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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2004年1月号

ユニバーサルデザインの広場

旅のユニバーサルデザイン ~やさしい旅

草薙威一郎

「やさしい旅」の現状

のっけから難しい話で恐縮ですが、東洋大学の高橋儀平教授は、「ユニバーサルデザイン」について次のように述べています。

「ユニバーサルデザインは、大量消費の効果(市場性)を前提として、人間主体の環境づくりを目指したデザインの再生(回復)と循環、そして継続である。」(東洋大学・基礎ゼミナールB・「講義の目的及び内容」)

バリアフリーデザインとユニバーサルデザインでは異なる点もありますが、似通った点もたくさんあります。最近では、辞書にも「バリアフリー旅行」という項目ができるほどに、体の不自由な人も旅に出かけることが多くなってきました。確かに国内の空港などでは、高齢の人や車いすを利用する人、赤ちゃん連れの人など配慮の必要な人が「優先的」に搭乗することは、不自然ではなく当たり前のこととして定着してきました。この10年でずいぶん旅のバリアフリー化が進展したとはいえ、何らかの配慮を必要とする人にとって現在でも不自由な点が数々あって、さまざまな旅の魅力を感じられる状態にはなっているとは言えません。なぜならば、まだバリアフリー旅行は大量消費を前提とした仕組みの中に入っているとは言えませんし、現状では「旅を楽しむ」ゆとりを感じるよりも「旅ができるようになった」という段階に達した程度であるように感じられます。

いろいろな旅

観光産業関係者に話を聞くと、バリアフリー旅行=車いす対応の旅行と考えがちだそうです。もちろん車いす使用者に対するサービスは大切ですし、そのことを抜きにして「やさしい旅」を考えることはできません。しかし関係者として対応することはそれだけではなく、杖をつくなど歩きにくい人、大きな荷物を持つ人など移動面で配慮の必要な人への対応、目の不自由な人、耳の不自由な人、知的障害のある人、日本語が不自由など、人とのコミュニケーションをとる時に配慮の必要な人への対応、内部障害のある人、精神障害のある人、HIV、アレルギーなど医療面で配慮の必要な人への対応、子ども連れや妊娠中の人、一時的に不自由さをもつ人などそれぞれの対応を考えなければなりません。旅のユニバーサルデザインは、現状で欠けていることを改善していくことではなく、すべての人が利用しやすいサービスを初めから想定してプラン作りをしてゆくものだからです。

旅に何を求めるか

人が旅に求めるものはさまざまです。忙しい日常を離れてゆっくり自然の中で過ごす人、まだ見たことのない珍しい風物や文化を肌で感じたい人、気の合う同行者と久しぶりでゆっくりと話す機会を持ちたい人、現地の人と話したり買い物をしたり体験を楽しむ人もあります。ですから旅が可能になること自体は旅の目的というよりも手段であり、旅の中で楽しみたいことを楽しむことが目的なのです。

旅の課題

旅には、旅をすること自体を目的とする場合と、旅とは別の目的があって旅は移動の手段にしかすぎない場合があります。移動手段なり宿泊施設なりの手段については、「交通バリアフリー法」(2000年施行)、「ハートビル法」(1994年施行、2003年改正)、「身体障害者補助犬法」(2002年施行)など、それぞれの課題の解決に取り組んでいます。しかし旅そのものを楽しむ情動、いわゆる「旅の感動」と言われるものは、個々の人によって異なります。旅の独自性とは、旅を楽しみたいという受け入れ側の主体の成熟であり、もう一つは旅の持つ「文化性」にあると思います。それらをひとくくりにするわけにはいきません。その多様性を認め、すべての人にその可能性を確保することが次の目的になります。「夕日のきれいな観光スポットに行きたい」、「マリンスポーツを楽しみたい」、「天然温泉にゆっくり入りたい」というようなだれもが持つ関心事を実現するために、実際に行けるアクセス手段の確保、情報の整備、ホスピタリティ(おもてなし)の醸成、介助者の育成、医療との連携などの基盤整備を基本的なこととして進める必要があります。

旅のユニバーサルデザイン

過去の旅の歴史をみると、旅は巡礼や貴族など一部人のものであり、また旅行中には多くの困難がありました。現在のように国民の6割の人が宿泊を伴う旅を楽しむようになったのは、それほど昔からのことではありません。1970年に開催された大阪万国博覧会には6500万人の人が入場した記録が残っており、その頃から旅が普通のことになってきたと思われます。このことから考えると30年遅れて、だれもが「当たり前のこと」として旅を楽しめる社会づくりが始まったと言えます。それほど遠くない将来に、冒頭に述べたような人間主体(ヒューマン・センタード)の旅行環境が大いに進展していることは間違いないでしょう。

(くさなぎいいちろう JTMバリアフリー研究所)