユニフォームを着て障害のある人に支援費の説明をされていました。福祉を本業としない人の関わりように、なんて素敵なことと思いました。
 今後、養成研修に取り組んでいる仲間が連絡を取り合ってさらによいものにしていきたいと考えています。

(やまなかかずひこ 特定非営利活動法人で・ら・しえん副代表)

※私たちの実践をまとめた『知的な障害のある人のためのホームヘルパー養成研修実践マニュアル』を作成しました。養成研修で工夫した点、オリジナルで作成したテキストなどをまとめています(約270ページ)。詳しくは、ホームページをご覧ください。
http://homepage3.nifty.com/derasien/