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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年1月号

フォーラム2004

解説・「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」

池原毅和

1 はじめに

2003年7月16日、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(略して「心神喪失者等医療観察法」という)が公布された。この法律は、公布から2年以内に施行されることになっており、現在、対象となる人の収容先となる病院の整備や関係職員の研修、審判手続や行動制限の規則作りが進んでいる。

この法律は、池田小学校事件以降、触法精神障害者対策の必要性が唱えられ、急速に法制定の気運が高まり、2002年3月15日に法案が国会に上程されて、2003年7月に最終的に成立した法律である。

その主な内容や特色はどのようなものなのだろうか。

2 心神喪失者医療観察法の概要

(1)対象になる人

この法律の対象になるのは、心神喪失(自分が行っていることの善悪が判断できず、あるいは、善悪の判断に従って自分の行動をコントロールできない状態)、または、心神耗弱(善悪の判断あるいは行動のコントロールの力が弱っている状態)の状態で、殺人、傷害、強盗、強姦、強制わいせつ、放火あるいはこれらの罪の未遂を行ってしまい、検察官がその者を不起訴にしたり、裁判の結果、無罪になったり、執行猶予になった場合に、この法律の対象者になることになる。

対象者としては、統合失調症や躁うつ病などの精神障害のある人のほか、知的障害やてんかん、自閉症、脳器質障害、アルコール等薬物の中毒性障害、人格障害などさまざまな障害をもつ人が対象とされる可能性がある。

(2)この法律の目的

この法律は、対象となる人に対して、「その適切な処遇を決定するための手続等を定めることにより、継続的かつ適切な医療並びにその確保のために必要な観察及び指導を行うことによって、その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進することを目的とする」としている。

その目的は複合的で、法律の文章としては、「…手続等を定めることにより」、「…指導を行うことによって」の二つの文節は、よるべき手段を定めていると読めるので、目的そのものは、1.「その病状」つまり心神喪失等の状態で殺人等の他害行為を起こすような病状を「改善」し、その病状「に伴う同様行為の再発」つまり殺人等の再犯の「防止を図る」ことと、2.そのようにして社会復帰を促進することということになるだろう。

こうしたことから、精神障害と重大犯罪を結びつけて、再犯防止のための措置を作ることを目的とするように読める法律のあり方に、精神障害の当事者団体や医療福祉関係者から反対の声が出ていたわけである。

(3)手続の特色

この法律の手続の特色は、一般市民が犯罪を犯してしまった場合に受ける刑事手続とも、一般の精神障害のある人が受ける精神保健福祉の手続とも異なる特殊な手続を作り上げた点にある。

一般の刑事手続では、刑務所に収容して自由を奪うというような刑罰を科すことになるので、厳格な適正手続の権利(憲法31条)が対象者に保障されている。けれども、この法律は、対象者に対して、継続的で適切な医療とそのための観察と指導を提供するという利益を与えるための手続だから、厳格な適正手続の権利は保障しなくてよいとされている。ただ、収容される先は病院であるとしても、自由を奪われることは同じであり、また、「医療」や「観察・指導」が本人の自己決定とは無関係に利益だからよいのだと割り切ることにも疑問はある。

また、同じく適切な医療を与えることを目的とする精神保健福祉法では、特殊病棟や特別病院を作ってはいないけれども、この法律では、犯罪行為を行ってしまった精神障害のある人は、一般の人と同じように取り扱うべきではないと考えて、特別な裁判手続で特別な病院に送ることにしている。

こうした手続のために、数か月をかけて対象者を鑑定して、その結果を踏まえて、一定の資格をもった精神科医が裁判官と一緒に審判員として対象者を裁き、強制入院または強制通院の処遇を決定するというのがこの法律の手続の骨格である。

(4)処遇の特色

この法律の処遇は多く区分けて二つある。第一は強制入院で、対象者は、全国に24か所予定されている国公立の精神病院の特別病棟に収容されて治療されることになる。入院期間については期間の制限はないが、6か月ごとに入院を継続すべきかどうかを精神科医と裁判官の合議体が審査する。

施設内での治療プログラムは、一般の精神病院と内容的にはあまり違わないようである。しかし、一般の精神科は、内科や外科などのほかの診療科に比べて医師も看護師も少なくてよいことになっているが、この特別病棟では医師や看護師の数を増やして手厚い医療を行いたいということである。

ここにおいて行われる治療や訓練に対象者の自己決定権がどのようの保障されるのか、強制的に入院させられている以上は、すべてが強制になるのかどうかは条文上は明示されていない。なお、病院管理者には一定の条件の下で、対象者に行動制限を加える権限が認められる。

第二は強制通院で、犯罪者の予防・更正の任務を担ってきた保護観察所に精神保健福祉士などの資格をもつ社会復帰調整官が置かれ、その観察・指導のもとで、通院の継続が図られる。その期間は原則は3年であり、2年延長できる。社会復帰調整官は、対象者が通院をやめてしまったり、勝手に引っ越したり、勝手に長期の旅行に出かけるなど遵守事項を守らないなどのことが起こり、再び入院が必要になる場合には、保護観察所の長が再入院の申立を裁判所に行うことになる。

この法律によって、精神保健福祉士の役割が、本人の自立や自己決定、地域生活を促進する方向に向けられるのか、それとも、医療の継続と必要な場合の入院の方向に向けられるのか、その立場はたいへん難しいものになるかもしれない。

3 心神喪失者医療観察法と脱施設化

精神障害のある人は、204万人と言われるが、その中で自傷他害の危険性があるということで措置入院になっている人が3500人程度、重大な犯罪行為を行う人は数百人にすぎない。犯罪にかかわる精神障害の人は、精神障害のある人全体の0.1%にも到底及ばないほどの小さな可能性である。

こうした法律が、精神障害のある人が危険であるとか、精神障害と犯罪に関連性が認められるとかという誤解や偏見を強めることのないように市民を啓発してゆく必要がある。

また、精神医療ではまことに遅まきながら、入院中心主義(現在でも33万人が入院し、そのうち少なくとも7万2000人は地域に資源さえあれば入院している必要はないと言われる)から地域での医療・福祉への転換が訴えられている現在、新たな施設収容手続と新たな特別収容施設の創設を定めるこの法律が、こうした動きを損なうものとならないように努めてゆかなければならないだろう。

(いけはらよしかず 全国精神障害者家族会連合会顧問弁護士)